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陸上競技は“人生の宝物” 76歳の挑戦「今を楽しむことで、夢が叶う」

  • 2024.9.12

今年は、パリオリンピック、パリパラリンピックで、日本選手が数多くの金メダルを獲得しました。しかし、金メダルは、それだけではありません。

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

300mハードルで優勝した相羽さん
300mハードルで優勝した相羽さん

「あけの語りびと」で6年前にご紹介した、元タクシードライバーの相羽吉男さんから、嬉しい知らせが入りました。この夏、スウェーデンで開催された「世界マスターズ陸上」の
M75(75歳〜79歳・男性の部)において、100mと300mハードルで、2 つの金メダルを獲得しました。

「世界の75歳以上の中で、一番速い男」となった相羽さん。その飽くなき挑戦とは。

相羽さんは、福生市在住で現在76歳。短距離走を始めたのは、35歳のころ、知人に誘われて、福生市の体育大会に出場したのがきっかけでした。

「当時100mを12秒6で走りましたが、もっと速いランナーがいましてね、なかなか勝てなかったんです。でも、もっと年を取ったら勝てるんじゃないか、と。59歳のとき、東京都のマスターズに出場したら初めて優勝できて、表彰台に立ち、首に金メダルをかけてもらったときの気持ちは最高でした」

還暦を迎えた相羽さんが、次に目指したのは、全国大会でした。

「日本各地には、同じ年で、まだまだ足の速い人が大勢いるんです。(上には上がいるんだなぁ)と、逆に張り合いが生まれましたね」

「全日本マスターズ陸上」の60代で100m、200m、400mで、日本チャンピオンに輝いた相羽さんが、次に目指したのは「世界マスターズ陸上」でした。

61歳で出場した「フィンランド大会」では、200mで銅メダル!

67歳で出場した「フランス大会」では、今度こそ金メダルを目指した200mでしたが、ラインを踏んでしまったため、まさかの失格。

6年前、70歳で出場した「スペイン大会」では、長旅と時差ぼけの影響で、初戦の100mは力が出せないまま、8位でしたが、得意の200mでは銅メダル、300mハードルでは銀メダルを獲得!

もう少しで、金メダルに手が届く! と手応えを感じた相羽さんは、いままでの練習を見直し、YouTubeで知ったプロのコーチに指導を仰ぐことになりました。

鈴木コーチのトレーニング風景
鈴木コーチのトレーニング風景

一昨年の暮れから相羽さんは、プロコーチ・鈴木義啓さんの指導を受けています。鈴木コーチは、元・三段跳びの選手で、日本選手権で優勝した経験もあるトップアスリートです。今までの相羽さんの練習は、スタートダッシュを繰り返し、100mを2本、200mを2本、どちらも全速力で走ったあと、最後に400mを走り切って終了するという、とてもハードな内容でした。

「鈴木コーチの練習メニューは、今までとは全く違っていて、驚きましたね。まず体を温めるため、400メートルのトラックを、十分間、ゆっくりとジョギングをします。その後、股関節、腿、お尻回りの筋肉や筋を鍛えるサーキットトレーニングを行います。『腕ふり』も教えてもらいました。

鈴木コーチと
鈴木コーチと

腕は横に振らず“縦ぶり”することで、肩甲骨が動き、肩甲骨から腰へ、腰から足へとつながり、腕をふることで、粘り強い走りが生まれる……というわけです。メインの練習でも、全速力で走ることはなく、正しいスプリントフォームを意識しながら、80%ほどで走ります」

そんな練習を積み重ねた相羽さんが挑んだのは、8月13日~25日に開催された「世界マスターズ・スウェーデン大会」でした。

鈴木コーチの指導の成果はすぐに現れ、M75(75歳〜79歳・男性の部)の100mでは、14秒21で優勝! 続く300mハードルも、2位に大差をつけて優勝します。

残りの200mと、400mに勝てば、4冠達成のチャンスです。

ところが、得意の200mでは、イタリア人のリブィオ選手に、わずか0.26 秒差で敗れて、2位になります。

「えっ、こんなに強い選手がいたのか!」

リブィオ選手は400mにも出場し、決勝で再び相羽さんと対戦します。今度こそ負けるものか、と気合を入れ、スタートのピストルが鳴ると共に相羽さんはダッシュし、先頭に立ちます。

400mは、後半に疲れが出てきますので、体力を温存しつつ、トップをキープしていた相羽さん。しかし、残り100mであのリブィオ選手が、早めのスパートを仕掛けてきました。残り80mで、抜かれてしまった相羽さん……そのとき、鈴木コーチの言葉が脳裏に浮かびます。

「相羽さん! 腕をふって、膝を上げるんだ!」

必死に腕をふり、膝を上げようとするものの、乳酸が溜まった足は思うように動かず、リブィオ選手との差は広がったまま、相羽さんは2位でゴール

400mで1位のリブィオ選手と2位の相羽さん
400mで1位のリブィオ選手と2位の相羽さん

しかしレースを終えて表情台に立った相羽さんからは、笑顔がこぼれていました。相羽さんは。新たなライバル、リブィオ選手と握手を交わし、次の大会で、元気に再会することを約束しました。

「もし4冠を達成していたら、次の目標を失っていたかもしれませんね。リブィオ選手は、とてつもない鉄人のようでした。彼に勝てる日まで、100歳の金メダルを目指して走り続けます」

相羽さんが大切にしている言葉は、「今を楽しむことで、夢が叶う」。陸上競技は、まさに“人生の宝物”だと言います。

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