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和田秀樹「日本の学者、外国の論文を読んでないんじゃないの」精神科医としての道標となった3冊【私の愛読書】

  • 2024.9.8

さまざまなジャンルで活躍する著名人たちに、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。今回登場するのは、精神科医の和田秀樹さん。和田さんはこのたび新刊『老いるが勝ち!』(文藝春秋)を刊行。医師として、そして人生の指標になった3冊を愛読書として紹介してくれました。

87歳の今でも現役学者。尊敬する柴田博さんによる『長寿の嘘』

――まずは愛読書として挙げていただいた『長寿の嘘』について伺いたいです。

和田秀樹さん(以下、和田):著者は柴田博先生という方なんですが、87歳の今でもお元気で論文を書いたりしていらっしゃるんです。僕が同業者として尊敬している方のひとりですね。

――内容としても和田さんの著作と通ずるものがありますね。

和田:柴田先生は僕が高齢者医療を考える上でもっとも信頼している研究、小金井研究のリーダーだった方ですから。「コレステロール害毒説は間違っている」とか、「ややぽっちゃりが一番長生きしている」とかをずっとおっしゃっていて、この本の中でもいろんなデータを挙げてお話しされています。

――巻末には和田先生が解説文を書かれていますよね。

和田:対談でご一緒もしました。最近柴田先生が一番問題にしていて「やっぱり調べてみないとわからないことってたくさんあるな」と感じたのが「沖縄の人が油を摂取しなくなったら平均寿命が全国平均以下になった」ということで。今沖縄の男性の平均寿命って、日本で43位なんですよ。日本で一番の長寿県だったのに、医者の「油を摂り過ぎてはいけない」という話を鵜呑みにしたら短命県になってしまったと。柴田先生は100歳以上の方への聞き取り調査を全国で行っているんです。そこで「長生きって栄養だよね」という当たり前のことに気づかれて、それを啓蒙している方でもあります。

――今もいろんなことを研究されているんですね。

和田:柴田先生が戦ってきた1980年前後というのは日本人が一番アメリカの影響を受けた時期でもあって。その頃から世の中では「日本人に心筋梗塞が増えてきた」とか、「肥満が増えてきた」とか、食生活の欧米化は諸悪の根源みたいなことが言われていたわけですよ。しかし長寿の方から話を聞くとみんな肉も食べるし、やや小太りだしということがわかったわけです。それを主張してきたから、ある種一番世の中で嫌われる時期に嫌われることを言い続けてきた方で。そんな方が今でも現役で学者をやって長寿を実証されているわけですから、すごいですよね。

データに基づいた論調が光る近藤誠さん『成人病の真実』

――2冊目『成人病の真実』も同じく医療についての本ですよね。

和田:近藤先生も「健康診断を受けるな」と言ったり批判の多い方ではありますが、先生はマニアックなくらいデータを調べる人なんですよ。世界中のあらゆるデータを調べてみると、今日本で常識のように言われていることにいかに嘘があるかがわかる。先生の紹介された論文で興味深いなと思ったのが、『The New England Journal of Medicine』という世界で一番権威のある医学雑誌があるんですが、そこで2014年に発表された19カ国10万人ぐらいの人の食塩の摂取量を調べた論文です。それによると「摂取量が10g~15gの人が一番長生きしている」と。10g以下の人は死亡率が上がり、15g以上の人はなだらかに上がる。日本人の塩分摂取基準って、男性は7.5g未満、女性は6.5g未満なので、その結果と照らし合わせると明らかに死亡率が上がる数字なわけです。近藤先生の本を読むと、「日本の学者たちって、全然、外国の論文を読んでないんじゃないの」と疑わしくなってきますよね。

――データを重視するという姿勢はご自身の中でも大切なものになっていますか?

和田:そうですね、ものを書くにあたってはデータを当たらないといけない。一方でデータが全てではなく、個人差があるのが人間であるというのも忘れてはいけないと思っています。例えばデータ上は煙草を吸う人は吸わない人と比べたら寿命は短い。でも煙草をスパスパ吸っても長寿の人もいますよね。本を書く時はそういった個人差の部分も含めて検討するようにしています。

――近藤誠さんとは共著もありますよね。

和田:対談も何回もしています。それだけに亡くなられたのはショックでしたね。その時も共著を進めている時で連絡がすぐに来たんです。『成人病の真実』は、改めて振り返っても私の医者としての姿勢に非常に影響をいただいた一冊です。

甘えられなければいけないと説く『「甘え」の構造』

――3冊目『「甘え」の構造』はこれまでの2冊とはまた違った一冊です。

和田:この本は僕の精神科医としてのスタンスに非常に大きな影響を与えた一冊です。僕は精神分析を最初に勉強した時、著者である土居健郎先生と同じカール・メニンガー精神医学校に留学していたんです。その時がちょうどアメリカの精神分析学の端境期で、フロイト流の無意識を探求していく考え方に対して、コフートの意識レベルでの共感の方が患者さんにとって良いという理論を学んで日本に帰ってきました。だから基本的には僕はコフートの信奉者なわけです。そのコフートの考え方に一番近いのが土居先生で。

――根本的な思想の段階から通ずるものがあるんですね。

和田:この本は、世間ではタイトルで誤解している人も多いのですが「甘えちゃいけない」とは一言も言っていないんです。「甘えられないのがいけない」という話をしているんです。甘えられないから、拗ねたりひねくれたり、ふてくされたり、被害者感情を持ったりしてしまう。僕も患者さんとの接し方として「精神科医に依存しちゃだめ」というのではなく向こうが依存してくれるような精神科医になりたいと思っているのですが、これも土居先生の影響ですね。

――甘ったれと甘えは違う、と本書にもありますね。

和田:僕なんかは関西人なので、誰かが最後の最後に泣きついてくる時に「お前水臭いやっちゃな」とか言うわけです。「もっと早く甘えに来てくれてよかったのに」みたいなニュアンスですね。やっぱり人間ってね、素直に甘えられる人の方がいい人になるし、僕らぐらいの年になったら余計そうだけど、誰かが甘えてくれると、ちょっと「人に頼られてるな」みたいな嬉しい気分にもなるものです。

――和田先生は土居先生の最後の弟子とも公言されていますよね。

和田:僕はアメリカで週5回精神分析を受けていたのですが、日本に帰ってからも治療者に依存するような精神分析を受けたいなと思って、土居先生に手紙を書いたんです。それがきっかけで土居先生の治療を受けました。土居先生の精神分析は分析分析していなくて、ざっくばらんな感じだったのですが、その中で今でも座右の銘にしている言葉があって。それが「人間死んでからだよ」という言葉なんです。生きているうちにあくせくするんじゃなくて、死んでから名前が残るとか「あの人いい人だったよね」と言われる方がいいだろうなと。僕はこれだけ本を出させてもらってはいますが、死んでから残るとなるとまだまだこれからだなと思いますね。

和田秀樹流の読書法とは

――お忙しい毎日を過ごされていると思うのですが、読書の時間はありますか?

和田:映画を作っていると、「これ原作にどうですか?」と薦めてくれる人がいて。そういった関係で読む本は多いですね。「団鬼六の晩年の作品は、やっぱりいい本が多いな」と学んだりしています。あとは気になる新書を結構買ったりしますが、要点を押さえて読むようにしていますね。アメリカ時代は大量に宿題が出ていて読む本も膨大だったので、多過ぎて全部読むのは無理だった。そこでこの方法が身に付きました。一方で大切だと思った部分は内容を覚えるまで何度も読みます。

――小さい頃から本を読むのは好きでしたか?

和田:いや、むしろ嫌いでした。ただ、小さい頃から図鑑を読むのは好きでしたね。小学3、4年生くらいからは新聞を読むのが好きで。だから子どもの読書というのは、「物語じゃないとだめ」とか型にはめるのはよくないと今でも思っていて。読みたいものを読んだらいいんじゃないかと思います。

取材・文=原智香、撮影=川口宗道

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