こんにちは!リビング多摩Web地域特派員のKoharu(こはる)です。
国分寺は「日本の宇宙開発発祥の地」だということをご存知ですか?今回は国分寺がなぜ「日本の宇宙開発発祥の地」と言われるか、そしてその記念すべき場所をご紹介させていただきます!
「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰碑
国分寺の駅から歩いて8分のところにある「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰碑に行ってきました!
この顕彰碑は早稲田実業学校の正門のすぐそば。周りには緑もあり、とても綺麗な場所ですね〜。
この碑は、ペンシルロケットの水平発射実験から50年を記念して2005年に建てられた顕彰碑です。では、なぜこの場所にあるのかをみていきましょう〜。
ペンシルロケットの発射実験?
国分寺のこの土地がなぜ「日本の宇宙開発発祥の地」になったかというと、東京大学教授だった糸川英夫氏が日本で初めて宇宙開発としてペンシルロケットの実験をした場所だからなんです!
糸川英夫氏は、この「日本の宇宙開発発祥の地」に切っても切れないお方。どんな方だったかは国分寺市のポームページの”ペンシルロケットと糸川英夫”に詳しく書かれています。
要約すると、小さい頃パイロットになることを夢見ていた糸川英夫氏は、東京帝国大学(現東京大学)で学んだ後、飛行機開発に従事します。しかし太平洋戦争での敗戦に伴い飛行機を研究することができなくなってしまいます。そのことで気を落とし体調を崩し入院するまでになってしまいますが、入院がきっかけで脳波の診断器の開発を頼まれ、その後麻酔深度計の開発に携わりシカゴ大学で講義を行うようになります。
その際講義で訪れていたシカゴ大学でアメリカの宇宙ロケット開発について知り、宇宙開発に自分の興味が掻き立たられます。
その後1954年2月、東大の生産技術研究所にロケットの研究班を誕生させ、1955年、国分寺駅前の新中央工業KK廃工場跡地(現早実テニスコート)で日本の初のペンシルロケット水平発射実験に至ったというわけです。
一時は体調を崩して入院していた糸川英夫氏が日本初の宇宙開発に携わるなんて、人生何がきっかけになるかわかりませんね。
顕彰碑の下にはタイムカプセル
顕彰碑の下には、夢のあるものが埋められています。それはなんとタイムカプセル!
漫画家の松本零士さんがデザインしたタイムカプセルは、開発から50年後の2005年に埋められ、中には子供達が描いた「未来のロケット」のイラストや水平発射再現実験に使用された ペンシルロケット1機が入っていているそうです。そしてタイムカプセルは、ペンシルロケット水平発射実験から100周年を迎える2055年4月吉日に開封される予定だそうです。
1955年に初めて水平発射実験が行われ、100年後の2055年まで楽しみがあるなんて、なんと素敵なプロジェクトでしょう!
皆さんも「日本の宇宙開発発祥の地」を訪れてみませんか?そして2055年に開封されるタイムカプセルの時代を想像してみてくださいね〜。
日本の宇宙開発発祥の地について
国分寺市ホームページ:https://www.city.kokubunji.tokyo.jp/machi/1007398/index.html