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「他人が褒められているのが悔しい」モヤモヤを抱え訪れる客を、不思議な料理でそっと癒す小説『いつだって喫茶ドードーでひとやすみ。』

  • 2024.9.5
ダ・ヴィンチWeb
『いつだって喫茶ドードーでひとやすみ。』(標野凪/双葉文庫)

霧の中にあるパイ包み焼き。白黒つけないケークサレ。下がった気持ちが浮上するのを待つお茶漬け。ひとやすみのミートドリア。すべて、標野凪さんの小説『いつだって喫茶ドードーでひとやすみ。』(双葉文庫)の章タイトルであり、作中に登場するメニューの名前でもある。人生につまずきを感じている登場人物たちは、みな、生い茂る木々の奥にある喫茶ドードーで安らぎの時間を得て、そのメニューで心身ともに癒しをもらう。そして読者である私たちの心にも、もやつきを晴らしてくれるような光が差し込んでくるのである。

シリーズ第三弾である本作は、これまでの一話完結型と異なり、4人の女性の人生が交錯する群像劇だ。そのなかでもっとも印象に残ったのが、アパレル企業で働く美玲だった。我が道を邁進する姉にコンプレックスを抱き、もともと他人と自分を比べがちな美玲は、仕事で出会ったフリーの販売員・咲恵にもやもやとした感情を抱く。人当たりがよくて、センスもよくて販売上手。もちろん、人望も厚い。嫉妬するなんておこがましい、と自覚しながら、ちやほやされる彼女を見て〈どこかで自分だけが蔑ろにされている劣等感を覚え〉〈自分じゃない他人が褒められているのが悔しいんだ、と思い至〉る美玲のほのぐらい感情が、胸を打った。

そんな彼女が思い出すのが、店主のそろりが出してくれた〈やりきれない気持ちに蓋をするカスタードプリン〉である。たぶんどこへ行ったって、自分の弱さや、他人に嫉妬する情けなさから逃れることはできない。人は、やりきれない、解消しきれない想いを抱えながら生きていくしかない。でも、だから、喫茶ドードーのような場所が必要なのだ。おひとりさま専用カフェであるドードーは、優しいメニューでこわばった心を解きほぐしながら、自分を見つめ直す時間をくれる。自分は何をしたいのか。何を求めているのか。他人と比べてゆらゆらし続けるのではなく、自分自身がどうありたいかを見つける手助けをしてくれるのだ。

ドードーとは、のろまという意味をもつ、今は絶滅してしまった鳥のこと。ひとりで過ごすことは孤独で寂しいことではなく、むしろ自分の心に問いかけ思考を整理する豊かな時間だ。のろまでもいいから自分なりのペースで明日に向かっていってほしい。そんな願いをこめて、店主のそろりは自分の店に名をつけた。

世の中は猛スピードで変化し、進んでいく。SNSには、誰かのキラキラした姿や、ポジティブな提言、迷いのない言葉が溢れかえっている。それに、ついていけないように感じるのは、何もおかしなことじゃない。ネガティブな感情だって、必要なときは吐き出してもいい。疲れているときは、誰しも聖人君子にはなれない。それでいいんだと、本シリーズはさまざまに悩みを抱える女性たちの姿を通じて、教えてくれる。

喫茶ドードーはどこにもないけれど、かわりに私たちは本を読むことができる。今の自分を肯定してくれる優しさと、でも立ち上がって歩き出すのは自分しかいないのだというちょっぴりの厳しさを溶け合わせた言葉に触れて、のろまな私たちは前を向くことができるだろう。それでもやっぱり、このメニューを食べられないのはちょっと、いやかなり、悔しいのだけれど。

文=たちばなもも

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