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降田天「無意識に被害者を透明化していた」着想10年、構想5年をかけた超大作『少女マクベス』で描かれる“人間の闇” 【インタビュー】

  • 2024.9.6

2024年8月28日、降田天さんがミステリー小説『少女マクベス』(双葉社)を刊行した。降田天さんは、萩野瑛さんがプロットを担当、鮎川颯さんが執筆を担当する2人1組の作家ユニットである。2015年、『女王はかえらない』で第13回「このミステリーがすごい」大賞を受賞。その後、『事件は終わった』『すみれ屋敷の罪人』など数々のミステリー小説を発表してきた著者が、演劇学校を舞台に新たな物語の幕を開ける。

2人だからこその大変さ、作品の受けとめられ方についての葛藤、改稿を繰り返した経緯についてうかがった。

着想10年、構想5年。改稿を繰り返し、本作の形となった

――『少女マクベス』は、通常の高校ではなく演劇学校が物語の舞台となっています。本作は、いつ頃からどのような形で着想されたのでしょうか。

萩野瑛(以下、萩野):『女王はかえらない』をきっかけに降田天名義で再デビューした直後、「魅力的な学校の設定で、女子高生を主役にした作品を」とのオファーをいただきました。私たちは2人とも演劇を見るのが好きだったので、演劇学校を舞台としたお話を執筆しようと話し合ったのがきっかけです。

――では、10年ほど前から作品を練っていらっしゃったということですか。

萩野:そうですね。実際には演劇学校を舞台にすると決まるまでに長くかかり、設定が今の形に落ち着いたのは、5年ほど前です。

――演劇の題材がさまざまある中で、なぜシェイクスピアの「マクベス」を選ばれたのでしょう。

萩野:もともと、劇団☆新感線さんの「メタルマクベス」がすごく好きで、DVDをよく見ていたんです。あと、友人で作家の堀内公太郎さんに、松岡和子さんの『深読みシェイクスピア』(新潮社)を薦められて。読んでみたら、「マクベス夫人は、シェイクスピアの主要登場人物の中で唯一名前がないキャラクターだ」という話が出てきて、それが強く印象に残っていました。それで、いつか題材として使いたいと思っていたんです。

鮎川颯(以下、鮎川):当初のプロットでは、「マクベス」のほかにアントン・チェーホフの「かもめ」の要素も入っていたんですよ。

萩野:そう。本作は、もとはチェーホフの「かもめ」と「マクベス」の2段構えみたいなお話だったんですよ。でも、3年前に担当者さんが変わるタイミングで、「チェーホフの『かもめ』の要素を全部抜いて作り直させてほしい」とお願いして、今の形になりました。

――本作を作る上で大変だった点を教えてください。

萩野:5年以上この作品を持っていること自体が、ずっとプレッシャーでした。担当者さんに、「一度この原稿なしにしませんか」と申し出たことがあったぐらい。作品ジャンルとしてはミステリー小説のカテゴリーに入るのですが、そこに演劇要素をどれぐらい入れるかなど、解決すべき課題が多かったんです。でも、何一つ解決できないし、この原稿は永遠に完成しないんじゃないかという気持ちになってしまって。結局、チェーホフの「かもめ」を抜くと決めて、いちから作り直したので、それはやっぱり大変でしたね。

鮎川:あと、原作の「マクベス」が読めば読むほど面白くて、どうしてもその魅力をいっぱい語りたくなってしまって。でも、本作は「マクベス」の面白さを語るものではなく別の小説なので、「もっと抜きましょう」と言われ、「また書きすぎた……」と反省することの繰り返しで、そこが大変でした。

「キャラクター会議」をしたのにズレてしまった人物の解釈

――本作の登場人物は、一人ひとりのバックグラウンドが詳細に描かれていると感じました。プロットの段階で、それぞれの過去や人間性をかなり詰めてから執筆されるのでしょうか。

鮎川:書くことが決まった段階で、一度「キャラクター会議」をやるんです。その時に、誕生日や家族構成、口癖、好きな食べ物など、本稿では絶対使わないような要素まで細かく全部決めるので、そこでだいぶキャラクターが固まります。

萩野:ただ、今回は改稿中にかなりキャラクターが変わりました。本作には、舞台「マクベス」で魔女を演じる3人の少女が登場するのですが、彼女たちの要素は、マクベスの人格から持ってきています。神崎氷菜が演じる「愛の魔女」は、改稿前は「怒りの魔女」でした。ミステリー的には“怒り”を入れたほうがいいかなと思って。でも、マクベスのキャラクターの中で“愛”という感情はやっぱり大切だと思ったので、氷菜のキャラクターはそこからだいぶ作り直しました。

――では、それぞれの魔女に「愛」「恐れ」「野望」という感情を当てはめるほうが、魔女を演じる3人のキャラクターを作り上げるよりも先だったんですね。

萩野:そうですね。綾乃だけは当初の構想から根本的に変わっていないのですが、綺羅と氷菜はだいぶ変わりました。

鮎川:魔女以外では、主要人物である貴水の解釈が私たちの間で少しズレてしまって。それで、書き上がったあとに険悪な雰囲気になりながら微調整をしました。あんなにキャラクター会議したのにね、って(笑)。

――貴水の解釈は、どのような点がズレていたのでしょうか。

鮎川:私が最初に書いていたのは、単純で裏表がなくて、友達の無実を信じている少女だったんですよ。そうしたら、「もっとダークでミステリアスな暗黒面を出してほしい」という話をされて。

萩野:補足すると、そこは担当者さんからのオーダーがあって、「ミステリーとして全員を疑える雰囲気にしてほしい」と言われて。ずっと明るいままのキャラクターだと、やっぱり疑えないじゃないですか。

鮎川:ほかの人物がネガティブでウジウジしているから、明るい人が1人でもいたら楽しくて、書くの気持ちよかったのにな。

萩野:でも結局、貴水は本当は闇が深いんですよ。

想定していなかった現実の事件。思いがけない事態に強く動揺した

――本作は改稿の段階でかなり変わった面が多かったようですね。

萩野:そうですね。天才脚本家の設楽了という人物がハラスメントをするくだりがあるのですが、その被害者である桧垣桃音は、最初は顔も名前もないキャラクターだったんですよ。「了のハラスメントによって自主退学に追い込まれた生徒がいる」エピソードのみだった。でも、改稿の時にちゃんと名前を与えたら、主人公のさやかたちが了のハラスメントを黙認してしまった罪深さがわかりやすく見えてきて。名前を与えたことで、我々が無意識に被害者を透明化していたことに気づきました。

――現実世界でも、了が行ったような威圧的な態度や言動によるハラスメントが問題になっています。そのような部分も意識して書かれたのでしょうか。

萩野:結論からお伝えすると、本作は昨今の演劇業界のハラスメント問題を意識して執筆したものではありません。最初にお伝えした通り、着想そのものは10年以上前で、プロットが固まったのは5年前に遡るので。本作の形が出来上がったあとに現実の問題が表出してきて、思いがけない事態に一時はかなり動揺しました。

ですが、閉じられた世界でのハラスメント行為に対する問題意識というのは明確にありました。文芸の世界でも、自分が体験したことも含めてハラスメントはありますし、芸事の世界でもやりがい搾取やゾッとするような慣習があることは聞いています。本作では、自分が体験したり人づてに聞いたりしたものを素材にして、架空の設定で表現しました。

鮎川:私自身、昨今のハラスメント問題を意識して執筆したわけではなく、実体験にもとづいて書きました。子どもの頃にバレエを習っていて、周りにもバレエ経験者がわりと多いのですが、自分の体験、周りの体験ともに、理不尽だなと思うことがすごく多かったんです。それはバレエだけの話ではなく、軍隊式の部活などにもいえることで。そういう、ずっと前から抱いていたハラスメントに対する疑念みたいなものが、了の暴力性を描くシーンにつながりました。

――意図しない形として、結果的に時代の流れに重なってしまったのですね。“そういうもの(意図したもの)として読まれるかもしれない”という恐怖はありますか。

萩野:その恐怖は、正直すごくあります。以前、『事件は終わった』(集英社)という連作小説を刊行したのですが、「被害者にカウントされない、世間からは見えない被害者の話をやりたい」と思い、無差別殺傷事件に巻き込まれた同じ車両に乗っていただけの人たちのお話を書いたんです。そしたら、執筆直後に小田急線のジョーカー事件が起きてしまって。その影響で、感想サイトなどで「小田急線の事件をモデルにした」と書かれることもありました。このように、こちらが想定していない読まれ方をしてしまうことに対して、今後どう向き合っていけばいいのか……現在はまだ考えている最中です。

鮎川:実際の事件そのものを書く時は、対象に対してものすごい理解と覚悟がいるじゃないですか。今回の『少女マクベス』でも、この人の立場から私は見ていたけど、この人の立場は全然見えていなかった、ということはよくあって。私たちは2人いるので、死角を補い合うようにはしているんですけど、それでも2人とも見えていないところもいっぱいあって。桃音の件のように取りこぼすものがあるから、現実の事件を扱うのはやっぱり怖いです。

出版業界に携わって15年、初のタイミングで行われたタイトル変更

――本書のタイトルが『殺人者のオーディション』から『少女マクベス』に変更されましたが、プルーフ完成後にタイトルが変更されたのは初の経験だとうかがいました。

萩野:もともと、執筆中のタイトルは『少女マクベス』だったんです。でも、いざ本にしましょうとなった時に、ミステリーとしてもっと強いタイトルのほうがいいんじゃないかという話になって。以前、宝島社さんから『すみれ屋敷の罪人』という本を出したのですが、このタイトルは出版社の方が考えてくれたんです。タイトルがすごく良くて、いろんな方に手に取っていただいたので、強いタイトルにする効果は私もよくわかっていて。それで一生懸命考えて、話し合いのラスト5分のタイミングで私が『殺人者のオーディション』と言い出したんですね。それこそ、神が降りてきた、みたいな感じで。

――そこから、なぜ当初の予定であった『少女マクベス』に戻ることになったのでしょう。

萩野:タイトルが決まってしばらくした頃、担当者さんから「折り入ってご相談があるので、電話かZoomでお願いします」と連絡があって。基本的にやり取りはメールなのに、「電話かZoomをしなければいけないことってなんだろう」と、あらゆる悪い可能性を想像してしまいました。

鮎川:「今さら本出せません」とかね。

萩野:そうそう。それで翌日Zoomをしたら、担当者さんがスリランカにいて、「今バカンス中」って(笑)。話を聞いてみたら、書店員さんたちが集まる販促会議の場で、タイトルが『少女マクベス』か『殺人者のオーディション』で、6:4ぐらいに意見が割れたそうなんです。結果、「『少女マクベス』に戻したいのだけど、どうでしょう」とお話をされて。この業界に身を置いて15年目ですが、さすがにこれははじめてのことでした。

――『女王はかえらない』で、降田天さん名義でデビューされて10周年を迎えられましたが、今後書いてみたいテーマや構想はありますか。

鮎川:殺人鬼を書きたい、という思いはありますね。

萩野:殺人鬼と失踪事件は、1回やってみたいです。あと、私は今の世の中がすごく怖いなと思っていて。今後の予定としては、設定を過去の時代に置いて、今の世の中の空気感との近似性を示す作品を現在書いている途中です。

取材・文=碧月はる 撮影=川口宗道

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