1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「自由でない人生の一方で、子どもには自由に生きろと言う我慢が溜まったら…」乃南アサが『マザー』で描いた家庭の闇

「自由でない人生の一方で、子どもには自由に生きろと言う我慢が溜まったら…」乃南アサが『マザー』で描いた家庭の闇

  • 2024.9.12

8月に新刊『マザー』を上梓した乃南アサさん。「母」という肩書をもつ女性の“本当の姿”を丹念に描き出した、渾身の連作短編集です。昭和から平成、令和と時代も価値観も目まぐるしく変わるいま、母親と家族をどう描いたのでしょうか。


家庭の数だけ闇があるのではないか

──今作では5通りの「母親像」が描かれています。なぜ母親をテーマに小説を書こうと思われたのでしょうか。

今作は、知人との雑談の中から着想を得たのが、執筆のきっかけとなりました。

「こんなことがあってね……」と伺ったお話の中に、私の心の琴線に触れるものがあったのです。思わず「いまのお話を、小説に書かせていただけないでしょうか」とお願いしました。

こんなことは私自身初めてのことでした。知人も非常に驚き、迷っていたのですが、1年くらい経過した頃に、「そういえば、いつかの小説のお話、書いてもいいですよ」とご許可をいただき、書かせていただくことになりました。

乃南アサさん。

──なぜ、その方のお話が乃南さんの心に響いたのでしょうか。「小説に書きたい」と思うほどの熱意がなぜ湧いたのか教えてください。

単純に怖かったからです。とにかく、衝撃的でした。

その知人とはかなり長いお付き合いで、若い頃からいろいろな話を聞いてはいたのですが、ついにクライマックスを迎えたかのような恐ろしさがあり、その恐怖を言葉で残しておきたいと思ったような気がします。自分でも「これがノンフィクションだったら嫌だな」と思うほど、ぞっとする話ができました(笑)。

普段親しい間柄であっても、なかなか他人のご家庭の事情まではわかりませんよね。私自身、身近にこんな思いをしている方がいたのかという怖さと驚きのほか、家庭の数だけきっといろいろな闇があるのではないかと改めて感じた瞬間でした。

今作を上梓する前は、台湾の紀行エッセイ『美麗島プリズム紀行―きらめく台湾―』や、約140年前に北海道の十勝開拓に挑んだ人々の姿を描いた『チーム・オベリベリ』など、綿密な取材や資料を積み上げて作り上げた作品が多かったので、日常の中の、しかも家庭という閉ざされた空間に目を向けて作品を作るのは久しぶりで楽しかったです。

──“ひとりの女性”ではなく“ひとりの人間”として描かれている母親像には、戦慄を覚えながら、共感するところもありました。例えば、ほのぼのとしたマンガに登場するような理想的な家族の風景から始まる「セメタリー」の、母親が子どもたちへ「自由に生きなさい」と語りかけるシーンには、読後いつまでもねっとりとした重みがつきまといました。

「兄弟は他人のはじまり」と言うように…

「セメタリー」は、「墓じまい」というキーワードから着想した作品です。その言葉を調べていくうちに、もうひとつ本作の重要なキーワードも浮かんできて、その2つを組み合わせて物語を膨らましていったら、インパクトの強いストーリーが生まれました。

いまあげていただいた、母親の「自由に生きなさい」というセリフは、言葉通りならそれぞれの自主性、多様性を認める言葉です。

いまは価値観が多様化し、「理想的な母親像」は風化しつつありますが、ひと昔前のステレオタイプの母親像が求められていた時代には、「母親でいること」はきっと大変だったはずです。

自分は決して自由ではない人生を送りながら、子どもたちには「自由に生きろ」と言い続ける。そうやって我慢に我慢を重ねて、ストレスがマグマのように溜まったらどうなるのか──。それを想像しながら、書き進めました。

乃南アサさん。

──娘が嫁いだ後、マンション内で鞘当てが起きるほど華やかに変貌していく女性を、マンションの管理人の視点で描いた「アフェア」の母親も、「母親というだけの自分で人生を終えたくない」という意志が感じられ、面白く読ませていただきました。

人間の心の内は可視化できないので、他人にそれを推し量ることはできません。また、ワイドショー番組の人気が高いように、他人の暮らしやスキャンダルが気になる人は、意外に多いものです。

私も普段家にいるときは部屋着を着ていますが、今日のように都心で打ち合わせなどの仕事があるときには、きちんとお化粧をして身なりを整えて出かけますから、もしかしたらご近所の方に「あの人、今日はきっとどこかへお出かけになるのね」なんて言われているかもしれません。そんなことを考えながら書きました。

──「ワンピース」では、母親が亡くなった後の兄妹の姿が描かれていますが、ふたりの間に存在する「母親」の残り香が、怪談以上に恐怖でした。

「兄弟は他人のはじまり」言うように、子どもの頃は仲良しの兄弟でも、大人になってお互いが結婚するといろいろな問題が生じてきます。親戚が多い人から「親が亡くなった後、関係性が崩れた」「相続や介護で揉めた」などと聞くことも多く、それはそれで大変そうだなと思って聞いていました。

「ワンピース」の兄と妹は、もしかしたら明日の我が身かもしれないという恐ろしさもありますが、あくまでもこれは小説なので、「他人事」として覗き見ることができます。

結局、野次馬でいるのがいちばんなのですよね。小説には、そんな「他人のドロドロを安全な場所から安心して楽しめる」というよさもあるのではないかと思っています。

》【後篇】を読む

文=相澤洋美
写真=深野未季

元記事で読む
の記事をもっとみる