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高騰し続けるバッグの価格。今、あなたはどんな価値をおく?【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

  • 2024.9.1
Photo_ Kim Weston Arnold (cover), Shinsuke Kojima (magazine)
Photo: Kim Weston Arnold (cover), Shinsuke Kojima (magazine)

日本が武士の世になる前のこと、平安前期の貴族たちは、戦の際に優美な鎧を身につけたのだそうだ。戦闘に特化したデザインではなく、富と権力を示すための、贅を尽くした壮麗な鎧。名乗りをあげ、美で相手を圧倒し、血を流さずして勝敗をつける雅な戦いだったのだろうか。

現代人がバッグにお金をかけるのも、そんな武装かもしれない。こと女性誌ではバッグ特集にかなりの力を入れる。2005年の誌面にも昆虫図鑑みたいにさまざまな色形のバッグがみっちり掲載されている。最近よく目にする横長のバッグもたくさん。編集部には掲載数をはるかに超える1000個近いバッグが運び込まれ、撮影は数日がかりだったそうだ。ブランドからは、わんさかバッグが贈呈された。編集者たちがぶら下げているエディターズバッグに憧れた人も多いだろう。だがベテラン編集者曰く「よく見れば、自腹かどうか判別できる」とのこと。貰い物のバッグは、当人のスタイルと微妙にマッチしていないのだそうだ。プロの目は恐ろしい。自腹で清水買いしたバッグも、借り物みたいに見えないようにまずは一週間ほど枕にして、すっかり有り難みが薄れてから街に出るのがいいかもしれない。

ときに今、あなたはバッグを毎年新調しているだろうか。2005年は、掲載されているバッグのほとんどが10〜20万円台だった。50〜60万円台が当たり前の今は、最新作を買い続けられる人はごく一部だろう。一方で、サブスクで気軽にハイブランドを持てるようになったり、買ったら少し使って高値で売却したりする人も多いと聞く。そうまでしてなぜ、贅沢なバッグを持ちたいのか。バッグは現代の兜だ。技巧を凝らした派手な鍬形のついた被り物が戦場で威光を放ったように、財布と仕事道具の詰まったバッグは、ハイブランドのエンブレムをキラキラと輝かせて、持ち主の経済力と自信をアピールする。昔、バーキンは成功した女の勲章! と言った人がいたが、誰にでも成功のチャンスがあるように思えた時代はそうだったのだろう。格差が拡大し、階層が固定化した今は「おばあちゃまのケリー」「ママのシャネル」と、身内のお古でさりげなく富を誇示するのが最強かもしれない。ジェンダー格差の大きい日本では、社会的地位の高い女性は今でも極めて少数だ。名刺に刷られた肩書で優劣を競う男性たちとは異なり、女性同士の地位の比較は勝負がつきにくい。バリバリ稼いでいる女性と、親や夫の財産で贅沢三昧の女性と「どちらが勝ちか」という古い問いもいまだに残っている。肩書で顕著な優劣がつけにくいからこそ、出会い頭にバッグで威嚇するのかもしれない。

私は兜ではなく葛籠(つづら)派である。バッグは物入れ。東日本大震災を経験して以来、災害大国日本で街に出るなら「走れる靴と避難グッズは必携」と心に決めている。だからいつも荷物が多い。おしゃれなマイクロバッグは何の役にも立たない。「あれじゃバナナしか入らないのでは!」と見ていて心配になる。そんなわけで、今はどこへ行くにもリュックを背負っている。VOGUE編集部にもいつも同じ日本製の2万円台のリュックで出入りしている。私にとってはついに見つけた理想の逸品なのだが、2005年だったら編集部の入り口で追い返されたかもしれない。

当時愛用していたのは、確かエルメスのキャラバンという極めて地味な、収納力抜群のバッグだ。10万円台で買ったと記憶している。ドーンとエルメス感を示すロゴもないし特徴的なデザインでもないので、威光を示す兜の役割はゼロ。会社の同僚でそれがエルメスだと気付いたのは、目利きの一人だけだった(彼女はシンプルなエタニティリングを見て「それはハリー・ウィンストンだね」と光速で言い当てることもできた)。思えば背負いもの好きは当時からで、定番のプラダグッチのバンブーの黒いリュックの出番が多かった。気にいるとそればかり使う。本も資料も全部紙だったから、何かと嵩張ったものだ。

2005年の誌面では、セレブの愛用バッグでチャリティオークションをやっている。ジェーン・バーキンに「バーキンを出品してください」と大胆なお願いもしたそうだ(乗り気になってくれたけど、タイミングが合わず断念したのだとか)。これはぜひ、2024年もやってほしい。相場の高騰で、社会課題の解決のために寄付できる額も19年前より大きくなるだろう。誰のバッグならほしいか考えてみた。法廷通いでクワイエット・ラグジュアリーブームを起こしたときに、グウィネス・パルトロウが持っていた茶色いセリーヌのバッグがいいかなあ。裁判の資料が入っていたのか、すごく大きくて、あれなら私の避難グッズも入りそう。法廷でのグウィネスの何ともグウィネスな感じといい、味わい深い逸品だ。でもきっととんでもない値がつくだろうし、もちろん出品してくれないだろう。空っぽの袋なのに、バッグは夢と欲望を無限に飲み込む実に不思議なアイテムである。

Photos: Shinsuke Kojima (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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