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いい母親という演出を、一つでも削ることに意味がある。『虎に翼』脚本・吉田恵里香さん「本当はもっと“我儘”な寅子のシーンを入れたかった」《インタビュー》

  • 2024.9.14

9月27日で最終回を迎える、NHK連続テレビ小説『虎に翼』。「すべて国民は、法の下に平等であって…」からはじまる日本国憲法第14条を軸に、戦前から戦後にかけての不平等が描かれてきた。日本初の女性弁護士の一人・寅子が、さまざまな問題に繰り出す「はて?」は、多くの視聴者の心をつかんでいる。

8月末に予約開始したシナリオ集も完売した、脚本担当の吉田恵里香さんに、シナリオ集発売のねらいから、「婚姻制度」を描いて感じたこと、次回作のテーマまで、お話をうかがった。

(取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳)

視聴者の反響はあえて見ないようにしていた

――朝の連続テレビ小説『虎に翼』は、放送の翌週に電子限定で1週間分のシナリオ集が発売されるという異例の試みがなされていました。

吉田恵里香さん(以下、吉田) 本当は、最初から紙の本で出したかったんですよね。『あまちゃん』や『ごちそうさん』など、過去に例もあるので、企画としてはありなんじゃないかと思ったのですが、出版不況の折、それは難しいと言われてしまった。それでも編集担当の方が尽力してくださった結果が、1週ごとの電子書籍販売だったんです。

――その反響がよかったおかげで、このたび六法全書のような美しい装丁で、紙の書籍として限定販売されることになりました。予約開始後、すぐに完売してしまったとか。

吉田 ありがたいことです。『虎に翼』は、日本初の女性弁護士、そして裁判官の一人である三淵嘉子さんをモデルに、女性の活躍を描くというだけでなく、人権に関わるさまざまなテーマを孕んでいるので、物語が進むにつれて視聴者のみなさんからさまざまな声があがるだろうということは覚悟していました。シナリオを映像化する際には、どうしたって削られるセリフもあるし、演出が私の意図とは違うものになることもありますし。

――作中の時代で、セクシュアルマイノリティの方々がどのような状況に身を置かれていたかが描かれた8月21日の放送後、映像では削除された部分についてX(旧Twitter)で語っていらっしゃいましたね。

吉田 それについても、葛藤はあったんですよね。「本当はこういうつもりでした」と放送後に毎回SNSで主張するのもおかしいし、映像として世に出たものがすべてという気持ちも、私のなかには当然、あります。だから、描かれなかった場所で何が起きていたのか、どんな想いが潜んでいたのか、伝える手段があればいいなという思いで、シナリオ集を出すことを提案しました。同時に、それは、私にとって心が折れないようにするためのお守りでもあったんですよね。視聴者の反響は、いいものも悪いものもできるだけ見ないようにしていたんですけれど、とくに物語の後半、否定的な意見が飛び交うことは容易に想像できましたから。

――反響を見ないようにしていたのは、なぜでしょう。

吉田 シンプルに、それが好意的な意見であろうと、影響されてしまいそうだったからですね。オンエアが始まってからも、執筆は続いていたので。「ああいう意見があったから私は書きたいことも書けなかった」みたいに他人のせいにしてしまうことも怖かった。だから基本的には、オンエアの最中にハッシュタグを覗きみることもある、程度にとどめていました。それも、息子が保育園に行くときにグズらず、『虎に翼』をリアタイできたときに限りですけれど。シナリオ集の作業が終わった今、ようやくいろんな方のコメントや記事を読めるんじゃないかなと思っています。

涼子や梅子が、法曹界に身を置かなかった理由

――シナリオ集で、とくに読んでもらえたら嬉しいエピソードはありますか?

吉田 しいていえば新潟編の、涼子さまと玉のエピソードですね。私が想定していたよりも、ドラマではエモーショナルな演出になっていました。削除された場面では、〈私といたら、お嬢様は法に携わるお仕事ができない〉という玉に涼子が言うんです。〈国民はみんな平等である。新しい憲法に、これからどんどん社会が追い付いていく。玉が誰にも負い目を感じず、わたくし達が諦めるものがどんどん減っていく……そんな日がくるはず〉〈わたくしが法の道に戻るのはその時でいい〉と。言葉を削ったことで、より二人の絆に視聴者が心を打たれる流れになっていたので、その取捨選択は正しかったと思っていますが、涼子の期待は果たされないまま、彼女はきっと生涯を終える……。

――今なお、彼女が望んだ社会になっているとは言い難いですしね。

吉田 そのセリフがなくても、物語の流れは変わらないし、視聴者のみなさんに伝わるものはあると思うけれど、お読みいただくことでよりいっそう感じていただけるものが、とくに最終週付近にはあるのではないかと思います。

――書籍版シナリオ集限定の、吉田さんご自身によるライナーノーツでは、涼子や梅子が必ずしも法曹界に身を置く必要はないと書かれていました。私はそれがとてもいいなと思っていて。法律を学んだからといって、必ずしもそれを職業にしなくてはならないわけじゃない……その道に進まなかったからといって学んだことは決して無駄にはならないし、法律は専門家だけが知っていればいいことでもない。むしろ市井の人として涼子や梅子が法律の知識を周囲に伝えることも、また意味があるのではないかと、視聴しながら思っていたので。

吉田 ありがとうございます。みんな、人生に成果を求めすぎていやしないか、と私も思うんですよね。おっしゃるとおり、竹もとで働く梅子が、法律にめちゃくちゃ詳しいおばちゃんとして学生たちに頼りにされるということもあるでしょうし、法律の道に進むわけじゃない人に、涼子の知識に基づいた言葉が響くということもあるでしょう。もっといえば、誰かの役に立たなくても、自分の人生が豊かになるのであれば、それはそれでいいじゃないかと。だから、寅子とともに法律を学んだ女子部の仲間全員を法曹界に入れるのはやめよう、というのは最初から決めていました。

結婚や家族を美しく描きがちな朝ドラで、結婚の価値を問いたかった

――その、成果を求めすぎなくてもいいんじゃないか、という思いは結婚の描かれ方にも表れている気がします。みんなと同じゴールをめざさなくてもいいじゃないか、と。

吉田 結婚というより、家族というものに対して、感じていることは多いですね。家族という言葉に代わる何かが生まれてもいいじゃないかと思うくらい、みんな血縁や法的なつながりにこだわりすぎている。もうちょっとポップにとらえてもいいんじゃないかなあ、と。独身の友達の話を聞いていると「なんでそんなことを赤の他人に言われなくてはならないんだろう?」という目にたくさんあっているんですよね。誰に介護してもらうつもりなんだとか、ちゃんとマッチングアプリを使っているかとか、一人で生きていくからには貯蓄をしろとか。

――余計なお世話、はなはだしいですね。

吉田 しかも、プライベートにまるで関わりのない会社の人に言われたりするんですよ。結婚しているほうが上、みたいな価値観は、法律婚をしている私でもしんどいし、腹立たしい。結婚も出産も、したい人はすればいいし、したくなきゃそれも自由、という風潮になったほうがみんなもっとカジュアルに選択できるのではないかと思ったりもします。そのためには、「結婚って、そんなに素晴らしいものでもなくない?」と示すことも大事なんじゃないのかなと。とくに朝ドラは、結婚や家族を美しいものとして描きがち。とはいえ『スカーレット』や『カーネーション』のように一般的な理想から外れた姿を描いた作品もあるし、年齢を重ねられた視聴者が多い朝ドラで、価値観をほんの少しでも揺るがす作品をつくれたら、何か意味があるんじゃないかと思います。

“間違いのない人”だけが声をあげていい、という風潮に「はて?」

――物語をつくるとき、社会に対するしんどさや腹立たしさが原動力になることは多いのでしょうか。

吉田 怒りは、ありますね。率直に言えば「あなたにとって心地のいい作品ばかりつくると思うなよ」「しんどいことをしんどいまま描いて何が悪い」という気持ちがあります(笑)。ただ、そういう私の作品に対して、怒る人もまた間違っていないというか。争ってほしいわけじゃないけど、論議が起こらない状態がいいのかといえば、そうとは限らない。『虎に翼』で扱っているのは、今なお連綿とつながっている社会の問題だから、物語のなかだけでスカッと解決させることもできない。だったら、問題提起する方向に舵を切ろうと思いました。私自身、描き方を間違えることはあるだろうし、一つひとつみんなと一緒に考えていきたいな、と。

――シナリオ集のあとがきでも、完璧じゃなくてもいいじゃないか、というお話をされていますよね。間違いのない人だけが声をあげていいわけではない、と。

吉田 以前からそう思っていたのが、『虎に翼』を経てよりいっそう強くなりました。私も、もともとは法律のことはよくわからないし、距離を置いていたほうなんですよ。当事者でもない私が物語で描くと、きっといろんなところから怒られてしまうだろうなあ、って。でもそれって、差別の構造をそのままにしておきたい人たちにとっては、思うツボなんですよね。わからないなりにも声をあげていかないと、同性愛を「禁じられた愛」とうたったり過度に美しいものとして扱ったりすることは、いつまでたってもなくならない。トランスジェンダーやノンバイナリー、それ以外のマイノリティを『作品の起爆剤』として扱うだけでは、差別や偏見は減らない。観る人がすっきりするためではない描き方も、物語ではちゃんとしていかないと。

――どうしても、当事者じゃないから気軽に声をあげられない、と思ってしまいますが、当事者が声をあげることは、そもそもとてもハードルが高いですしね。

吉田 今年の夏の甲子園で、京都国際高校が話題になりました。校歌が韓国語であること、その歌詞に「東海(韓国が主張している日本海の呼称)」が入っていることで、批判が殺到したんですよね。それに対して、主将の男の子が「仕方ないことだと思っている」と発言していたのが、私はものすごくショックでした。怒ってはいけないという気持ちが彼の中にはあるんだな、って。もちろん簡単に解決しない問題でもある。彼らがどういった思いで校歌を歌ったのか、私もきちんとは把握しきれていません。でも、そのことを発端として、差別的な意見がネット上に吹き荒れること、彼らを中傷することは、絶対に受け入れていいことじゃないと思うんです。

――『虎に翼』で描かれていた「スンッ」に近いものを感じます。

吉田 『虎に翼』は女性の物語ではあるけれど、学生時代編に花岡や轟の「スンッ」も描かれるし、もちろんヒャンちゃんをはじめとする在日コリアンの方々の「スンッ」も描いている。航一だって、寅子と結ばれるまでは「スンッ」としていたと思うんですよ。性別にかかわらず、社会的に何かを制限されている、ともすれば虐げられてしまう可能性のある人たちが、物わかりのいいお利口なふるまいをすることでしか、最悪の事態を回避できない。誰かにとって都合のいい、面倒を起こさないための抑圧の象徴として「スンッ」という言葉が生まれたのだと思います。

寅子の母性をたたえるような物語にしてなるものか、と思っていた

――寅子も「スンッ」としていた時期はありますが、基本的には黙らない姿勢の彼女の言動は、ときに賛否両論を呼び起こしていました。実際、私も「それはどうなの?」と思ってしまうときがあり、抑圧はよくないと思いながらも、寅子に「大人」のふるまいを求めてしまうのはなぜだろう、とたびたび考えさせられました。

吉田 「視聴者が不快に思わない程度の怒り」を描くのが、日本のドラマのセオリーではあると思います。寅子は、それをしなかったから、おっしゃるとおり「おとなげない」みたいな意見もしばしば耳に届きました。でも、これまたおっしゃるとおり、そういう抑圧に抵抗する寅子を応援したい気持ちがあったんじゃないの? とも思うんですよね。それに実際、寅子はそこまでの我儘を言っていない。家族と溝ができたとか、穂高先生との関係が悪化したとか、個人的な問題は生じていたかもしれないけれど、社会に不利益を与えるような何かはしていない。本当は、はやく帰ると約束したのに飲み会を優先するとか、仕事していると嘘をついて飲みに行っちゃうとか、そういうシーンも入れたかったんですけど。

――いいか悪いかは別として、働いている人にはよくあることだと思いますが、それを朝ドラで描いたら確かに批判が殺到しそうですね。

吉田 そしてそれはやっぱり、寅子が女性だからだとも思うんですよね。もちろん男性が約束を破っても嘘をついても怒られるとは思いますけど、度合いは違うんじゃないのかな。だから、ちゃんとした母として描きすぎないということも、意識していました。もうね、私、母性って言葉が本当にきらいなんですよ。もちろん、わが子だけでなく、若い子には健やかであってほしいとか、おいしいものを食べさせてあげたいとか、そういう気持ちがわくことはあるし、名前を付ければ母性としか言いようがないのかもしれない。でも絶対に、寅子の母性をたたえるような物語にしてなるものか、と。

――個人的には、働きながらトラちゃんはよくやっていると思っていました(笑)。家父長制の権化みたいになって、花江たちに糾弾されるシーンも、私が家族を養う立場だったら同じような態度をとりかねないなあ、と、どちらかといえば身につまされましたし。

吉田 新潟編で、寅子が「今日の夕飯はお菓子にしない?」って優未に提案するシーンがあるのですが、打ち合わせで「これはお餅じゃだめなんでしょうか」って言われたんですよ。でも、お餅は焼かなきゃいけない。その工程を挟んでいる時点で立派な料理だし、メニューを選択しているに過ぎないんですよね。ふだんは絶対に食事として選ばないお菓子をそのまま食べ、しょっぱいものがほしくなったから、かろうじてお漬物を切る。そのギリギリな感じを描きたかったんです。

――現代だったら、マックやカップラーメンみたいなことですよね。母親は罪悪感を抱えつつもほっと息がつける。そして子どもにとっては、ギリギリのお母さんに頑張り続けられるよりも、実はたまの非日常がすごく嬉しかったりする。

吉田 そうなんです。優未にとっても、お菓子の夕飯は、とても幸せな記憶として定着する気がしています。16週では、夜中にキャラメルを食べた後に歯磨きをする描写が入って、視聴者からは寅子が褒められていたと聞いたのですが、歯を磨かないで寝てもいいじゃないか、くらいに思っていました。私だって実際にそういう状況になったら、息子に歯を磨かせるとは思いますけど、それすらできない状況の人もいるはずだし、いい母親という演出を、一つでも削ることに意味があるんじゃないかというのは、『虎に翼』に限らずドラマづくりをするうえで感じていることですね。

――そういう「完璧じゃなさ」を、ドラマを通じて肯定されることで、救われる人はきっとたくさんいると思います。

吉田 そういう前例をつくることで、のちのち別の誰かがドラマをつくるときにも、意見を通しやすくなると思うんですよね。「だって『虎に翼』ではやってましたよ」って。私のやっていることがベストアンサーだとは思わないし、先ほども言ったようにきっと、間違っていることもあるはずだけど、賛否の意見が飛び交うことで、さまざまな知識や情報が集まり、人の目に触れ、議論が活性化していく。『恋せぬふたり』を書いたときもそうでしたが、答えを出したり褒められたりすることをめざさないことを、今は意識したいと思っています。

「今の社会を三淵さんが見たらどう思うか」をストーリーに反映

――そういう問題提起の物語を、『虎に翼』のように史実をベースにつくっていく際は、オリジナルの現代劇を描くのとはまた違う難しさがあると思います。どのように情報を取捨選択して、アレンジを加えたのでしょうか。

吉田 おっしゃるように、扱うテーマを考えれば、オリジナルの現代劇で描くほうがいいと、最初は私も思っていました。でも蓋をあけてみれば、100年くらい前からずっと同じ問題が論じられている。ずっと続いているんだよ、ということを示すことに、まず意義があると思いました。そして、寅子のモデルとなった三淵さんは、法律家として男女平等や女性の社会進出を訴え続けていた方。彼女が今、この令和に生きていたら、いったい何を訴えるだろうかということも意識していましたね。

――その一つが、結婚によって姓が変わることについての弊害でしょうか。

吉田 それも、あります。たとえば三淵さんは、当時受けた取材で「女は泣いてはいけない」みたいな発言をされているんですよ。「女がめそめそと弱音を吐くから、男になめられるんだ」と。でもそれを、寅子が口にするのは、視聴者に対する抑圧になりますよね。当時の三淵さんの置かれた環境が、泣くのをこらえてでも強くあり続けなければならなかった、というだけで、おそらく今、この現代で彼女が働いていたら、そんなことは言わないと思うんです。きっと、いまだに男女の賃金格差が大きいことにも、法曹界に女性が約2割しかいないことにも、憤りを感じるんじゃないでしょうか。

――たしかに。

吉田 再婚して夫の姓になったことも、そう。視聴者が生きている時代と、彼女の言動が正しかった時代とでは、文脈がまるで異なるのに、それを無視して物語に組み込んでしまったら、世の中を古い価値観に引き戻す動きにつながってしまう。「今の社会を三淵さんが見たらどう思うか」という視点を織り込むことも、必要なんじゃないかと思いましたし、それはモデルの軽視にはつながらないと私は思いますが、受け入れられない方もいるとは思うので、それは視聴者にゆだねるしかないですね。その考えも決して間違ってはいないです。

――法律をテーマに物語を描いたことで、何か発見はありましたか。

吉田 また婚姻の話なんですけど、意外と法律で縛られていることは少ないんだと知りました。離婚の際の財産分与みたいに、もめごとが起こりやすいことには細かい決まりがあるけれど、婚姻自体は当事者双方の意志にゆだねられている。どうして同性婚が認められないのか、条文を読む限りはわからないんですよね。ただ、常識的な観点に基づき、みたいなふわっといやな表現をしているところは多々あって。「こうあるべき」を断ち切れず、なんとなく改善できずにいることもまた、たくさんあるんだろうなと思います。一刻も早く法改正が進むことを望んでいます。

――『虎に翼』では描き切れなかった、ほかの作品で扱ってみたいテーマはありますか。

吉田 法律も歴史も学んだので、その知識に基づいて書けることはいろいろありますが、女性の同性愛について描けなかったことは心残りなので、いずれ何かの形でじっくり、と思っています。あとは、中年女性を主人公にした物語を書いてみたいですね。私自身も年を重ね、どうしたって若い人たちについては古い知識でしか向き合えなくなっていくでしょう。十代を描くことも、もちろんあるんでしょうけれど、これまでよりもちょっと目線をあげて企画を出していけたらいいなと思います。

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