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「ChatGPT以降の世界を生き抜くためのAIの教科書」三宅陽一郎 ✕ 吉浦康裕 〜前編〜

  • 2024.9.20

2022年11月に公開されたテキスト生成AI・ChatGPT(*1)によって、いよいよAIが我々に身近な存在となった。言語以外にも画像や動画、音楽など、多様な領域で発展するAIは、豊かな未来をもたらす希望だ。しかし同時に「人間の仕事を奪うのでは?」といった不安や著作権の侵害など問題も生んでいる。

今後ますます発展するこの技術と、我々はどのように付き合えばいいのか。この難しい問いを、いち早くAIの世界に触れてきた2人に投げかけてみた。東京大学生産技術研究所でスマートシティ(*2)の研究に携わる三宅陽一郎さんと、『アイの歌声を聴かせて』などで人工知能と人間の関係を描くアニメ監督の吉浦康裕さんに、AIと向き合う術(すべ)を聞く。

(*1)ChatGPT
OpenAI社が開発した対話型人工知能=チャットボット。指示や質問を文字入力すると、それに応じて文章を生成する。有料提供されているGPT-4は、最新のウェブデータに基づき学習を行い文章生成することができる。

(*2)スマートシティ
ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネットと呼ばれる家電製品などのネットワーク接続化)といった技術を利用した都市のこと。カメラやセンサー、スマートフォンを利用して高度な情報収集を行うことで、利便性や快適性、安全性の向上を目指すが、その一方で、プライバシーの侵害などの観点から問題視されることも。三宅さんはスマートシティにおいても、ゲームのようにメタAIが活躍する可能性を指摘している。

AIと協働する方法を探る

三宅陽一郎

AIによって個人の暮らしや仕事が、快適になることは間違いありません。資料作成やイラスト生成、ホームページ制作などの作業はAIでずっとラクになる。一般のオフィスツールにも言語エンジンが搭載されるようになります。

吉浦康裕

自分も画(え)を描く際にCGを下支えにすることもあって、テクノロジーに下駄を履かせてもらって仕事ができている面があります。これからはマジョリティの作風ほどAIに代替される領域が広がるはず。だから自分は独自の方向を模索したいし、場合によっては、AIと協働したいと思っています。ただ数年後はどうなるかわからないという不安もある。ゲーム分野ではどれくらいAIによる創作は進んでいますか?

三宅

ゲーム内の物や植物、地形などのアセット生成で使用したりします。今のゲームは大規模なので、人間が作ると、時間もお金もいくらあっても足りない。なので、ゲームデザイナーがダンジョンに置く要素を指示して自動生成させ、それを微調整します。人間の仕事は、全体のビジョンを描き基本設計をすること、そしてAIが作ったものを微修正することになる。メインシナリオや世界観は人間が担う一方、ちょっとしたイベントは、自動生成させるケースも増えていますね。

吉浦

どういったイベントですか。

三宅

敵キャラとの戦闘などですね。プレーヤーの行動をAIが観測し、ゲームが膠着していると判断したら、敵キャラと遭遇させるんです。僕が作っているのは、このゲーム全体を監視・支配する「メタAI(*3)」です。ゲームの世話役で、全体を俯瞰して差配する、現場監督のような役割ですね。

(*3)メタAI
ゲーム全体を俯瞰し、リアルタイムに状況などを調整するAI。「神AI」ともいう。

「AIの民主化」が実現した後が勝負

吉浦

AIの役割は補助ですか。

三宅

人工知能には2つの考え方があります。一つは人間を代替するもの。もう一つが人間をエンハンスするタイプ。前者のように人間に代わるAIより、後者の人間を支援する人工知能の方が現実的です。例えばコンビニも完全無人化ではなく、1人でも働けるようにAIが補助を担うように開発する方が効率的。

吉浦

やはり代替ではなく協働。

三宅

はい。そこで今待たれるのが誰でもAIを使える「AIの民主化」です。コンピューターも80年代までは一般人が使えるものではなかった。それが90年代に入ってマウスでクリックできるようになり、2000年代後半にはiPhoneが生まれました。民主化には長い年月がかかる。

吉浦

現在のChatGPTのように、プロンプト(*4)を覚えて使うようでは民主化とは言えない。

(*4)プロンプト
ここでは生成AIに対して投げかける質問や命令のことを指している。ChatGPTの場合、「AIについて教えてください」や、「この文章を要約してください」といった入力によって、ユーザーが求める出力が得られるが、その入力のこと。ChatGPTのリリース以降、より良い出力を得るための、入力=プロンプトを紹介するネット記事や書籍が日々リリースされている。また、最適なプロンプトを設計する「プロンプトエンジニア」という職種も注目されている。

三宅

そのプロンプトも日々更新されて、覚えてもキリがない。呪文みたいなAIへの指示を必死に覚える必要はないと思いますね。

吉浦

パソコンが普及した90年代にもいろんなコマンドを覚えましたが、それもあっという間に廃れました。AIが民主化されたら、今覚えたハック法もすぐ陳腐化する。

三宅

UIデザイン(*5)が進み、誰もがAIを使えるようになって初めてイノベーションが起こる。その時まさに吉浦監督が描いている近未来が訪れるのではないでしょうか。

(*5)UIデザイン
UIとはユーザーインターフェースのこと。ここではユーザーがAIを使用する際の使いやすさを、デザインの観点から追求することを指している。

欧米と日本のAI観の違いを知る

三宅

吉浦監督のAI描写はリアリティがあります。AIロボットの女子高生と、クラスメイトとの群像劇『アイの歌声を聴かせて』では、まさに近未来のAIとの協働が描かれていました。AI搭載の田植えロボットや自動運転バス、日本家屋のスマートハウス(*6)など、地に足の着いた描写がグッとくる。スマートシティというとどうしても、無数のカメラに監視されてプライバシーが侵害される、といったようなネガティブな面から描かれることが多いので。

(*6)スマートハウス
AIやロボット技術で暮らしをサポートし、ホームセキュリティの向上や家事の時短化などが実現した住宅のこと。

吉浦

海外のSF作品が描きがちなテクノロジーと人間の対立ではなく、両者が共存する世界を描きたかったので、そう言ってもらえて嬉しいです。既存のバスや日本家屋といった従来のハードウェアにAIを搭載して運用する。過渡期の描写としてはこれしかないなと。

三宅

それは的確な判断だったと思います。先ほど監督は共存を描きたかったと言いましたが、海外のSF作品は、AIが反旗を翻し、人類を脅かす物語が多いですよね。それは裏を返すと、人工知能を人間より下位の存在と見なしているということなんです。「神─人間─AI」という絶対的な序列がある。欧米では、AIは召使いであり、仲間ではない。

吉浦

日本人はドラえもん的というか、ロボットもパートナーとして捉えますよね。

三宅

日本は良くも悪くもAIに求める水準が高い。海外には、いかにAIに効率的に命令するかという研究は山ほどありますが、AIと対等な関係を築く思想があまりない。日本人の場合は、人工知能を便利に利用しながら対等なコミュニケーションを模索することも重要でしょう。

吉浦

利便性と対等性の両面でAIを捉えることで日本独自のイノベーションが起こるかもしれませんね。

profile

三宅陽一郎(ゲームAI開発者)

三宅陽一郎(ゲームAI開発者)

みやけ・よういちろう/東京大学生産技術研究所特任教授。ほかにも大学などの教授を務める。著書に『戦略ゲームAI解体新書』(翔泳社)、『人工知能のための哲学塾』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。

profile

吉浦康裕(アニメーション監督)

吉浦康裕(アニメーション監督)

よしうら・やすひろ/1980年北海道生まれ。大学在学中に制作した『キクマナ』や『水のコトバ』で多数の賞を受賞。2008年に『イヴの時間』で監督デビュー。監督作に『サカサマのパテマ』(13年)や『アイの歌声を聴かせて』(21年)など。

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