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ヒットマン(殺し屋)の映画史とは? 『ヒットマン』徹底考察&評価レビュー。リチャード・リンクレイター監督の演出を解説

  • 2024.9.14
© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

映画『6歳のボクが、大人になるまで。』(2014)の名匠リチャード・リンクレイター監督の最新作『ヒットマン』が9月13日(金)より公開される。プロの殺し屋になりすまし、殺人依頼者を70名も逮捕に導いた実在の人物を描いた本作の魅力を紐解くレビューをお届けする。(文・荻野洋一)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】
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【著者プロフィール:荻野洋一】
映画評論家/番組等の構成演出。早稲田大学政経学部卒。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」で評論デビュー。「キネマ旬報」「リアルサウンド」「現代ビジネス」「NOBODY」「boid マガジン」「映画芸術」などの媒体で映画評を寄稿する。7月末に初の単著『ばらばらとなりし花びらの欠片に捧ぐ』(リトルモア刊)を上梓。この本はなんと600ページ超の大冊となった。

映画『ヒットマン』
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『トップガン マーヴェリック』(2022)で“ハングマン”という通称を持つ、キザなパイロットを演じてブレイクしたグレン・パウエル(1988年テキサス州オースティン生まれ)は、現在二枚目俳優として、またプロデューサーや脚本家など裏方としてもキャリアが最高潮に達しつつある。

“ハングマン”を演じた縁で、米海軍航空ドキュメンタリー『ブルーエンジェルズ』(2024、Amazonプライムで配信中)でプロデューサーをつとめたほか、2024年だけで主演作がなんと3本も立て続けに日本公開されている。ラブコメ『恋するプリテンダー』(2023、ウィル・グラック監督)、竜巻パニック映画『ツイスターズ』(2024、リー・アイザック・チョン監督)、そしてリチャード・リンクレイター監督の最新作となるクライム・コメディ『ヒットマン』(2023)の3本である。

『ヒットマン』への出演は、出演依頼が殺到するなかでのよくある出会いなどではない。グレン・パウエル自身、もともとリチャード・リンクレイター一派なのである。

パウエルとリンクレイターの関係は、パウエルがまだ14歳の時に『ファーストフード・ネイション』(2006)に子役として出演したことから始まる。そして『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016)でのキザな大学野球部員フィネガン役、Netflixアニメ『アポロ10号1/2:宇宙時代のアドベンチャー』(2022)での声優出演、そして今回の『ヒットマン』でリンクレイター作品への参加はとうとう4度目となる。

映画『ヒットマン』
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ふだんはニューオーリンズ大学で哲学と心理学の教鞭に立つ冴えない独身者。ところがもうひとつ別の顔は、ニューオーリンズ警察の民間協力者としておとり捜査の有能な「モグラ」(英語でMole/注:ターゲットの犯罪証拠を引き出すためにターゲットの協力者を装ったり、組織に潜伏したりする諜報スタッフのこと)。

グレン・パウエルはこのジキル&ハイド的な役柄を嬉々としてこなしている。それもそのはず、プロの殺し屋になりすまし、殺人依頼者を70名も逮捕に導いた実在のモグラ、ゲイリー・ジョンソン氏(1947-2022)の業績を描いた「テキサス・マンスリー」誌の取材記事をリンクレイター監督に推薦し、「これを一緒に映画化しよう」と持ちかけたのが、グレン・パウエル本人だからである。

やる気に満ちるグレン・パウエルは共同脚本家としても参加し、ふたりは執筆中、実際の嘱託殺人を念入りにリサーチし、監視カメラや盗聴音声のライブラリーを何時間も一緒にチェックしつづけた。そこで聴いた本物の殺人依頼の際にリアルな会話は、この『ヒットマン』の中でセリフとして活用されている。

ここにもうひとりのキーパーソンが浮上する。原作となった該当記事の著者スキップ・ホランズワースである。彼は「テキサス・マンスリー」誌の編集主幹を務めるかたわら、映画脚本にも進出している。それは、彼が「テキサス・マンスリー」1998年1月号に寄稿した実話記事をもとに映画化された『バーニー/みんなが愛した殺人者』(2011)であり、じつはこれこそ、リチャード・リンクレイター監督の影の最高傑作とも称される1本なのである。

ヒューストン出身の映画作家がオースティン出身の子役と知り合って意気投合し、次に「テキサス・マンスリー」誌のジャーナリスト、ホランズワースの書く実話に魅了され、こんどはその元・子役がホランズワースの別の記事を映画作家に推薦する。南部テキサスで申し合わせたように人と人とが、物語が、登場人物が、連綿とつながっていく。

映画『ヒットマン』
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殺人依頼者たちと主人公ゲイリー・ジョンソン氏(グレン・パウエル)の会話は、長大な時間をかけた念入りな取材がものを言い、リアルかつ最高におもしろく、映画冒頭から抱腹絶倒のトーキング・コメディとなっている。

さらに40種類もの変装。この変装による人物類型の分裂効果こそ、『ヒットマン』の最大の主題である。タラ・クーパー(メイク担当チーフ)、アリー・ヴィッカーズ(ヘアスタイリング担当チーフ)、ジュリアナ・ホフパワー(衣裳デザイナー)の3名の女性を長とするチームが、さまざまなフォルムの殺し屋を造形していく。

メイク/ヘアスタイリング/衣裳の3要素による類型化作業と並行して、映画はヒットマン(殺し屋)の映画史をも掘り起こす。なんともリンクレイターらしいやり口だ。こうした類型化作業の並行化それじたいもまた、リンクレイター&パウエルコンビのしかけた喜劇要素ともなっている。画面上には映画史上のヒットマンや依頼者、犠牲者のアーカイブが次々と写し出される―。

『拳銃貸します』(1942/フランク・タトル監督)におけるアラン・ラッド。『ダイヤルMを廻せ!』(1964/アルフレッド・ヒッチコック監督)におけるグレイス・ケリー。『殺しのテクニック』(1966/フランコ・プロスペリ監督)におけるフランコ・ネロ。『続・夕陽のガンマン』(1966/セルジオ・レオーネ監督)におけるクリント・イーストウッド。『メカニック』(1972/マイケル・ウィナー監督)におけるチャールズ・ブロンソン。そして『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(1967/野村孝監督)と『殺しの烙印』(1967/鈴木清順監督)というふうに宍戸錠だけは2本も取り上げられている。

注意すべきは、ゲイリー・ジョンソン氏の40面相は、メイク担当のタラ・クーパーの指導のもと、演じるグレン・パウエル自身がメイクをおこなったことである。まるで歌舞伎役者が自分の顔は自分で化粧するように。なぜなら、実際のゲイリー・ジョンソン氏自身が、おとり捜査の直前に自分でメイクをほどこしていたからである。

類型化作業の反復によってアイデンティティ・クライシスが忍び寄ってくる。ゲイリー・ジョンソン氏とダンディな殺し屋ロンの相互浸透がだんだんと進行し、冴えない大学講師だったはずが、女子学生から「最近、ジョンソン先生はイケてる」という評価さえも出始める。

映画『ヒットマン』
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変装によって進行する人物類型の相互浸透作用というと、映画史上の名作としてジェリー・ルイス監督&主演の『底抜け大学教授』(1963)が挙げられる。

このサイコロジカル・コメディは、1996年にエディ・マーフィ主演で『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』としてリメイクされているが、冴えない大学教授と、新薬の効果によって整形されたダンディなエンターテイナー、バディ・ラヴとの見境がつかなくなるアイデンティティ・クライシスが主題化されていた。このクライシスを促進するのが意中の女性の出現であるという点も、『底抜け大学教授』と『ヒットマン』の共通項である。

ゲイリー・ジョンソン氏、もとい殺し屋ロンに夫の殺害を依頼する人妻マディソン(アドリア・アルホナ)の登場により、人物類型化および、なりすましによるトーキング・コメディとして心地よく躍動していた本作に、いっきに翳りが差し込んでくる。

この翳りとは、フィルム・ノワールの翳りである。後半、『ヒットマン』はフィルム・ノワールへとジャンル越えしていく。ただし、殺人依頼者マディソンは単なるファム・ファタールではない(ファム・ファタールとは、フランス語で「宿命の女」という意味。フィルム・ノワールや恋愛サスペンスのジャンルでは必要不可欠なキャラクターとして映画史に刻まれている)。

快活なトーキング・コメディからフィルム・ノワールへ。さらにフィルム・ノワールからサイコ・サスペンスへ。人物類型の相互浸透というアイデンティティ・クライシスの問題と、主人公を破滅へと向かわせかねない恋愛とが同時並行で進行しつつ、再びコメディへとめまぐるしく旋回していく。

ただし、こんどは快活なトーキング・コメディとしてではなく、モラルをも人質に取ったかのような、きわめてブラックなコメディとして。明と暗のブレンドによって楽天性と棘のあるトーンを混在させる映画作法は、同じスキップ・ホランズワースのペンから生まれた『バーニー/みんなが愛した殺人者』の再来だと言える。

映画『ヒットマン』
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リチャード・リンクレイターは今回の『ヒットマン』において、子役時代からの盟友グレン・パウエルの主演、共同脚本、プロデュースという全霊の貢献によって、アメリカ映画のフロントランナーとして返り咲いた。リンクレイターの今後の予定についてくわしく書いて、本稿を閉じようと思う。この予定記述を見ても興奮しない映画ファンなんて、おそらくひとりもいないだろうから。

まず彼は2025年完成予定で『Nouvelle Vague(原題)』という新作のポスプロ作業に入っている。これはなんと『勝手にしやがれ』(1960)をパリ市内で撮影中のジャン=リュック・ゴダール、ジーン・セバーグ、ジャン=ポール・ベルモンドらの実話の映画化である。『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』で主人公ジェイクの彼女になっていく新入生ビヴァリーを演じたゾーイ・ドゥイッチが、ベリーショートの「セシルカット」となって主人公ジーン・セバーグを演じている。

次に、撮影終了したばかりの『Blue Moon(原題)』。「ブルー・ムーン」や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」など数多くの名曲で知られる作詞家ロレンツ・ハート(1895-1943)がアルコール依存症に苦悶する物語だそうで、ロレンツ・ハートの役をイーサン・ホークが演じている。

そしてスティーヴン・ソンドハイムの名作ミュージカル『Merrily We Roll Along(原題)』の映画化は、すでに一部撮影開始されているが、1981年にブロードウェイで初演されたこのバックステージものは、現在時制から20年前へと遡行するストーリーテリングを有し、撮影終了まであと17年を要する予定。

リチャード・リンクレイター監督にとっては、撮影期間12年を要した『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)をさらに大幅に更新する、クレイジーかつモニュメンタルな大作となるだろう。

(文:荻野洋一)

【『ヒットマン』 作品情報】
監督:リチャード・リンクレイター 『ビフォア・サンライズ恋人までの距離』(95)ほか「ビフォア」三部作 『スクール・オブ・ロック』(03) 『6歳のボクが、大人になるまで。』(14)
脚本:リチャード・リンクレイター&グレン・パウエル
出演・グレン・パウエル 『トップガン マーヴェリック』(22) 『ツイスターズ』(8/1公開)
アドリア・アルホナ 『6アンダーグラウンド』(19) 『モービウス』(22) 「キャシアン・アンドー」(22)
オースティン・アメリオ 「ウォーキング・デッド」シリーズ(15~23)
レタ 『グッド・ボーイズ』(19) 『グレイテスト・ヒッツ』(24)
サンジャイ・ラオ
原題:HIT MAN/2023年/アメリカ映画/英語/115分/シネスコ/カラー/5.1ch/日本語字幕:星加久実
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配給: KADOKAWA PG12

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