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「産むのは無責任?」42歳、更年期かと思ったらまさかの妊娠!私たち夫婦が選んだ決断とは!?

  • 2024.9.9

私が第4子を妊娠したのは、42歳のときでした。年齢からの染色体異常の高さを考えたとき、私たち夫婦で決めた選択は羊水検査でした。羊水検査を受けることになったいきさつと、どのようなかたちで検査がおこなわれたかをお話しします。

更年期の疑いで受診した結果

当時の私は、母親を亡くして半年が過ぎたころで、ストレスからか生理不順が続いていました。いよいよ3週間も生理がこなくなり、更年期を疑って婦人科で検査をしてもらおうと受診。

そこで、思いがけない妊娠の診断を受けたのです。男の子3人の母であった私は、女の子が欲しくて第4子を望んでいましたが10年間もできず、とうの昔にあきらめていました。そこに妊娠の診断です。

喜びとともに不安を感じて……

妊娠が確定してから1週間後、だんだんとつわりの症状が出てきて、妊婦であるという実感が湧いてきました。しかし、この年で産んで本当に大丈夫なんだろうか?という不安が頭から離れません。夫にこの気持ちを相談してみたら、同じことを考えていました。当時私は42歳、夫は50歳。

「自分たちはどう頑張っても早く死んでいくだろうから、この子とは長い期間一緒にいられない。もしこの子に何か障害があって一生手助けが必要だとしたら、自分たちが生きている間はなんとかできても、そのあとはどうする? 上の子たちにもそれぞれの生活があるから、子どもたちをあてにするのは無責任だと思う。出生前に検査を受けて、何も問題なかったら産むことにしないか?」と。

葛藤はありましたが、夫の意見に同意し、出生前診断を受けることに決めました。

※人工妊娠中絶は、母体保護法により定められた適応条件を満たしている場合に限り、施行されます。

覚悟を決めて、出生前診断へ

通っていた産婦人科で出生前診断を相談すると、検査のできる総合病院を紹介されました。その日のうちに受診をして説明を受けたら、私の住んでいる地域は田舎のため、クアトロ検査などの血液検査ができる病院がなく、羊水検査一択とのこと。どうしても血液検査を希望なら隣県の大学病院を紹介するとの話でした。

つわりがつらくて、隣県とは言えども移動はしたくないという気持ちと、検査を決めるなら早いほうが良いと先生に言われたこともあり、羊水検査をすることに決定。翌週の妊娠12週に羊水検査が決まりました。

※羊水検査は染色体の数や構造の異常を調べることが可能ですが、羊水検査ではわからない先天性疾患もあります。

検査日からの1カ月間

1泊入院の予定で羊水検査が始まりました。分娩室に案内され横になり、胸下から下腹部まで大きな範囲で消毒され、超音波で念入りに穿刺(せんし)するところを探していました。「さあ、取りますよ!」。先生は15cmくらいの長さの針をすうっと刺して、あっという間に抜き取りました。

麻酔はしなかったので刺された瞬間は痛かったのですが、それよりも超音波に映る赤ちゃんと針の映像から目が離せません。薄い黄色の液体が注射器に満たされていて、羊水を抜かれたことを強く実感しました。

退院してから、流産の兆候がないか注意しながら、結果が出るまでの1カ月間を淡々と過ごしました。決めたことに変わりはないので期待し過ぎず意識せず、日々、ときが過ぎていくのを待っていた気がします。検査結果は、46本の染色体があり正常とのこと。そして最後の染色体に46,XXと記載があり、女の子であることも判明しました。女の子が今、私のおなかの中にいるなんて……とあたたかい気持ちでいっぱいになりました。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

著者:優木まり/40代女性・主婦。25歳になる長男を筆頭に4歳女児までの3男1女を育てるアラフィフママ。元美容部員のスキルを生かして美容記事を執筆するほか、子育てや出産関連についても執筆している。

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています


監修者・著者:助産師 松田玲子

医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。

ベビーカレンダー編集部

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