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「ヒトは“賢さ”を武器にできなくなった」。産業僧が語る、生成AIが変える仕事とマインドセット

  • 2024.9.19

知能の高さはもう人間の強みではない?

「今がどのような時代なのかと考える時、生成AIの存在は決して見過ごせません。生成AIが生まれる前と後では大きな変化があります」と、僧侶の松本紹圭さん。

松本さんは“産業僧”を名乗り、仏教の観点から働く人の悩みに寄り添う活動をしている。東京大学哲学科を卒業し、MBAを取得。仏教の教えにとどまらず、起業家の経営や社会事業など、多岐にわたる分野に精通していて、現代を代表する哲学者などとも親交が深い。令和の時代に注目されるオピニオンリーダーの一人だ。

「生成AIの誕生により、Humanity(人間性)という言葉が意味するものが変わらざるを得なくなったと考えます。生成AI以前は、『人間は動物とどのように異なるか』が人間性の論点でした。そして、人間はほかの動物や植物と違って文字や言語があって、そこから知識を発達させることができるところが特別。つまり、人間はほかの動物と違って理性をもち知能が高いから素晴らしいと、捉えられていたのです。しかし、人間を超える学習能力や情報処理能力、合理的論理的思考をもつ生成AIが生まれたことにより、人間はそういった知能を拠り所にできなくなりました」

生成AIが登場し、理性や知能を武器にできなくなったとき、人間は何を強みにすれば良いのか?

「ドイツ人哲学者のマルクス・ガブリエルと対談する機会があり、彼は『人間はそもそも動物であるということが大事になっていく』と言いました。私もその通りだと思います」

生成AIは、物語を語ることはできない

人工知能のある生活が当たり前となった近未来を描いた、映画『her/世界でひとつの彼女』(2013)。そんな時代にすでに差しかかりつつある。
MCDHERR EC015人工知能のある生活が当たり前となった近未来を描いた、映画『her/世界でひとつの彼女』(2013)。そんな時代にすでに差しかかりつつある。

「Humanity」という言葉の意味が、「動物とは違う」から「動物である」へと180度転換しつつあるというのは興味深い。でも、「動物である」とは、一体何?

「生物学的な定義には色々な基準がありますが、私がここで『動物」と言っているのは、少し緩やかな意味合いです。animalの語源『anima』は『命・魂』をあらわし、原義のラテン語『animale』は『呼吸するもの』を意味します。つまり、環境に応じて循環と代謝を繰り返し、ときにバランスを崩しながらも、回復と幸せに向かおうとする生命のこと。ここから、『動物である』とは、体があって、ゆえに感覚があること。そして自分の家族や歴史、物語があることだと考えます」

わかるようなわからないような……。具体的には、どういうことだろう?

「私が翻訳した書籍『The Good Ancestor』の邦題である『私たちはいかにしてよき祖先になれるか』という問いを、ChatGPTに聞いてみるとします。きっと、『身近な人を大切にする』や『未来世代のことを意識して行動する』など、模範的な回答が返ってくるでしょう。でも同じ問いを人間に聞くと、『私の両親や祖父母はこういう人だった』など自分自身の祖先に思いを馳せる人もいれば、『これから生まれてくる子どもたちのために』と地球の未来を思う人もいる。発想は様々で、同じ人でも、タイミングや問いを受け取る状況によっても回答は変わるでしょう。自分は何を受け継いだのだろうと、問われて湧いてくる感覚や記憶を辿りながら、その人なりの物語を語り出します。こういった『私にしか語れないこと』こそ、AIにはできない動物ならではの価値であり、人の心に強く訴えるのです」

仕事は『誰がするか』が重視される時代に

生成AIの登場をきっかけに、人間の強みが「感覚や独自の物語を持つ動物であること」に変わったというのは理解した。では、それは私たちの仕事にどのような影響を与えるのか?

一般的に、生成AIの発達によって、単純作業やルーティン化されたデスクワークの仕事はなくなり、創造的な仕事や対人関係が不可欠な仕事は残ると言われている。

「これまでは『何をするか』が重要でしたが、これからは『誰がするか』が重視されると考えます。AIが多くの仕事をこなすことが可能になり、単にタスクを遂行することは評価されにくくなります。むしろ、どのような個性を持つ人がその仕事をするのかが重要になるのです。例えば、顧客は、単なる商品やサービス以上に、提供者との関係や体験を重視するようになるでしょう。同じ商品でも、販売者の対応や人柄によって顧客満足度は大きく変わりますよね? これからは、こういった傾向がさらに強まっていくと思うのです」

“動物になる時間”を積極的に持とう!

私たちは生成AIの登場によって、仕事への向き合い方や人間としての存在意義までをも見直すことを迫られているようだ。その鍵となる“動物としての力”を磨くために、できることはあるだろうか? まず一つ目は、「仲間を大切にすること」だと、松本さん。「私たちが日々の生活や仕事を通じて築く人間関係は、動物としての人間の強み。どのような人々とつながり、何を共有してきたかというストーリーは、AIには代替できないものです」

そしてもう一つは、「生成AIや情報など、あらゆるデジタルから距離を置き、ゆっくりと時間を過ごすこと」だそう。「情報が溢れる現代では、新しいものを次々と吸収するよりも、むしろ忘れることに力を入れる方が、バランスが取れると思います。あえてぼーっとして、何かをゆっくり考える“動物になる時間”を積極的に設けることが大切です」

松本さんにとって、“動物になる時間”とは?

「散歩をしたり、山に登ったりする時間ですね。デジタルから離れることは重要だと思います。意外かもしれませんが、一冊の本をゆっくり読みながら思考するのも、動物的な時間だと思います。紙の質感を手で感じながら自分で考えることで、何かに支配されず、自分自身でいられる時間を持つことができます」

気を抜いていると、膨大な情報を扱う情報端末のようになってしまうこともある私たちの日常。テクノロジーが進化しているからこそ、その渦に巻き込まれない工夫が必要だ。

>>続く、「働く世代に寄り添う産業僧が、現代社会の不安にアンサー!」の記事では松本紹圭さんが具体的な悩みに答える。(2024年9月20日7時に公開)

話を聞いたのは……

松本紹圭

浄土真宗本願寺派僧侶。東京大学卒業後、僧侶に。インド商科大学院で経営学修士(MBA)を取得。企業に出向いてビジネスの悩みに仏教の視点から応える「産業僧」の取り組みも進める。「未来の住職塾」塾長。ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズにも選出。ポッドキャスト「テンプルモーニングラジオ」を平日午前6時に配信中。武蔵野大学客員教授。

Text: Kyoko Takahashi Editor: Rieko Kosai

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