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新時代のベーシックを追求して。ジョニー・アイヴとモンクレール、必然のコラボレーション

  • 2024.9.3
オレンジのポンチョ ¥317,900/LOVEFROM, MONCLER(モンクレール ジャパン)※10月10日(木)より発売予定 イヤリング/KENDRA SCOTT (www.kendrascott.com)ブーツ ¥239,800/JIMMY CHOO(ジミー チュウ)
オレンジのポンチョ ¥317,900/LOVEFROM, MONCLER(モンクレール ジャパン)※10月10日(木)より発売予定 イヤリング/KENDRA SCOTT (www.kendrascott.com)ブーツ ¥239,800/JIMMY CHOO(ジミー チュウ)

5月のとある曇りの日、サンフランシスコの街の空気はすがすがしく、二重の意味で「クール」だった。この街のジャクソンスクエアにあるレンガ貼りのファサードのビルに、ラブフロムのオフィスがある。こ こはかつてアップルの最高デザイン責任者(CDO)を務めていたジョナサン(ジョニー)・アイヴが設立したクリエイティブ事務所だ。私はこのオフィスで紅茶をいただき、朝の空気で冷え切った体を温めていた。 イギリス出身のアイヴらしく紅茶はホットでミルクと砂糖が添えられている。私が白 いマグカップで紅茶を飲んでいる間、アイヴはスタッフとともにデザインしたモンク レールのジャケットについて、詩的にかつ 熱を込めて語った。「非常にクリアで純粋なモチベーションがありました」と語るアイヴは現在57歳。アップル在籍時のデザインワークにより、世界で最も有名なテック系デザイナーの一人である。

「私たちがコラボレーションしたいと思ったのは......純粋に、共同作業が好きという気持ちから」とアイヴは説明する。ラブフロムでのプロジェクトの大半は、こうした動機で始まったものだという。彼らが過去に手がけたプロジェクトはスコットランド発の高級オーディオブランド、リン(LINN)とのターンテーブル共同開発から、チャールズ国王の肝いりで制定された環境憲章「テラ・カルタ」のための特別なフォントのデザインまで実に幅広い(ちなみに、今回のコレクションのきっかけとなったのは、モンクレールの会長兼最高経営責任者〈CEO〉、レモ・ルッフィーニとの偶然の出会いだった。最初に会った場所は、双方が愛用する眼鏡ブランド、メゾン・ボネのロンドン店だったという)。これらのプロジェクトを支えるのが、デザイナー、ライター、エンジニア、建築家からなるラヴフロムのクリエイターチームだ。その多くは彼とアップルで働いた経験がある人で、 アイヴの双子の息子、チャーリーとハリー も参加している。

私たちの座っている脇にある2つのラッ クには、ダウン入りのベースレイヤージャ ケットが数着かかっている。カラーはイエ ローとオフホワイトだ。そしてもう1タイ プ、その上に着るシェルジャケットも3着 用意されている。こちらはブルーやグリー ン、オレンジといったペールカラーの展開 だ。オーバーサイズのパーカ、フード付き のプルオーバータイプのポンチョ、そして 使い勝手の良いフロントポケット付きのフ ィールドジャケットといったアイテムは、モジュラー式になっていて、ジェンダーニュートラルなデザインだ。一見するとシン プルながら、ディテールはこだわりに満ちている。これはアイヴがこれまでに手がけ、 既存のカルチャーを塗り替えた多くのアップル製品と通じる点と言える。「これがすべての原点です」と言うと、アイヴは長い木製のテーブルの上をすべらせて、私に3冊の装丁本を渡す。これは製品開発前の、徹底的なリサーチの結果をまとめたものだという。「私たちは何カ月にもわたってファスナーやボタンのリサーチをしてきた。その間スケッチは一枚も描きませんでした」

その後ラブフロムのチームは、彼らの言う「デュオ」ボタンにたどり着いた。これはアルミニウム、真ちゅう、鉄を材料とする、2つのパーツからなるマグネットだ。このボタンを採用したことで、このシリー ズではどのアイテムでもベースレイヤーと その上に着るアウターシェルを5カ所でつなげることができるようになった。さらにこの「ボタン」がくっつくと、快いクリッ ク音が鳴り、さらに触覚でもつながったことを確かめられる。「これはモンクレールとのコラボのシンボルとしても、とても気が利いています。『2つの違った要素が合わさって1つになる』ということですから」と、アイヴは解説する(このデュオボタンの片方には、誕生したばかりのラヴフロムのマスコット、クマのモンゴメリーが刻まれている。もう片方に入っているのは、モンクレールのおなじみのロゴだ)。

「このプロジェクトに、私はファッションデザイナーとしてアプローチしたわけではありません。単なるデザイナーとして臨みました」

2018年以来、モンクレールは新プロジェクト「モンクレール ジーニアス」のもとで、ヴァレンティノ、JWアンダーソン、ジェイ・Zのロック・ネイション、シモーン・ロシャなど、さまざまなブランドとコ ラボレーションを展開してきた。それでも「今回はほかのブランドとのコラボレーションとは性質が異なります」と、Zoomで取材に応じたルッフィーニCEOは断言する。「これはコレクションというよりは、コンセプトの色彩が強い」というのだ。

私たちがアップルについて考えるとき、頭に浮かぶのは単なるノートブックやスマートフォンといった製品ではなく、余計な装飾のないクリーンなラインや、革新的で ありながら直感的に使えるデザインだろう。 そして製品に付随する、ミニマリスト的な、 折り紙を思わせるパッケージもイメージの 一角を形成している。さらにパッケージの中に記されている「カリフォルニア州クパチーノ」という文字も頭に浮かぶのではないだろうか? アップルの本社があるこのシリコンバレーの街は、1992年からサンフランシスコに住んでいたアイヴが 年近くにわたって通勤していた場所でもある。

モンクレールとのコラボについて、「このプロジェクトに、私はファッションデザイナーとしてアプローチしたわけではありません。単なるデザイナーとして臨みました」と、アイヴは語る。もちろん、アイヴと言えば、iPhoneやiPad、MacBookにAirPods といったアップル製品特有のルッ

ク&フィールの生みの親として名高いが、彼はファッションに関する正式な教育を受けたことはない。「自分がよく知る領域の外に足を踏み入れるときには、人は自分を意識し、同時に自分が知らないことに敬意を払います。最も重要なのは、『市井の人々のためにデザインをしている』ことを明確に意識し、好奇心をベースに置いた姿 勢を持つことだと私は考えます。デザイン するものがビルでもヘッドフォンでも、あ るいは衣服でも、クリエイティブなプロジ ェクトで直面する課題は基本的に同じ」だとアイヴは強調しつつも、モンクレールとのコラボレーションでは、従来のプロジェクトとの違いを感じる場面があったという。

モンクレールが開発したウォッシュドリサイクルヘビーコンパクトナイロンを使用したデザイン。ラブフロムとのコラボレーションのために特別に開発された糸染めはタスラン加工(圧縮空気で糸をテクスチャー化する加工でマットで天然繊維のような風合いが特徴)が施されている。各アイテムは 1 枚の生地から作られ、ファスナーによって繋がったシームレスな構造となっている。 パーカ ¥381,700/LOVEFROM, MONCLER(モンクレール ジャパン)
モンクレールが開発したウォッシュドリサイクルヘビーコンパクトナイロンを使用したデザイン。ラブフロムとのコラボレーションのために特別に開発された糸染めはタスラン加工(圧縮空気で糸をテクスチャー化する加工でマットで天然繊維のような風合いが特徴)が施されている。各アイテムは 1 枚の生地から作られ、ファスナーによって繋がったシームレスな構造となっている。 パーカ ¥381,700/LOVEFROM, MONCLER(モンクレール ジャパン)

「これまでとまったく違う課題の一つは、テキスタイルのドレープ、ファブリックの動き、人体のフォルムとの関連性を理解することでした」。そこでラヴフロムは、テキスタイルに関してはモンクレールが持つ知見を頼りにすることにした。最終的に、ルッフィーニCEO率いるモンクレールのチームは、今回のコレクション向けにカスタムメイドのファブリックを開発した。具体的には、リサイクルナイロン繊維に圧縮空気を当てて加工し、洗いざらしのコットンそっくりの、ナチュラルでマットな風合いを持たせた素材だ(繊維業界の用語では「タスランナイロン」と呼ばれる)。

アイヴはこのプロジェクトで、もう一つの大きな目標を掲げていた。それはすべてのアイテムについて、シームレスでワンピースのカッティングを実現することだ。「『それほど幅が広いファブリックを作るのは不可能だ』という発言で議論が打ち切りになるのなら、話はとても簡単だったでしょう」と、アイヴは開発の過程を振り返る。だが、「各ステージで、こうした課題に直面したものの、(無念のあまり)歯を食いしばるようなことはありませんでした」という。実際、アイヴの要請を受けてモンクレールはあらゆる心当たりを探し回り、最終的にはイタリアに、このようなファブリックの製造が可能な超ビッグサイズの織機があることを突き止めたという(ただし工場の正確な場所は極秘とされている)。

軽量でソフトな風合いのジャケットは、デイリーユースを念頭にデザインされている。朝の通勤時のアウターとしても適しているほか、雨の日の外出にはこれを手にし たくなるはずだ。また、ペールオレンジな どのカラーリングやその実用的な機能から、 ハイキングのような、より活動的なアウトドアアクティビティにもぴったりだろう。「カラーリングと素材の結びつきを無視することに、私はとてつもなく苦痛を感じるタイプです」と、アイヴは自身のデザイン哲学を語る。「モンクレールとは、加工前の素材の検討にとても長い時間を費やしてきました。それだけに、おかしな言い方かもしれませんが、私は『必然的な』カラーリングを開発しようとしていたんです。『当然こうなるよね。なぜほかの選択肢を採用する必要があるの?』と思えるようなデザインが私は好きなんです」

自分がよく知る領域の外に足を踏み入れるときには、人は自分を意識し、同時に自分が知らないことに敬意を払います。最も重要な要素は好奇心です。

モード界に新風を吹き込む知的なコラボレーションが実現。ジョニー・ アイヴ(右)とモンクレールの会長兼 CEO レモ・ルッフィーニ(左)。
モード界に新風を吹き込む知的なコラボレーションが実現。ジョニー・ アイヴ(右)とモンクレールの会長兼 CEO レモ・ルッフィーニ(左)。

両チームの共同作業は実に3年にわたり、3カ国をまたいで行われた。ルッフィーニCEOは、ミラノにあるモンクレール本社に専属のグループを設けた。そこでアイヴ をはじめ、クリエイティブを担うラヴフロ ムの面々は、自らのオフィスのあるサンフ ランシスコから頻繁にミラノに赴いた。さ らにラヴフロムのメンバーの一部は、モンクレールが大規模な製造拠点を置くルーマニアの街、バカウにも出かけた(あるときには、ラブフロム所属のエンジニアで、アイヴと同じくアップル出身のパッチ・ケスラーが、前述のデュオボタンを自動で開け閉めする重さ100ポンド〈約45キロ〉のカスタムツールを持参し、アメリカのベイエリアからバカウまでの6300マイル〈約1万140キロ〉を旅したこともあった。当のケスラーは、「15 回、20 回くらいなら手で開け閉めしてもいいでしょう。でも〈耐久試験のために〉1000回開け閉めしなければいけないとしたら?」と、重い荷物を持ち込んだ理由を説明している)。

このコラボでは、綿密なリサーチが行われ、あらゆるディテールが入念に考え抜かれているーそう聞くと、やりすぎでは?と思う人もいるかもしれない。だが、こうした細部へのこだわりこそがアイヴのトレードマークなのだ。「なぜ今でも、服には丸いボタンとボタンホールという組み合わせでよし、としているのでしょうか?」と彼は問いかける。「それは、この組み合わせで(2つの布を閉じるという)機能は満たせるし、それなら面倒な検証をわざわざ一からやる必要もないからです。でもイノベーションを起こしたい、何か新しいこ とをやりたいと思うなら、それに伴うコス トを引き受けなくてはなりません」。

今回のコラボレーションは、テクノロジ ー、スタイル、機能性のすべてを兼ね備え、 デザインの粋を集めたものと言えるだろう。 だがそれだけでなく、官能を刺激し、実用 性も備えた、着る者に喜びをもたらすもの でもある。それぞれのピースは、体のライ ンにしっくりと添い、単独でも、モジュラ ーの一部としても着ることができる。雨風 を防ぐ機能も備え、カラーリングも、カーキのパンツやお気に入りのフェードデニムなど、何でも合わせやすい。ルッフィーニCEOによると、「ヴィンテージのブルーのチノパンや、クラシックなグレイのトラウザー」とのマッチングもお勧めだそうだ。

これはファッションに強い関心を抱く人も、そうでない人も、まさに誰もが欲しがるアイテムではないだろうか? このコレクションは、7月から一部の店 舗で先行販売され、 10月にはオンラインス トアでも購入可能になる。プロジェクトに 関わった人たちの努力の結晶は、「この上なくシンプルかつ喜びにあふれた」ものになったと、アイヴは語る。この様子だと、さらなるアイテムの追加も期待できそうだ。「そもそも、モンクレールがラブフロムを必要としていたわけでもないし、ラブフロムにもモンクレールは必要なかった」とアイヴはうそぶくが、その顔にはこれまでと同様に、朗らかな笑みが浮かんでいる。「とはいえ、ここで今、コラボレーションをやめてしまったら、私は大いに憤慨するでしょうね」

ジミー チュウ 0120-013-700

モンクレール ジャパン 0120-938-795

Photography: Thurstan Redding

Cutout Photo: Shinsuke Kojima

Text: Leah Faye Cooper

Fashion Editor: Julia Sarr-Jamois

Hair: Franziska Presche

Makeup: Janeen Witherspoon

Manicurist: Hayley Evans-Smith Tailor: Della George Produced by theArcade Production Set Design: Samuel Overs

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