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「駄目だったら一緒に死んじゃおっか」絶望と希望のはざまにある優しい世界を描く『あさぎ色のサウダージ』

  • 2024.8.31

“普通の価値観”に、息苦しさを感じたことはないだろうか。特に狭いコミュニティの中では人と少しでも違うところがあると、はみ出しやすくなるのかもしれない。そんなときに自分らしくいられる世界を作ってくれる人が1人でもいれば、人は生きる活力を持てるのかもしれない。

「外の世界」への絶望と、自分らしくいられる「僕の世界」への希望。揺れ動く心を描いているのが、『あさぎ色のサウダージ』(サクタロー/KADOKAWA)だ。2024年7月10日に発売された、新鋭漫画家のサクタロー氏が描くヒューマンストーリーである。

閉塞的な田舎を飛び出した藤沢蓮(れん)。東京なら大多数に混ざれると思ったが、ここでもはみだし者として普通になれなかった。この世のすべてを諦めた蓮の前に現れたのは、世界で一番会いたくなくて死ぬほど会いたかった、かつての親友――。

ボーイッシュな見た目にダボっとした服装。「女なのに」という好奇の目にさらされる息苦しさ。そんな“僕”に居場所をくれたのが、親友のまつりだった。大事な存在だったのに、仲たがいをしてしまい疎遠になっていた。しかし、蓮が人生を終わらせようとしたその日に、13年ぶりに再会。「駄目だったら一緒に死んじゃおっか」そんなまつりの言葉をきっかけに1年リミットの漫画家生活が始まる。

漫画を描いていた学生時代の続きをしようというまつりの提案に、もう一度一緒に時間を過ごせると希望を持つ蓮。重めのテーマを持ちつつもポップな表現も多く、そのバランスに心地よさを感じる本作。「外の世界」に絶望した蓮。まつりとの再会で心あたたまる「僕の世界」が再び作られていく様子は、ほっこりする。

蓮の不安を、明るく吹き飛ばしてくれるまつり。そんなふたりの優しい世界の中で、まつりの「陰」の部分が見え隠れする。さまざまな場面に伏線がちりばめられていて、今後の展開に不穏さを感じる。

丁寧に描かれている背景、街の風景も本作の魅力のひとつだ。『メタモルフォーゼの縁側』の著者 鶴谷香央理氏も、これでもかと描きこまれる日常の風景に「まるで不器用な主人公たち自身が描いているかのよう」と推薦コメントを出している。

昔壊れてしまったものを、1年のリミットでやり直しをしようとする蓮とまつり。あさぎ色とは「薄い藍色」。サウダージとは、ポルトガル語で「郷愁」「哀愁」。今はないものや昔のことを思い出して切なく思う気持ちを意味する。

不器用なふたりは1年後、どんな未来を迎えるのか。まつりが抱えているものは何なのか。“普通の価値観”に生きづらさを感じている人や、ヒューマンストーリーが好きな人にぜひおすすめしたい1冊だ。

文=ネゴト / いなり

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