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サヴァン症候群の動物行動学者、テンプル・グランディンが説く、家畜と人間のより良い共生【気鋭のイノベーター】

  • 2024.9.3
動物行動学者のメアリー・テンプル・グランディン。2010年撮影。Photo_ Vera Anderson
"Temple Grandin" Press Conference動物行動学者のメアリー・テンプル・グランディン。2010年撮影。Photo: Vera Anderson

「私は自閉症の女性で、畜産設備の設計で国際的な成功を収めています。そして、イリノイ大学アーバナ校で動物科学の博士号を取得し、現在はコロラド州立大学で動物科学の助教授を務めています。 私は、2歳半での早期介入により、自閉症によるハンディキャップを克服することができましたが、うまく話すことができないことへのもどかしさと、敏感すぎる感覚の問題があります。特に大きな音を聞くと耳が痛くなるのと、極端に熱いなどの圧倒的な感覚が苦手なので、それらを避けるようにしています」

かつてアメリカの「自閉症リサーチインスティテュート」にこう寄稿したメアリー・テンプル・グランディンは、1947年にマサチューセッツ州ボストンで生まれ、自閉スペクトラム症/サヴァン症候群を公表した世界的に著名な動物行動学者だ。

裕福だった一家が雇っていた家政婦が同名だったことから、混乱を避けるためにミドルネームの“テンプル”を通名にした彼女は、俳優で歌手のアンナ・ユースタシア・パーブスを母に、不動産業者で当時アメリカ最大の小麦農場事業「グランディン・ファームズ」の相続人の父リチャードとの間に生まれ育った。ちなみに航空自動操縦装置の共同発明者のジョン・コールマン・パーブスは、彼女の祖父に当たる。

そんな彼女の異変に家族が気づいたのは2歳のときだった。当時の医師は「脳損傷」と診断したが、彼女が成人するまで正式に自閉スペクトラム症と診断されることはなかった。当時はまだこの病について広く認知されていなかったものの、彼女が10代半ばのころ、母親が自閉症の診断チェックリストを偶然発見。彼女の症状がすべての項目に当てはまったため、母親はその結果をもとに再びグランディンを連れて医師の元を訪れた。医師に“自閉症”という仮説を伝えたところ、さらなる詳細な検査を経て、最終的にグランディンは自閉スペクトラム症/サヴァン症候群と正式診断された。

サヴァン症候群とは、自閉スペクトラム症などの発達/知的障害を持ちながら、ある特定の分野に突出した才能を発揮する人または症状のことをいう。著名人には、一目見ただけで風景画を再現する脅威のフォトグラフィックメモリーの持ち主であるイギリスのアーティストのスティーヴン・ウィルトシャーらがいる。

概念の文書化を可能にしたフォトリアリスティックな思考

Photo_ Portland Press Herald/Getty Images
Book cover of Thinking in Pictures by Temple Grandin; for autism project.Photo: Portland Press Herald/Getty Images

「私の心の中には、目から読み取った画像が蓄積したデータベースがあります。そこからあらゆる物事を検索することが、私にとっての“考える”ということです。例えば、ある道徳的なことについて考えるとき、私の頭の中では小さなビデオクリップが再現されているように見えるのです」

ニューヨーク・タイムズ」紙にこう語ったグランディンは、自閉症の経験から得た洞察を文書化した最初の自閉症者の一人でもある。そんな彼女の“思考”を可能にしているのが、物事を抽象概念から捉える“視覚的思考”だ。この独自の思考について綴った著書『Thinking in Pictures』(2006)は、2010年に俳優のクレア・デーンズ主演の伝記映画テンプル・グランディン 自閉症とともに』(2010)の原作となり、同作品はプライムタイム・エミー賞5部門とゴールデングローブ賞他を獲得。続く同年の『タイム』誌選出「世界で最も影響力のある100人」のヒーロー部門にも、グランディン本人が選ばれている。そんな彼女は、独自のフォトリアリスティックな思考方法についてさらにこう続ける。

「子どもの頃、近所にいた犬はすべて大型犬だったので、最初犬は大きいものだと思っていました。ですがあるとき、小型犬のダックスフントと出会ってから、私は犬を大きさで分類するのをやめ、吠え声や鼻の形や匂いから個体を識別するようになりました。『思考』には、私のようなフォトリアリスティックな思考、視覚的・空間的パターンによる思考、そして言語的思考の3種類があります。ですが、言葉と行動が一致しないなどの問題が往々にして発生しがちなのが、言語的思考だと思っています」

家畜の人道的扱いを追求する活動家として

2023年12月NYにて開催されたイベントに出席。Photo_ Roy Rochlin/Getty Images
"How To Dance In Ohio" Broadway Opening Night2023年12月NYにて開催されたイベントに出席。Photo: Roy Rochlin/Getty Images

「動物の行動には自閉症と似ている側面もあれば、異なる側面もあります。動物の行動には、認知 (思考)部分と感情部分があります。私は、著作の中で動物の認知が私のようなサヴァンとどのように類似しているかを論じ、動物の心には感情があることを明確にしてきました。そこで分かったのが、動物の認知はサヴァンと似ていますが、動物の感情は通常の人間と似ているということです」

かつて動物の認知・感情についてこう論じた彼女は、サヴァン症候群の観点から特に屠殺対象の家畜の人道的扱いに関して、動物の行動に関する60以上の科学論文を発表してきた動物行動学の第一人者でもある。

そんな彼女の最初の論文が、1980年の発表した屠殺関連の「取り扱い施設の設計に関連した家畜の行動」と「牛取り扱い施設の設計のために適用された牛の行動の観察」だ。この中で彼女は、屠殺場で動く物や人の影やぶら下がっている鎖、その他普通の人間の感覚ではとらえられない環境の変化や雰囲気など、警戒心が強く臆病であることから視覚/感覚的に非常に敏感であることを報告し、世界に衝撃を与えた。

「ある馬の調教師は私にこう言いました。『動物は考えない、ただ連想するだけだ』と。それに対し私は、連想することを『考えていない』ととらえるのであれば、それは考えていないということだと答えました。実は自閉症の人も動物も視覚的に連想して考えます。例えば、ある馬が納屋で髭を生やした男に嫌な思いをさせられた経験があったとしたら、私が髭を生やして納屋に行っても怖がるかもしれません。動物は、場所と出来事の関連づけを行う傾向があります。だから、動物を扱うときは、彼らにとってファーストコンタクトが良い体験であることが非常に重要なのです」

と、学者としての立場から、屠殺場の設計など畜産業界のコンサルタントを務めるかたわら、動物の行動に関してさまざまな分野でアドバイスを提供し続けているグランディン。著書『Animals Make Us Human』等で動物の認知行動に関する唯一無二の理論を展開する彼女は、動物福祉の活動家として人間と家畜とのより良い共生に尽力する自身の哲学を、『ガーディアン』誌にこう述べている。

「人間と家畜が共生する以上、屠殺は決して避けて通ることができないものです。私は、そんな家畜たちが最期を迎える屠殺場を少しでもより良い場所にするため、これまで多くの設計に携わってきました。私が一番大切にしていることは、家畜たちにポジティブな感情を抱かせる、あるいは生きる価値のあるきちんとした生活を与えることです。ですが最近、体重が大幅にオーバーした家畜が施設に連れてこられることが多くなったことに私は心を痛めています。『どうせ殺すのだから』、『太れば高く売れる』と思っているのでしょう。こうしたきちんと管理されていない命を見ると、本当に腹ただしくなります。この発言で、私は業界の人とトラブルになりましたが、そんなことは問題ではありません。私にとって大切なのは、あくまでも最期の瞬間まで家畜の命を大切に扱うことなのですから」

Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba

BOSTON, MA - NOVEMBER 16_ Cynthia Breazeal, roboticist and social robotics pioneer, is pictured Jibo, a personal assistant robot, is pictured at Jibo Inc. in Boston, MA on Monday November 16, 2015. (Matthew Cavanaugh for The Washington Post via Getty Images)
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