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編集部の推し映画・深読みレビュー #2『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

  • 2024.9.17

編集部のアンテナがビビビッと反応した映画・映像作品を、独断と偏見込みで紹介する連載企画『編集部の推し映画深読みレビュー』。第二弾は、世界的ファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノの栄光と転落に迫ったドキュメンタリー『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』です。(Text:kagura)

『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』でアカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したケヴィン・マクドナルド監督が、“ファッション界の革命児” ジョン・ガリアーノがなぜ絶頂期に自ら華麗なるキャリアを捨てることになったのか?に追る本作。

“炎上”が日常にある時代を生きる私たちに、様々な気付きを与えてくれる必見のドキュメンタリーを、FRONTROWならではの視点でレビューします。

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』あらすじ

2011年、とある衝撃的なニュースが世界中を駆け巡った。ファッション界の至宝と称えられクリスチャン・ディオールのデザイナーとして活躍していたジョン・ガリアーノが、反ユダヤ主義発言で逮捕されたという内容だった。
暴言を吐いているショッキングな動画はすぐに拡散され、ガリアーノは裁判で有罪となった。各方面から大バッシングを受け、関わっていたブランドから解雇されすべてを失うことに。

デビューから各ブランドのコレクションを収めた貴重なアーカイブ映像でガリアーノの栄光の軌跡を振り返りながら、事件から13年後に撮影された本人へのインタビューを通して「暴言の背景には何があったのか?」に斬りこんでいく。

ガリアーノ事件は、誰にでも起こるかもしれない?

今作の序盤部分では、きらびやかな過去のファッションショーの映像と共にファッション業界のゴージャスで刺激的な面にスポットが当てられ、ガリアーノの魔法が作り出すドラマチックな世界観に一気に引き込まれる。
同時に、ディオールのデザイナーにまで上り詰めていく過程や、彼が如何に才能のある“時の人物”だったかが次々と映し出されていく。

画像1: ガリアーノ事件は、誰にでも起こるかもしれない?
画像2: ガリアーノ事件は、誰にでも起こるかもしれない?

しかし中盤に差し掛かる頃、このドキュメンタリーを見ている人はあることに気づくはず。「もしかして、あの暴言事件のような事は特別な人だけに起こる事ではなくて、自分にも他の誰にでも起こり得る事なのではないか…」と。

過去の栄光と対比させるように、昔の映像を見ながら当時を振り返るシーンが度々差し込まれる。スタッフも誰もいない本当に一人だけの環境で、ガリアーノは素のままありのままをカメラに向かって話す。その姿は本当にただの一人の男性といった様子で、思いがけない姿がカメラに映し出される。

そして、自分の人生を変えてしまったほどの大事件のことを、実はしっかりと覚えていなかったり、ユダヤ教について学び、真摯に謝罪をしたのにも関わらず、またしてもユダヤ人を怒らせてしまう行動をしてしまったりと、ガリアーノは天才故に人間的に少し抜けているところがある人なのかも?というところも段々と見えてくる。

そんな駄目なところや人間臭いところに逆に親しみを感じる一方、どうしてあのような事件を起こしてしまったのか?という憤りと疑問も深まってくる。

炎上の裏にある原因を知るということ

「なぜあんな暴言を吐いたのか?」という核心部分に迫っていくうちに、ガリアーノの幼少期の頃の事に話が及ぶ。実は子供の頃、移民の子供として苦労し、厳しい父親から虐待を受け、同性愛者として抑圧されていたという非常に辛い過去が明らかになるのだ。
更にガリアーノの素顔を知る仲間は、“クレイジーな天才デザイナー”というイメージとは真逆で、「普段は実はすごくシャイで内気な性格」だと。彼はそういった自分の“影”の部分を内面にしまいこみ、成功したデザイナーという“仮面”を被っていたのだった。

事件後に面談した精神分析医が言うには、ガリアーノは社会的に成功すること=社会に対する復讐と考えていたそう。復讐心を燃やし仕事に没頭し、他人に知られたくない自分の負の側面を隠すため現実逃避するように更に仕事に明け暮れる、という負のループに陥っていたのだ。

またファッション業界は非常に資本主義的でブラックな面もある故、成功を重ねれば重ねるほど、更に大きなプレッシャーに追い詰められていったことは想像に難しくない。

画像: 炎上の裏にある原因を知るということ

追い打ちをかけるように大切な人の死が続き、ますますアルコールに依存し、奇行が目立つようになってきて…。 周囲も彼の様子がおかしいと気づき始めた頃に、あの“暴言事件”が起きてしまった。

こんな状況にまで追い詰められたら、誰でも爆発してもおかしくないことが理解ができるはず。そして、同じ様な事がもしかしたら自分の身にも起こりうるかも?と考えさせられる。

また、事件の背後にあったガリアーノの状況を理解することで、社会的にバッシングされたり炎上した人に対して、「じゃあ、あの人は炎上の裏に一体何があったのか?どんな社会的な構造があったのか?」を考える必要があるのでは? ということにも気付かされる。

人生の第二章を歩むために必要なこと

現在ガリアーノは、紆余曲折ありながらも全ての依存症を断ち切って、メゾン・マルジェラのデザイナーとして復帰している。そんな彼の生き方は、誰でも失敗を犯してしまうことはあるし、何か大きな失敗をしてしまった後に新たな人生を歩むためにどうしたらいいのかを考えるきっかけにもなる。

事件の後、ユダヤ人のナタリー・ポートマンなど世界中の人々から非難されたが、ガリアーノを擁護する人もいた。そんな周囲の人からのサポートがあったからこそ、復帰の道を歩むことができたのだ。

ケイト・モス、ナオミ・キャンベル、ペネロペ・クルスなど、彼の長年の友人たちがこの作品に出演し、インタビューにも答えている。中でも女優のシャーリーズ・セロンは、父親もアルコール中毒者だったため壮絶な体験をしたということを話し、自身の体験を元にガリアーノを擁護している。

画像1: 人生の第二章を歩むために必要なこと
画像2: 人生の第二章を歩むために必要なこと

普段から自分を信頼してくれる良い仲間や家族・パートナーを大切にすること、お互いに何かが合った時に支え合えるような関係を築いていくこと、それを可能にするような魅力のある人間でいることが大切だと改めて気付かされる。

ガリアーノは、デザイナーとして誰もが認める一流の腕をもっていたので業界に復帰することができた。一旦は業界から追放されるようなことがあっても、本当の実力や才能があれば必ず道は拓けると体現している。誰もが彼ほどの天才を目指すのは難しいが、日々自分の知識や能力を磨くため、主体的に学び続けていかなくてはいけないと身につまされる。

正解のない時代に、様々な気付きを与えてくれる作品

全編通してファッション業界の裏側が垣間見れたり、業界の重鎮や有名人たちが登場したりと、ファッションが好きな人には特に興味深い作品だが、ファッションに全く興味がない人でも、ガリアーノの波乱万丈な半生を自分の人生に重ねると、色々な事を考える気付きを与える内容になっている。
ただし、反ユダヤ主義は特に欧米では最大のタブーとされていて、決して容認されるべき事ではないため、ガリアーノ自身への評価についてはまだ議論の余地があると考えている人も多い。

また既に第二の人生を歩んでいるガリアーノ本人は、被害者の相手に対して「謝罪は済んでいる」としているが、被害者の一人はインタビューできちんと謝罪されていないと思っていて、あの事件がまだトラウマとなっていると明かしている点も釈然とせず、疑問を持たざるを得ない。

マクドナルド監督が「観客が劇場を出た後、疑問を持ち、議論してくれることを願っている」と語っている通り、キャンセルカルチャーの是非、罪を償うことや人を許すこと、作品と作者は切り離して考えるべきなのか、など簡単に答えが見つからないれど考えておきたいテーマが沢山盛り込まれている。正解のない世の中で「自分なりの答え」を見つけるきっかけになるかもしれない、非常に見ごたえのあるドキュメンタリーだ。

画像: 正解のない時代に、様々な気付きを与えてくれる作品

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
監督・プロデューサー:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョン・ガリアーノ、ケイト・モス、シドニー・トレダノ、ナオミ・キャンベル、
ペネロペ・クルス、シャーリーズ・セロン、アナ・ウィンター、エドワード・エニンフル、
ベルナール・アルノー
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
2023 年/116 分/原題:High & Low -John Galliano
© 2023 KGB Films JG Ltd
jg-movie.com

9月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー

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