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人との距離感に悩む女性を描いて。映画『ナミビアの砂漠』山中瑶子監督に聞く

  • 2024.9.18

何かが足りない、どこか満たされない、でも、一体それが「何か」が分からない――。現在公開中の映画『ナミビアの砂漠』は、東京の片隅で暮らす21才のカナの物語。衝動と焦燥に突き動かされるカナに、心を射抜かれます。監督は27歳の山中瑶子さん。筆者は監督のデビュー作から、その才能に惹き付けられてきました。ファン待望のこの長編映画は、カンヌ国際映画祭で、女性監督として史上最年少で国際批評家連盟賞を得ました。制作の意図を山中さんに伺いました。

19歳でのデビュー作『あみこ』がきっかけに

――山中さんが19歳のときに自主制作したデビュー作『あみこ』(2017年)がPFFアワード観客賞を受賞した後、各地の映画館にご自分で問い合わせて、上映してくれる映画館を必死で広げていっていたことを覚えています。

山中瑶子さん(以下、山中): 先日、どこか名前に見覚えのある人からメールが届いて。でも全然思い出せなくて、過去のメールを検索したら、私が『あみこ』を上映してほしいと問い合わせをした映画館の方でした。その時は返信がなかったんですが(笑)。ちょっと忘れかけていましたが、当時は自分でもすごく頑張って営業していたんだなと思います。

『あみこ』が劇場公開された2018年当時は、Netfilxなどの配信が話題になり始めた頃で、国際的な映画祭でも「配信映画は映画なのか」という論争もありましたよね。それもあって『あみこ』はぜひ映画館で見てほしい気持ちがありました。

今回の『ナミビアの砂漠』は、自分から働きかけなくても、TOHOシネマズなどのシネコンでも上映されるのがびっくりです。

国際批評家連盟賞を受けた山中瑶子監督=2024年5月、フランス・カンヌ、石飛徳樹撮影

――私は『あみこ』が東京・東中野にあるミニシアター「ポレポレ東中野」で上映された時、見に行きました。当時、ポレポレ東中野に、今回の『ナミビアの砂漠』に主演した河合優実さんがいらっしゃったとは。高校生だった河合さんは、『あみこ』をみて「俳優になる」と決意したと知って驚きました。そもそも今回は、河合さんが主人公を演じる前提で企画が進んでいたのですよね。

山中: 実は、もともとは1年半ほど河合さんが主演する別の映画の企画が進んでいました。それは原作がある作品で、昨年9月に撮影することが決まっていたのですが、自分のやりたいことと折り合いがつかなくなり、昨年4月にプロデューサーに「降りたい」と相談したんです。するとプロデューサーから、「河合さんが主演のままで、別途オリジナル映画をやるのはどうか」と提案されました。

暴力的な女性を描くということ

山中: 河合さんがこれまで演じてきた役って、周りの理不尽な人たちから何か嫌な目に遭わされたり、抑圧を何か受けたり、とても大きいものを背負ってつらそうな役が多かったじゃないですか。だから、むしろ無責任で周りに振り回されるのではなく振り回すような人にしてあげたいなと思って。実は降板した映画の原作小説にあったキャラクターの精神性みたいなものを、カナは若干引き継いでいると思います。そういうカナがなぜそのように行動するかを最初に考え始めました。

――脚本を仕上げる過程はどうでしたか。この5年間で山中さんと何度かお話しした際、「周りになかなか理解されない」といった制作上の苦労をつぶやかれていた時期もありましたが。

山中: プロデューサー4人は全員男性でした。このうち企画を統括する2人は50代以上ですが、「僕たちにはわからないことも多いけど、こういうことなんだと思う。監督の好きにして」というスタンスを最初から貫いてくださった。制作現場を仕切ってくれたプロデューサー2人はまだ30代くらいで、世代的にも価値観が近いところがありました。2人が、私という人間を理解して選んでくれたスタッフたちもとてもよかったです。

今までの現場では、自分が一番年下というケースばかりでした。でも今回は年下の20代前半の人が何人もいて、そういう人たちからも脚本を書く際に話を聞きました。そうやって「いわゆる昔ながらの“マッチョな男子”はあまりいないのだな」と確信を得ることができたりしました。

やり場のない感情を持て余すカナは、恋人のホンダを優しいけれど退屈な人間だと考える。©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

――カナは情緒不安定で感情のふれ幅が大きい一方で、ホンダやハヤシはカナを必死に理解しようとして、無残に振り回されていましたよね。カナは言葉だけでなく、身体による暴力も荒々しいです。どうやって登場人物を形成しましたか。

山中: カンヌ映画祭で、フランス人の若い男性記者に「ホンダやハヤシはすごく優しくて、弱くて、あんまり有害な感じがない。フランスでも最近の若い男性は割とそういう傾向があるのですが、何故だと思いますか」と質問されました。昔より圧倒的に選択肢が多くなって、男性も決められたレールに乗らなくてもよくなっているじゃないですか。結婚して家族を養えるといった経済的な豊かさも得られない一方で、男性もレールから降りることができる。「それって国を超えて見られる事象だよね」という話になりました。

この映画に出てくれたどの役者さんも、私が脚本に書いたことを齟齬なく受け取って演じてくれました。一見無軌道な内容の脚本に見えるけど、それなりに理解できるようになっていたのだと思えました。現代の空気、同じ空気をみんなちゃんと浴びているんですね。

カナに関しては、何も考えずに、暴力的な女性を描くのはよくないなと思いまして。今までの映画史で、男性たちの理由なき暴力を描いた映画はいっぱいあるのですが、やはり何か自分なりに倫理感がないと暴力は描いてはいけないと思いました。いろんな人の話を聞いたり、怒りの発露を考察した本を読んだりもしました。

――生々しい衝動が映像に映っていても、カメラの後ろ側では倫理をもって行動することが重要ですよね。暴力だけでなく性的シーンの撮影でもそう。俳優の身体的・肉体的安全はケアされるべきだし、監督は「なぜこのシーンが必要か」をきちんと説明し、的確な演出をしないといけない。今では当たり前になりつつありますが、映画界ではそれがあやふやな時期が長かったような気がします。

山中: そうですよね。「性的な衝動は直感的でないとダメだ」と思っている人はまだいますよね。でも女性は身体的な安全も含めて、そういう場面で考えなきゃいけないことが多い。「直感的な衝動に身を任せればいい」という考え方は、かなり乱暴な視点ですよね。

刺激を求めるカナは、ホンダを振ってクリエイターのハヤシと付き合うようになる。©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

――河合優実さんの目線や一挙手一投足に釘付けになりました。

山中: 河合さんのすごいところは、あらかじめ準備して撮影に臨んでいる感じもする一方で、その場の相手の出方に反応することが同時にできるんです。テイクごとにちょっとずつ演技を変えてみたりしていて、しかもそれがどれもやっぱりいいのです。その中からひとつを選ぶ難しさは、「幸せな悩みだな」と思いました。

――出演シーンは短いですが、唐田えりかさんが出演する場面も、なんだかとても心温まるシーンで印象的でした。

山中: はい。唐田さんもすごく良かったです。本当のことを言っているようにしか聞こえないようでいて、何を考えているのかわからないあの声がいいですよね。とても一生懸命な方です。

故・坂本龍一さんの一言に励まされ

――昨年亡くなった坂本龍一さんが『ナミビアの砂漠』を見たら、きっと喜んだでしょうね。坂本さんは『あみこ』を見て以来、山中さんをずっと応援していましたよね。

山中: 実は坂本さんの訃報を知ったのが、昨年4月のインド旅行の最中でした。さきほど話した、原作がある映画の企画について迷っていた時期で、脚本が進まず、気分転換しようと思って無理やりインドに行ったのです。

坂本さんの訃報を知って呆然としている中で、日本から「脚本はまだ?」とたくさん連絡がきて、本当にうんざりしてしまって……。急かされていいものが書けるわけでもないので、「何か折り合いのつかないものを我慢して無理やり進めるのは良くないな」って思って、その作品の監督から降りる決心をしました。

――ある意味、坂本さんが背中を押してくれて、この『ナミビアの砂漠』が生まれたのでしょうかね。山中さんは、「ユリイカ」に寄せた坂本さんへの追悼文で、次回作について「気負わず、自然体で、一番言いたいこと、好きなこと、他人のことなど考えずにやってくださ~い!他人の期待などが一番ウザイんですから」とメールで励まされた、と書いていましたね。世界3大映画祭の中で一番注目される、カンヌ映画祭で受賞して注目されている今、坂本さんからもらった言葉を改めてどうとらえますか。

山中: はい。「うざい」っていう言葉に色々なものがすごく集約されているなと思います。これから私は周囲の人に、ことあるごとにカンヌ映画祭を意識させられ続ける予感はすごくありますので。次作について、「次はカンヌの『ある視点部門』だね」と言われたりして。

映画祭と作品の「相性」ってあると思うのですよ。カンヌばかりを意識する先に何があるんでしょうね。映画祭を目指して映画を作るべきではないですし、映画祭に選ばれることはあくまで作品に付随してくることのはずなのにと思っているので、不思議です。

山中瑶子監督(左)と河合優実さん=2024年5月、フランス・カンヌ、石飛徳樹撮影

――たしかに色々と「うざい」ですね。今作の公開を機に、SNSを通じて山中さんの人となりを知りたい人も増えるのでは。SNSといえば、2019年7月の参院選に関連してインタビューさせてもらったとき、SNSを使って政治への関心を高めたり、社会に対して意思表示したりしたいと語っていましたが。

山中: 今もパレスチナ関連のツイートなどはよく見ます。でも、インタビューを受けた5年前と比べても、Xという場がどんどんゴミ置き場みたいになっていると感じます。Xを通じて他人に何かに関心を持ってもらうことはすごく難しいなって思います。もはや言葉を遠くまで届ける場所では絶対にない。情報量と問題が多過ぎて疲弊してしまうというのも、また現代に生きる人の問題ですよね。

――タイトルになった『ナミビアの砂漠』は、ある場面で出てきます。かの地を写したも、実際に存在するんですね。カナは恋人など身近な存在はとても雑に扱いますが、職場では案外きちんと働いている。そんなカナの、つかみどころのない他人との距離感のようなものを、荒涼とした砂漠から感じました。

山中: タイトルは見る人に自由に解釈してもらって良い、というのは前提としてあります。その生配信カメラは国立公園が運営していて、自然なようにみえて、実は人工的に設置した水飲み場に動物をおびき寄せているものなのです。でも配信を見ている人は、そんなことを考えることもなく、ただ映像を無責任に消費して癒やされる。カナと人との距離感になんだか近いかなと思ったのです。

――今後、やりたいことはおありですか。

山中: とにかくもっと場数を踏んで、集団制作の経験値を上げたいですし、映画作りの全工程を理解しないといけないと思っています。今までは映画をただ見ているだけだったのですが、「序破急」のようなことを意識して、多くの映画を見たいとも思っています。海外でも暮らしてみたいですね。一度はアメリカかパリに住んでみたいです。

■伊藤恵里奈のプロフィール
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。

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