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一晩中テントの外から「おーい」と呼ぶ声? キャンプ場で視線を感じる/近畿地方のある場所について⑰

  • 2024.9.8

『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第17回【全19回】「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

ダ・ヴィンチWeb
『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)

某月刊誌 1998年5月号掲載 「新種UMA ホワイトマンを発見!」

「知り合いに、UMAを見た人がいます」

そんな小誌ライターからのタレコミが発端となり、編集部はUMAの目撃者であるH氏とコンタクトを取ることになった。

待ち合わせ場所に現れたH氏はごく普通の男性といった出で立ちで、逆にそれが本件に関しての情報の信憑性の高さを担保していた。

日頃編集部には多くのタレコミが寄せられるが、その分ガセ情報もかなりの量になる。なかには自らが宇宙人であるといった内容のものまであり、入稿後の徹夜明けにそういったお便りを目にすると読んでいる自分がアッチ側に行ってしまうような気になるものだ(もちろん、編集部は宇宙人及びUFOの存在を否定していないので、その点についてはご理解いただきたい)。

そんななかで少なくとも風貌は一般人のH氏を見て、とりあえず第一関門は突破したと編集部員である筆者は一安心した。

聞けばH氏は鳥取県在住の35歳、大手企業に勤めるサラリーマンだという。少なくとも宇宙とのつながりはなさそうだ。

そんな彼は6年前に家族で行ったキャンプで、UMAを目撃したのだという。

小誌読者諸兄においては、UMAについて改めて解説する必要は全くないとは思うが、初めて小誌を手に取られたモノ好き(失礼!)な方のために今一度基礎情報をおさらいしておきたい。

UMA(ユーマ)とはUnidentified Mysterious Animalの略称であり、日本語訳すると未確認動物・生物となる。その名の通り、実在が証明されていない生物を表す総称だ。

英語が用いられていることから、外国由来の名称だと思われがちだが、実はこの名称は日本で生まれたいわゆる和製英語だ。皆さんもご存じUFOがUnidentified Flying Object(未確認飛行物体)の略称であることをヒントに1976年、国内の某有名SF専門誌が名づけたのが始まりである。ちなみに、英語ではCryptid(クリプティッド)と呼ばれる。

UMAのなかでも、特に有名なのはネス湖のネッシーだろう。日本でも70年代頃にマスコミを騒がせ、池田湖のイッシーなどの多くの亜種を生み出した。ただ、残念なことに、ネッシーに関しては後にその写真を撮影したとされる人物が捏造を認めるなど、信憑性にいささかの疑問が残る。

その他、UMAの代表的なものとしては、大型の類人猿のようなビッグフット、人魚(セイレーン)、数年前に小誌でも特集記事として取り上げた空中を高速で飛ぶ魚、スカイフィッシュなどがあげられる。広義では宇宙人もUMAに含まれる。

ここで、日本固有のUMAに目を向けたい。実は日本でUMAと称されているものはあまり多くない。代表的なものはツチノコ、カッパ、某釣り漫画で有名になった巨大魚、タキタロウなどがあげられるが、その他は日本人でも耳なじみのないものが多い。

UMAと呼ばれるものが日本に少ない理由として、妖怪の存在があげられる。

河童とは何かと問われたとき、妖怪だと答える人は多いだろう。一反木綿やひとつ目小僧、10年ほど前に全国で有名になった人面犬も同様だ。

ただ、これらは実際にそれを見たという人間がいる以上は未確認動物・生物であるUMAとも呼べる。

謎の存在を妖怪という古くからの一般的なカテゴリ名で呼んでいることが日本にUMAが少ない理由だといえる。

日本における未確認動物・生物がUMAか妖怪かという議論は、広末涼子が女優かアイドルかという議論と同じくらい不毛である。

河童が自分のことをUMAと呼ぶか、妖怪と呼ぶかを気にするわけはあるまい。我々マスコミがどのように紹介するかによって自然と定義づけされるのだ。そう考えるとマスコミというのはなかなか罪な商売だ。

オカルト・ホラー雑誌を標榜する小誌としては本件の未確認動物・生物をどのように呼称するかは実に悩ましいところだが、本稿では敢えてUMAと紹介することで、世にその名称を広めていきたいと考えている。

前置きがいささか長くなり過ぎた感があるが、いよいよH氏が目撃したUMAについて紹介したい。

H氏がそのUMAを目撃したのは、1992年の秋、場所は●●●●●にあるキャンプ場だ。

H氏は鳥取からはるばるそのキャンプ場へ、1泊のキャンプ旅行に出かけたそうだ。

1985年、キャンプブーム前夜にオープンしたそのオートキャンプ場は、ダムが近い山のふもとに位置し、軽いハイキングなども楽しめることから当初は流行に目ざとい若者を中心に平日も満員になるほどの盛況ぶりだったようだ。

H氏がそのキャンプ場を訪れたのはキャンプブームの真っただ中。元来流行りもの好きだったH氏は家族で楽しめるキャンプには早くから目をつけており、テントなどのグッズを一式買いそろえ、その年もすでに別の場所で何度かキャンプを楽しんでいたらしい。

そんな時世にもかかわらず、H氏一家がそのキャンプ場を訪れた休日、他に客はいなかった。それほど立地も悪くないのにである。

三十路を過ぎて独身、友人もおらず日々オカルトと向き合う筆者には到底想像できないが、キャンプ場において客が少ないということは良いことなのだという。近年、若者による深夜のどんちゃん騒ぎで他の家族連れの利用客が迷惑を被る事態が多発しているからだそうだ。

これ幸いとばかりにH氏は妻であるYさんと子どものMちゃん(当時6歳の男の子)とテントを張ったり、たき火を熾したり、一家だけのひと時を楽しんだ。

どうやらUMAにも女のカンというものは働くらしい。Yさんが最初に異変を察知した。頭痛がするというのだ。また、しきりに遠くのほうを気にしている。H氏が訳を聞くと「遠くから視線を感じる」と言って、ダムを挟んだ向かいの山を指さした。

続いて、かけていたラジオがおかしくなった。電波は入っているのだが、時折、放送に交じって男の声らしきものが聞こえるのだ。

H氏はそれがうめき声に聞こえたという。だが、Mちゃんいわく、それは「おーい」と聞こえるのだそうだ。そう言われるとそう聞こえないこともない。聞き取りづらくはあるが、確かにその声は聞こえていたという。

まだおかしなことは続いた。夕飯時になり、一家は協力してカレーを作った。Mちゃんもおっかなびっくりではあるが、野菜を切ったり、ご飯を炊いたりと楽しいひと時だった。だが、できあがったカレーの味がしなかったというのだ。自分の味覚がおかしくなったのかと思ったH氏が家族に確認したところ、皆同様に味がしなかったそうである。市販の固形ルーとはいえ、スパイスを使った料理で辛味も含めた味がしないというのは考えにくい。

そんななか、Mちゃんが鼻血を出した。鼻血はなかなか止まらず、その原因も不明だった。

この時点で、日頃から小誌に毒された読者諸兄なら、宇宙人説を唱えたくなるだろう。

ラジオ電波への干渉や、頭痛・鼻血などは磁場が狂っていることにより引き起こされたもの。つまりは磁気を動力とするUFOによる影響であると考えられるからだ。

ただし、編集部としてはこの説を否定したい。決して編集部がUFO情報に食傷気味だからという理由ではない。

まず第一に、UFOの目撃証言が近辺で全くない。日本では「甲府事件」に代表されるように、UFOは同じ場所で複数回目撃される事例が多い。一説では磁場の影響で飛来しやすい場所が決まっていると言われている。これがUFOによるものであった場合、現在に至るまで一度もUFOの目撃証言がないことは不自然だ。

第二に、UFOの着陸場所に向かない。UFOの着陸場所として代表的なものは牧場や畑などの広大な平地だろう。だが、本件でH氏が訪れたキャンプ場は山のふもとにあり、周辺も背の高い木が生い茂る山とダムしかなく、平地がほとんどない。目的が着陸ではなく、人間の誘拐だとしても木の下にいる人間を見つけ出すのは容易ではないだろう。

また、後述するがこのUMAは非常に大型であることが推測される。これが宇宙人だと仮定すると、その巨体がおさまるサイズの大きなUFOに搭乗していたと思われる。そうなるとなおさら目撃証言が少ないことが不自然であるし、広大な平地がない山中にUFOが飛来したとは考えづらい。

H氏の目撃談に戻りたい。

前述した奇妙なことの連続に興が削がれたH氏一家はその日、早々にテントで床についたという。

翌朝、目を覚まして手洗い場で歯を磨いているとYさんに声をかけられた。

一晩中、テントの外で声が聞こえていたというのである。

鈴虫の大合唱に交じってかすかに、だが確かに男の声で「おーい」と聞こえ続けていたそうだ。ただ、その声が相当遠くから聞こえていると感じたYさんは、あえてH氏を起こすこともしなかったという。

前日から続く、ダムを挟んだ向かいの山からの視線もあり、Yさんはかなりおびえているようだった。

とはいえ、H氏はそれほど深刻にことを捉えていなかった。せっかく鳥取からはるばる来たのだからと、その日はMちゃんと虫取りをしたり、ダムの周りを散歩したりして過ごした。Yさんはその間、頭痛がひどいと言ってテントにこもっていたという。

夕方になり、帰り支度を済ませて皆でテントを車に積み込んでいたとき、H氏はキャンプ場の近くに展望台の案内板があったことを思い出した。最後に見晴らしのいい場所で記念撮影をしようと家族でその展望台へ行くことにしたそうだ。

階段をしばらく上るとすぐに頂上に到着する木組みの展望台は、キャンプ場よりもずいぶん前に建てられたもののようだった。

ひとしきり夕暮れに染まる景色を眺めてインスタントカメラで写真を撮ろうとしたとき、Mちゃんが「あっ」と叫んで遠くを指さした。

指のさす先は、ダムを挟んだ向かいの山だった。距離にして500mほど離れたその山の中腹、木々の間から白いものが見えていたという。それは、ひらひらと動いており、白い布が木に引っかかって風になびいているように見えた。

その展望台には錆びの浮いた双眼鏡が設置されていた。10円を入れるとレンズが開いて景色が見られるものだ。

Mちゃんがしきりにせがむので10円を入れ、双眼鏡の高さまで抱き上げた。Mちゃんは白いものの正体を探るためにレンズのピントをいじり始めた。

しばらく双眼鏡を興味津々でのぞいていたMちゃんだったが、突然ワッと泣き始めた。

なにごとかと驚いたH氏は泣きじゃくるMちゃんをYさんに任せ、その双眼鏡で自身もそれを見たのだという。

それはとても大きな手に見えた。木々の切れ間からその手の主と思える白い大きな身体も見えた。裸のようだったという。恐らく数メートルの大きさがあるだろうと感じた。

その手が、こちらに向かって「おいでおいで」をするようにゆっくりと動いていたのである。

双眼鏡から目を離すと、YさんとMちゃんが心配そうにこちらを見つめていた。と、同時にH氏は気づいた。今までうるさいぐらいに聞こえていた虫の鳴き声が全く聞こえなくなっていたのだ。

この異様な状況と、今見たものが信じられず、H氏は恐る恐るもう一度双眼鏡をのぞいた。

手が真っすぐこちらを指さしていたそうだ。

どれくらいそれを見ていたのかは定かではないが、H氏はその手から目を離せなかったという。しばらくして我に返ったH氏が双眼鏡から目を離したとき、YさんとMちゃんの姿がなかった。

慌てて展望台の階段を駆け下りると、二人は手をつないで駐車場とは逆の方向に向かってふらふらと歩いていた。

Yさんにどこに行くのかと聞いても、笑いながら「行きましょう」とうわごとのように繰り返すばかりである。

H氏は無理やり二人を車に乗せてその地をあとにしたという。車に乗ってしばらくすると二人は我に返ったようだったが、展望台でのことは全く覚えていなかったそうだ。

以上がH氏の目撃談である。その詳細な内容にH氏の証言に嘘はないと編集部は判断した。

現状、ここまで大きな白い人型の動物は日本には存在しない。まさか巨体の変態男の仕業でもないだろう。また、これと似たUMAの目撃談もない。唯一似ていると思われるのは海外のビッグフットだが、日本では「異獣」という妖怪として知られており、その姿は本件で目撃されたものとは異なる。よって、編集部はこれを新種のUMAであると確信し、このUMAを「ホワイトマン」と名づけた。

声や動きが人を真似ているのは、ある程度の知能があるか動物的な本能によるものと思われる。海外の人魚は歌声で船乗りを魅了するというし、日本の河童も赤ん坊の泣き声を真似て人をおびき寄せる。ホワイトマンにもそういった類いの力があるのだろうか。

また、同じく人魚と河童がそうであるように、人間の命を狙う(生気を奪う)目的があるのかもしれない。

編集部ではお財布事情と相談しつつ実地調査も視野にいれながら引き続きホワイトマンの情報を集めていく。調査の継続は小誌の売上にかかっている。読者諸兄におかれては引き続き小誌の購読を強くオススメする!

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