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「酸性雨が鏡になっているんだ」映画『ACIDE/アシッド』ジュスト・フィリッポ監督インタビュー。異色のサバイバル・スリラーを語る

  • 2024.9.3
© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023

公開中の映画『ACIDE/アシッド』は、超高濃度の死の酸性雨が降り出した世界を舞台に、極限状態に陥った人々のこの世の終わりからの脱出劇を描く異色のサバイバル・スリラーだ。メガホンをとったジュスト・フィリッポ監督のインタビューをお届け。作品に込めた思い、独特の作劇スタイルについてたっぷりと語っていただいた。(取材・文:ナマニク)
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【著者プロフィール:氏家譲寿(ナマニク)】
文筆家。映画評論家。作曲家。日本未公開映画墓掘人。著書『映画と残酷』。『心霊パンデミック』サウンドトラック共作。ホラー映画評論ZINE「Filthy」発行人。コッソリと外国の自主制作映画に出演する隠れ役者。

【映画『ACIDE/アシッド』あらすじ】
ある日突然、酸性雨が降り注ぎ、全てを溶かしていく。木や建物、動物を浸食する雨は、人をパニックに陥れ、精神をも溶かしていく。2018年に短編『ACIDE』を制作したジュスト・フィリッポ監督は、今回長編化に当たって、脚本を全て書き直したという。“酸性雨に溶かされる“というシンプルな恐怖を描いた短編とは、全く違った恐怖を描くことになったのだ。

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023

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——短編版では酸性雨によるパニックと家族を守るための父親像を前面に出していましたが、長編では家族はもとより、あらゆる人間関係は陰鬱としたものになっていますね。

「脚本を書き直すにあたって、短編にあったキャラクターは一度リセットしたんだ。短編では酸性雨そのものの恐怖を描いていた。でも、長編ではもっと普遍的な怖さを描きたかった。

そこで物語の中心となる一家の娘セルマを中心に据えた。そうすることで“家族を守るべき父親”が”恐怖”し、パニックに陥るというシチュエーションが、娘にとって酸性雨の襲来よりも恐ろしい事態となっていくようなストーリーを組み立てたんだ。父親にとっての恐怖は“家族を守る術を失う”ことだよね。そんな父の様子を見て、娘がどう感じるか? が巧く表現できていたらと思っているよ」

——前作『群がり』(2020)に引き続き本作では環境問題にもタッチしていますね。フィリッポ監督はホラーと環境問題を結びつけることにこだわりがあるのでしょうか?

「欧州では作家主義が強いんだ。反して、ただホラーやSFといった所謂“ジャンル映画”が軽く観られがちなんだよ。でも、私は作家主義とジャンル映画を結びつけて、エンターテインメントとして映画を楽しんでほしいと思っている。

私はパリの大学で映画を学んだが、アメリカやイギリスなどの映画学校で作法的なことを学んだわけではない。でも、だからこそ、自分ができる表現があると思って映画制作に取り込んでいるんだよ」

——そういう意味ですと、ハリウッド映画によく観られる“ディザスター映画”とは一線を画すストーリーになっていますね。最後のセルマの表情は、なんとも言えない後味を残します。

「あの表情に込めた意味は沢山あるんだ。いずれセルマはミシャルのように大人になって責任を負う立場になる。そして、セルマにとってミシャルは重荷になるんだ。立場が逆転するわけだよね。ある意味、観客への警鐘を鳴らしているとも言える。色々なケースがあるだろうが、頼れる親がいずれ子供の重荷になる。厳しいことだけれど、現実でもそうだよね」

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023

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——前作『群がり』ではイナゴを、本作では酸性雨と何処となく、旧約聖書に記された“十の災い”※1を思い起こさせますが…。

「『群がり』の脚本は私が書いたものではないから、私自身が“十の災い”を特別意識しているわけではないんだよ。『群がり』で描きたかったのは、自然はそのままであるべきなのに、人間が怪物を生み出してしまっているということだね。

余談だけれど『群がり』のスタッフに日本人がいてね、「この脚本は自然を敵視している」と言われたことがあったんだ。西洋と東洋の考え方の違いだと思うけど、彼の話はとても興味深かったね」

——『ACIDE/アシッド』最大の見所でもある酸性雨によって民衆がパニックを起こすシーンは、“指導者がいない”群衆の怖さが際立っていました。2018年フランスで発生した「黄色いベスト運動」※2の騒乱を思い出せますね。

「パニック場面は「黄色いベスト運動」を反映させたのはそのとおりだよ。全てを破壊する紛争がもたらす怖さだよね。父親のミシャルを典型的な時限爆弾型の性格として描いたのもその影響だよ。彼は、自身も理解できないタイミングで「ドン!」と感情を爆発させてしまう男なんだ」

※1十の災い 旧約聖書の「出エジプト記」に記された、イスラエル人の解放を求めるために神がエジプトに下した十の災害。以下の十個がある。

ナイル川の水が血に変わる
カエルの大発生
ブヨ(またはシラミ)の発生
アブ(蝿)の大量発生
家畜の疫病
悪性の腫れ物(膿瘍)
激しい雹の降り
イナゴの大量発生
暗闇が三日間続く
エジプトの全ての長子の死

※2黄色いベスト運動2018年にフランスで始まった燃料税増税への抗議から発展した反政府運動で、深刻な社会的不平等への不満がきっかけ。暴力的な衝突や経済的損失を引き起こし、多くの怪我人や破壊行為が発生した。

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023

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——フランスではどのような反応がありましたか?「黄色いベスト運動」かなり批判の的にされた事件でしたが。

「うん。観るのは辛かったと思うよ。本作をパリ市庁舎で上映したことがあったんだ。場所が場所だから年齢、性別問わず沢山のお客さんが来てくれたんだけどね。

ある高齢者の女性が手を上げて「私この映画、大嫌い」と言ってきたんだよ。すると今度は女の子が「これは私たちのことを描いている映画だよ! 大好き!」と反対意見を叫んだんだ。

映画は、沢山の人に観て貰うことが大切だと思う。たとえば“水”をテーマにしただけでも、“洪水”や“干ばつ”といった様々な描き方があって、そしてその反応も様々。映画は本当に楽しい芸術だと思うよ」

——その点『ACIDE/アシッド』は鏡のような映画ですね。自分を観る映画だと思いました。

「そのとおりだよ。酸性雨が鏡になっているんだ。心理学でいう「ミラー現象」ていうんだけど、観客が観客だけとしてではなく、映画の中の出来事を体験して、自分としてどう捉えるか? 自分ならどうするのか? 映画の余白の部分を埋めることで、深く楽しんでほしいな」

【取材を終えて】
ハリウッド的なディザスター映画の多くが典型的な家族愛を賛美している。その点、『ACIDE/アシッド』は一筋縄ではいかない映画だ。

災害に直面したとき、家族が本当に愛で結ばれ、友人や隣人が協力しあって乗り切っていけるのか? “良い家族”とはなんだ? “善”とはなんだ? 天から降り注ぐ災害を“鏡”に模し、貴方自身を映し出す。自分自身を見つめるディザスター映画が『ACIDE/アシッド』なのだ。

(取材・文:ナマニク)

【作品情報】
監督・脚本:ジュスト・フィリッポ
ギヨーム・カネ、レティシア・ドッシュ、ペイシェンス・ミュンヘンバッハ
2023年/フランス/100分/フランス語/4Kシネスコ/カラー/5.1ch/原題:ACIDE/日本語字幕:星加久実/配給:ロングライド
8月30日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開

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