1. トップ
  2. エンタメ
  3. 映画『ラストマイル』満島ひかりインタビュー「野木さんの描く物語は、その人の隠せない個性がこぼれて面白いんです」

映画『ラストマイル』満島ひかりインタビュー「野木さんの描く物語は、その人の隠せない個性がこぼれて面白いんです」

  • 2024.9.5

オールスタームービー『ラストマイル』でヒロインを演じる満島ひかりさん。映画館の大画面を掌握するそのパワーと存在感はやっぱり別格。会うたびに我々もその野生動物のようなしなやかさに魅了されます。さて、今回は直球のスタジオ撮影。シンプルだからこそ強い。カメラを見つめる瞳の吸引力たるや!
 
満島ひかりさんが約2年ぶりに新作映画『ラストマイル』を引っ提げて、銀幕に帰ってきた。「これまでにない役」への冒険と見つけたこと、さらにその先へ—。旅路を語る。

分からないまま船に乗ってみたら

新しい始まりの予感がしたんです

天使の羽根を纏ったデニムは、気鋭のブランド・タナカ ダイスケのコレクションピース。デニム、ヴェール※共に参考商品(共にタナカ ダイスケ)、シューズ¥48,400(ポルセリ/エディット フォー ルル)、ボディスーツはスタイリスト私物

—満島さんは野木亜紀子さんの脚本を「感情をあまり描いていないのに、登場人物たちが状況に没頭することで、隙間からその人だけの気持ちを感じられる」と表現していましたね。
 
「野木さんの描く物語は、仕事をして社会を生きる人の姿に、その人の持つ隠せない個性が知らずとこぼれていて面白いんです。映画『ラストマイル』にもキャストが登場する、ドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』を観たときも感じたし、映画にも共通している魅力だと思います。ただ、ドラマの2作が刑事や解剖医といった〝人〟を相手にする職業なのに対して、映画で私の演じるエレナの相手は〝世界の物流〟。目の前の人と接していても、大き過ぎるシステムやNY市場の株価など企業のパーツになって物事を考えていて。ミクロではなくマクロで社会を見るには、今までの自分の感性だけでは厳しい気がしました。分からない部分は分からないままこの船に乗ってみようと決めたけど、何かしら覚悟も欲しくて、撮影が終わるまでその後のスケジュールを空白にするルールを課してみました。もう後がない立場のエレナと同じ状況に自分を追いやることにしたんです」

天使の羽根を纏ったデニムは、気鋭のブランド・タナカ ダイスケのコレクションピース。デニム、ヴェール※共に参考商品(共にタナカ ダイスケ)、シューズ¥48,400(ポルセリ/エディット フォー ルル)、ボディスーツはスタイリスト私物

—満島さんの演技の特徴には役への深い理解と高解像度の感情表現があるかと思いますが、「分からない」から始まるのは真逆ですね。
 
「何か新しい始まりの予感もしましたよ。足元がぐらぐらとすくむようで、身も心も軽くてドキドキして……撮影中はその『分からない』を新鮮に感じることもできたので、悩ましいというより面白がっていました。野木さんは『満島さんに当て書きしました』と仰っていたけど、私にとっては迷路で(笑)。でももしかすると、自分のことが分からないだけなのかもしれませんね。役者さんはよく『セリフを知らないまま舞台に立つ』悪夢を見ると言いますが、それが現実に起こった感じでした」
 
—まさに迷子状態ですね。野木さんや塚原あゆ子監督にご相談はされたのでしょうか。
 
「劇中に『むしろ笑える』ってセリフがあるのですが、個人的には、このタイミングでこんなことを言うんだって……あまりに冷たい言葉に驚いちゃってお2人に相談しました。現場で塚原監督からは『独り言みたいに、口がただ喋っているだけでいいかも』とアドバイスいただいて。いま振り返ってみてなるほどと思えるのは、確かに私たちも日常を過ごしていると、無意識で真理を言葉にしていたり、口にしたことが本音ではないときってあるじゃないですか。時間が経ってからハッと気づかされたり反省したり……私にもあります。他にも演出で印象的だったのは、ある場面の解釈について『もっと違うやり方のほうがよかったでしょうか』と質問をすると、『そうかもしれない。でも、私OKって言っちゃったんだよね。だからOKなのかも』って返事がきたこと。自身の思考の外のことや分かり得ない何かを、監督も探していたのかもしれません」

物語と私の間に生まれるズレから

現実とつながる糸口が生まれる

天使の羽根を纏ったデニムは、気鋭のブランド・タナカ ダイスケのコレクションピース。デニム、ヴェール※共に参考商品(共にタナカ ダイスケ)、シューズ¥48,400(ポルセリ/エディット フォー ルル)、ボディスーツはスタイリスト私物

—あえてとはいえ、「分からない」状態での撮影期間は不安だったのではないでしょうか。
 
「どちらかというと、どんなにダメな状態でもカメラの前に立つことを恐れない自分が不安でした(笑)。隙だらけだし下手っぴなところもあるし、役柄も相まってか、そんな状態でいることを許されたのだと思うと不思議です。物語を通して野木さんが見せてくれた、止まらない〝Want〟の気持ち、複雑な社会のシステムと物流の世界の広大さ、関係する私たちみんな……そこに起きた事件を高速スピードで処理していく舟渡エレナを演じるのは、新たなアプローチを両手でOKされた気分でした。新井順子プロデューサーは『分かり過ぎて苦しい』と仰っていたので、立場が近い人からすると相当共感できる内容になっているみたいです(笑)」
 
—確かに、経営者や組織のリーダーの気苦労を垣間見られる作品でした。
 
「エレナの気持ちを量り切れないなりに考えていたのは、長年同じ仕事を続けていると身体が覚えて、意識しなくてもできるようになるということです。分からない部分があるまま飛び込んでみようと思えたのには、そんな『本人の意思が入らずに動く』状態でいたい狙いもありました。みんなが50通り考えているときに500通りくらい簡単に思いついてしまう才覚のある人は、何周も回って俯瞰で考えられるから軽く見える気もして。その中で、私と役がたまにクロスする部分が薄く出ればいいなと思って」

柔らかさと強さ、そしてしなやかさのミクスチャー。トップス¥237,600、グローブ¥275,000、球体のブレスレット各¥511,500(全てアライア/リシュモン ジャパン株式会社 アライア)

—満島さんの身体がエレナに一種の拒否反応を起こす状態といいますか、役からはみ出る瞬間を意図的に見せる、ということですよね。
 
「ネットの海が広がるように果てしなくて、身体が芯から冷える物流倉庫のセットにいると、社会のシステムにのまれて働く私たちの哀しさをよく感じました。「いつからこうなったんだろう」とか「ものすごく絡み合ってしまったなぁ」とか、エレナの目を通して見つめる現実は笑うしかないように思えて哀しかった。ある種システマティックに進む撮影もあるときに、どうしてもうまくいかずに発生してしまう役とのズレやバグを、映画の物語だけじゃなくて、社会の渦の根底にある感情とリンクさせたいなと考えていました。過去に何度も傷ついた人は『ひとりの力で世界は変えられない』と気づくのだと思います。ドライで温かい彼女と私には、想像よりも接点が多かったと思っています」
 
—システムに染まった人物であるエレナの人間性が、満島さんを通してにじみ出るポイントを作るのですね。
 
「そのひとつが、衣装です。衣装合わせの際に『いつでもどこでも荷物が届いて、欲しいものが買えるお話だから、どこでも買えないお洋服が着たいです』とお願いして、衣装はほとんどヴィンテージのものになりました。可愛いもので気分を上げてみたり、自分を保つために『私しか着ていない服』をお守りにしたり、存在感のあるジュエリーたちはちょっとした武装?  そんな解釈からのアイデアです」
 
—満島さんのお話を聞けば聞くほど、本当に難役だったのだなと感じさせられます。
 
「『MIU404』メンバーの撮影が終わった際に綾野剛さんが『満島の役、難し過ぎない?  大丈夫?』と心配してくれていたとスタッフさんから伺いました。その言葉に『綾野君が分かってくれる!』とエールをもらって頑張れたので、綾野君には今度お会いする際に美味しい菓子折りでも持っていこうと思います(笑)」

『ラストマイル』
Story_流通業界最大級のイベント「ブラックフライデー」前夜、世界規模のショッピングサイトから配送された段ボール箱が爆発する事件が発生。やがて連続爆破事件へと発展するなか、巨大物流倉庫の新任センター長・舟渡エレナ(満島ひかり)は事態の収拾に奔走する。監督:塚原あゆ子/脚本:野木亜紀子/出演:満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、火野正平、阿部サダヲほか/配給:東宝/全国東宝系にて公開中

Profile_みつしま・ひかり/1985年鹿児島県生まれ、沖縄県育ち。1997年に音楽ユニット「Folder」でデビュー。その後は俳優業を中心に歌い手・書き手としても活躍。60役以上の声を担当するアニメ「アイラブみー」(NHK Eテレ)、ラジオ「ヴォイスミツシマ」(NHKラジオR1)がレギュラーで放送中。初の著作本「回文物語集『軽いノリノリのイルカ』」(マガジンハウス刊)を7月に発表したばかり。いくつかの音楽ライブも控えている。

photo:MITSUO OKAMOTO styling:TOMOKO KOJIMA hair:KEIKO TADA[mod’s hair] make-up:NAOKI ISHIKAWA
set design:HARUKA KOGURE model:HIKARI MITSUSHIMA interview & text:SYO
 
otona MUSE 2024年10月号より

元記事で読む
の記事をもっとみる