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「虎に翼」を徹底考察。女性、朝鮮人、障害者、同性愛者──“私たちの地獄”を描いてくれた物語

  • 2024.9.13

女性が自由に生きようとすると“地獄”が始まる

日本初の女性弁護士・判事・裁判所長となった三淵嘉子をモデルに、法曹の世界に飛び込んだ猪爪寅子(伊藤沙莉)の人生を描く「虎に翼」。主に女性主人公の成長譚である朝ドラとフェミニズムはこれまでも切っても切れない関係にあったが、今作のように堂々と真正面に据えた作品は初! これまでの朝ドラの歴史の積み重ねが、本作を誕生させたといってもいいだろう。

物語は、寅子が“女の幸せは結婚”であることに疑問を持つところから始まる。結婚が作品における一つの山場ともなる朝ドラの第一話でこれをやるとは! もう入りから気概が違う。その後、寅子は法律と出合うことで自分らしい生き方を見つけるものの、それは“地獄”の始まりだった。家父長制が圧倒的な価値観として存在し、家長たる男性が権力を独占する時代に女性が自由に生きることは地獄を意味するのだから。

本作はそんな地獄の数々を、数多の登場人物を通して示してくれていた。華族制度に縛られ家を守らなくてはいけない地獄、幸せの象徴とされた結婚で個が尊重されない地獄、女性であることで性的搾取を受ける地獄……。歯を食いしばって生きる登場人物たちと自身を重ねる人も多かったことだろう。描かれている時代から100年近く経つ今でも、個人の幸福を削るような価値観は残っているという現実。それを再確認するためのドラマでもあったと思う。

私は特に前半の、明律大学女子部編が大好きだった。寅子、山田よね(土居志央梨)、チェ・ヒャンスク(ハ・ヨンス)、桜川涼子(桜井ユキ)、大庭梅子(平岩紙)という、境遇も年齢もバラバラの5人が並ぶ姿は、まるで『美少女戦士セーラームーン』のセーラー戦士のようにまばゆく見えた。さらに、玉(羽瀬川なぎ)や米谷花江(森田望智)との連帯も。敵となる悪は、おかしな価値観であり、偏見であり、それを温存させている社会。使命感を持ってそれぞれの地獄と向き合う姿に勇気をもらい、それでも志半ばで一人ずつ去っていく展開に涙した。そしてそのメンバーが戦後、再集結する未来があったことにも感動している。人生を諦めそうな凄絶な無間地獄の先に何があるのか、それを確かめるためにも最後まで観続けなければいけない。

多くの人の心の支えとなる日本国憲法

本作の最たる妙は、日本国憲法を高らかに掲げたことにある。特に「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と記す14条は、この物語の中核を担っている。

「ずっと、これが欲しかったんだ、私たちは。男も女も人種も家柄も貧乏人も金持ちも、上も下もなく、横並びである、それが大前提で、当たり前の世の中が」というよねの台詞には首がもげるほどうなずいた。これまで権利がないまま虐げられてきた人々の闘いの上に完成した憲法。実社会で改憲の議論が持ち上がるなかで、今の憲法がいかにかけがえのないものであるかを伝えてくれたことにも、つくり手の意志が感じられた。

また本作では女性特有の差別だけでなく、植民地支配の犠牲者となった朝鮮人、障害者、同性愛者など、マイノリティとされる人々の生きづらさや苦難も丁寧に描いてきた。この姿勢は、女性の権利獲得だけでなく、すべての人が搾取や抑圧を受けずに済む社会の実現を目指すフェミニズムの現在地とも呼応する。もちろん日本国憲法の施行後も差別は社会から一掃されていないが、だからこそ現在も多くの人にとってこの憲法が拠り所となっていることは間違いない。

山田轟弁護士事務所の壁には14条の条文が書かれているが、同じような光景を「隔離と戦禍〜沖縄 ハンセン病患者たちの受難〜」というドキュメンタリーでみたことがある。そこには戦後、新聞に出ていた憲法13条を書き写したハンセン病患者の姿があった。「すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。この憲法の条文を亡くなるまで心の支えとしていたのだ。

一方で権力者が定める法律は必ずしも人を守るものではない。戦後にできて1996年まで存在した旧優生保護法はハンセン病患者たちへの偏見・差別をさらに助長し、断種・不妊手術の強制という重大な人権侵害を引き起こす。ときは経ち2024年7月、旧優生保護法は憲法違反だとの統一判断を最高裁判所大法廷が示し、国に賠償を命じた。個人の尊厳と人格の尊重を定める憲法13条の精神に著しく反し、14条1項にも違反すると。憲法が希望、そのことは忘れないようにしたい。

弱者から強者側へ。力を持った寅子の行く末

これまで弱い立場として疑問や違和感から生じる怒りをあらわにしてきた寅子。共感の嵐だった展開も、寅子が裁判官・家庭裁判所の支部所長となり力を得てからは事態が一変する。本人は無自覚かもしれないが、社会的地位や役職を鑑みると寅子はすでに圧倒的強者側に立っているのだ。現在の寅子をみると、踏まれていた側が自分でも気付かぬうちに踏む側になってしまう怖さをも感じてしまう。今まで共感できた「はて?」は威圧的に感じ、免罪符のように使われる「ごめんなさいね」も自分の主張のための前フリであったり、許されたい気持ちが先立っているように思う機会が増えてきた。

しかしそれを思うとき、同時に権力を持つ女性に対して必要以上に優しさや好感度の高さを期待している自分のジェンダーバイアスにも気付かされる。これ、女性政治家の理路整然とした追及を攻撃と捉え「怖い」と表現してしまう人の視点と同じになっていないだろうか? 階級差という現実に慄く眼が、性差別という現実を見落としてはいないかを顧みる必要性も感じた。

そもそも寅子は裕福な家庭で恵まれて育っているから空気は読めないし我が強い。でもそこが寅子というキャラクターの魅力でもあったはず。脇が甘い言動も多いが、それはこれまで尾野真千子による「語り」によってコメディータッチにツッコまれることで処理さえてきた。そもそもだめなところがあってこそ人間。その揺れも含め、強者として弱者に寄り添う今の姿を微笑ましく見守っていきたい。一方で、紆余曲折を経て弁護士となったよねは成長がすごい! 今まで弱さを嫌ってきたが、弱さを強さへ変えてあげる術を身に着けたよう。弁護士よねのスピンオフも放送してほしいぐらいだ。

現在のあらゆる差別の抵抗にも連帯の意思を

本やインターネットを通じて戦争に対する歴史修正の意見が広がるなかで、近年の朝ドラは被害だけでなく加害も描き、意義のある姿勢を貫いている。あらゆる社会問題を取り上げ、人権を考えるきっかけを与えてくれる本作でも当然、最大の人権侵害であり差別である戦争や虐殺への言及は抜かりない。

関東大震災時の朝鮮人虐殺という歴史的な出来事を俎上に上げたほか、終盤は「原爆裁判」を描くこととなった。焦点となるのは、広島と長崎で暮らした市民を含め、国民の多くの人々を死に導いた国家責任。実際にこの裁判で国は賠償責任を認めなかったが、被爆者援護施策が前進するための大きな役割を担ったとされている。

この世界はまだまだ地獄だらけ。でもよねの台詞にもあるように、どの地獄で何と闘いたいのかを決めるのは私たち自身だ。これまで透明化されてきた人々が「おかしい」と立ち上がり、裁判を起こして闘ってきた先に、今の私たちの暮らしはある。前述の旧優生保護法の被害者だけでなく、同性婚訴訟をはじめ、あらゆる差別に抵抗する裁判は2024年の現在でも行われている。だからこそ私はこれからも現在進行形の闘いに連帯していきたい。次の世代が生きるであろう、100年先の春のためにも。バトンはもう、寅子から視聴者へと託されているのだ。

連続テレビ小説『虎に翼』

放送/毎週月~土曜 前 8時00分(総合) ※土曜は一週間を振り返ります

・毎週月~金曜 前 7時30分(BS・BSプレミアム4K) ほか

作/吉田恵里香

出演/伊藤沙莉 ほか

©NHK

Photos: Courtesy of NHK Text: Daisuke Watanuki Editor: Nanami Kobayashi

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