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「何事も始めるのに遅すぎることはない!」刑務所で数学を学び、論文発表までした囚人の話

  • 2024.9.1
Credit:depositphotos

2020年のはじめ、数学の学術雑誌『Research in Number Theory』に連分数について書かれたある論文が掲載されました。

筆頭著者はChristopher Havens(クリストファー・ヘイブンズ)となっています。

彼は大学の研究者でしょうか? 優秀な大学院生でしょうか?

いいえ、彼は高校中退者で、麻薬中毒者で、仕事もなく、家庭もなく、最後は殺人まで犯してしまった人物です。

ヘイブンズは、2011年に殺人罪で25年の刑が下り、ワシントンの刑務所に現在も服役しています

ヘイブンズは刑務所の中で数への才能を開花させ、勉強を続けてついに獄中で数論の論文を書き上げ、査読付き国際ジャーナルに掲載までされたのです。

何を始めるにも遅すぎることはない、といいますが、こういう成果を聞くとなんだか希望が湧いてきます。

目次

  • 数学の先生を探しています
  • 1日10時間に及ぶ勉強
  • 社会への借りを返す

数学の先生を探しています

ヘイブンズから届いた手紙。/Credit:the conversation

彼が見出されるきっかけになったのは、出版社に届いたヘイブンズからの手紙でした。

関係者の皆様へ、個人的に「Annals of Mathematics」を購読する方法について知りたいのですが、どうすればよいでしょうか? 私は現在、ワシントン州矯正局に25年服役していますが、この時間を使って自分を磨きたいと考えています。今は微積分と数論を勉強しています。数学雑誌の情報を送ってくれませんか? クリストファー・ヘイブンズ

また追伸としてヘイブンズは、独学ではどうしても1つの問題に長時間つまづくことが多いため、数学の相談ができる人を紹介して欲しいということも書いていました。

この手紙を同僚から見せられた「Mathematical Sciences Publishers」という数学出版社のマシュー・カーゴ氏は、イタリアのトリノ大学教授で数論を専門とする自分の父親を、このヘイブンズに紹介することにしました

マシューの父、ウンベルト・チェルッティ氏はヘイブンズの助言者になることを承諾。しかし、数に魅せられて欠陥のある理論を生み出す数多くの人々を見てきたウンベルト氏は、ヘイブンズが本気で数学を学んでいるのか試してみることにし、ある問題を彼に送りました。

これに対してヘイブンズからの返されてきた手紙は、繋げれば120センチメートルにもなる複雑な数式の書かれた長文でした。

ウンベルト氏はこれをパソコンに入力して検証して見ましたが、彼の計算は正解でした。

1日10時間に及ぶ勉強

感心したウンベルト氏は自らも取り組んでいる連分数の問題をヘイブンズに紹介し取り組むように促しました。

連分数というのは、分母がさらに分数になって、延々と続いていくような分数をいいます。

円周率などの無理数は、小数点以下が延々と続いていきますが、これを連分数で表した場合、整数のみを使って表現できるシンプルで美しい表現になります。

円周率の連分数。/Credit:en.wikipedia

ここから9年間、ヘイブンズは1日に10時間近くを勉強に費やしたそうです。また、刑務所なので、基本的に彼は紙とペンだけを使って問題に取り組みました

刑務所ではインターネットの接続も禁じられている場合が多く、ヘイブンズの研究は手書きの用紙を画像で取り込んで、イタリアにいるウンベルト氏のもとへ転送されました。

ウンベルト氏はヘイブンズに多くの書籍も送りましたが、刑務所が認可する業者でなかったため、受け取ることができず、刑務所スタッフと協力し、数学を学ぶプロジェクトを発足させて、閲覧の許可を受けたといいます。

そして、2020年1月、学術誌「Research in Number Theory」にヘイブンズの数論の論文が掲載されるに至ったのです。

その内容は多くの近似した連分数で規則性が見られることを初めて示したものだといいます。

数論のテーマはすぐに世の中に役立つような種類のものではありませんが、例えば暗号技術や金融などの発展に欠かせない存在となっています。

彼の研究が今後、大きな発展に寄与する可能性も十分あるのです。

社会への借りを返す

ヘイブンズはずっと教育とは縁遠い世界にいたと話します。

「愚かに聞こえるだろうが、被害者の魂に自分の時間を捧げて、少しでも多くの成果を捧げたい」と、ヘイブンズは語っています。

ヘイヴンズはすでに大学で必要とされる数学はすべてマスターしてしまっていますが、現在(2020年当時)郵便を通してアダムス州立大学の準学士号取得を目指しているとのこと。

殺人の被害者がいる以上、手放しで彼を応援できない人もいるでしょうが、一生かけて償おうとしている姿、その勉学に向ける情熱は評価されるべきでしょう。

服役中に学位を取得することで、再犯率を大きく減らせるという事実は、いくつかの研究から報告されている事実で、更生プログラムの一環として注目を受けています。

教育というものがいかに大切なものであるかは、ヘイブンズ自身も気づいた問題のようです。彼は出所後は、数学のキャリアを積み上げていくと同時に、数学に才能のある受刑者たちを学ばせる非営利組織を作りたいと考えているそうです。

21年にはヘイブンズ氏は刑務所の中で数学を教えている/Credit:Washington Prison Service(Ancient Origins)_Imprisoned Murderer Solves Ancient Math Problem(2021)

しっかり自分を見つめ直して、考える時間があれば、誰でも人生を変えるきっかけをいつでも掴めるのかもしれません。

彼のもっとも大きな社会貢献は、そうした事実を世に示していることなのでしょう。

ヘイブンズの論文は、ウンベルト氏を含む研究チームより発表され、数論と幾何学に関する査読付き学術雑誌『Research in Number Theory』に2020年1月29日付で掲載されています。

※この記事は2020年6月公開のものを再掲載しています。
なお、クリストファー・ヘイブンズ氏の出所予定は2036年とされています。

参考文献

An inmate’s love for math leads to new discoveries
https://theconversation.com/an-inmates-love-for-math-leads-to-new-discoveries-130123

元論文

Linear fractional transformations and nonlinear leaping convergents of some continued fractions
https://doi.org/10.1007/s40993-020-0187-5

ライター

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

編集者

やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?

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