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山田尚子監督「大切な感情が生まれる、作用を描きたかった」

  • 2024.8.30

『映画けいおん!』(2011年)、『映画 聲の形』(2016年)などで知られる山田尚子監督の新作『きみの色』が、8月30日から公開される。

8月30日公開の映画『きみの色』の監督をつとめる山田尚子(大阪市内にて)

人が色で見える少女を中心に、いまを生きる高校生たちが音楽を奏でる物語。実在感とともにどこか浮遊している独特のキャラクターが紡ぎ出すやさしい世界。いまや世界中の映画祭からも注目される日本を代表するアニメーション監督の一人、山田監督に話を訊いた(取材・文/春岡勇二)。

■「地に足の着いた題材で、本当にやりたいものを」

──『きみの色』は山田監督にとって、TVシリーズもない、初のオリジナル映画作品ですが、脚本はこれまで何度もタッグを組んできた吉田玲子さんです。監督の方からは作品の構想としてどういった働きかけがあったのでしょうか?

吉田さんは、山田が初のオリジナル映画としてどういった作品を考えているのか、きちんと訊き出そうとしてくださってありがたかったです。

ただ、私もいろいろな経緯があってオリジナルに挑戦することになり、初めはスケールだとか題材だとかこれまでにないものに挑む、そんな少し頑張ったものにしなきゃだめか、なんて考えたのですが、一晩寝たら、そうじゃなくて、私にとって地に足の着いた題材で本当にやりたいものじゃなきゃだめだなと気がついたんです。それで吉田さんにお伝えしたのが「音楽を奏でること」を題材にしたいということでした。

──山田監督の「音楽を奏でる」作品と言えば、監督デビュー作であるテレビアニメ『けいおん!』や、映画初監督作品となった『映画けいおん!』を思い出す人も多く、原点帰りかと言う人もいるように思いますが・・・。

私自身にはそういった意識はなかったです。心の奥底まで見渡してまったくなかったかはわからないですが、少なくとも強く意識することはなく、ただ、いまやりたいものをやるという気持ちでした。

──では、いま「音楽を奏でること」をやりたかったのは何故ですか?

もともと、見えないものや言葉にならないものを描きたい、という気持ちがあって、せっかくオリジナルでやらせてもらうのだから、その表現に挑戦しなくては思ったのと、「音」というのは物質でもあるので、メロディが素敵とか響きが心地良いということももちろんあるけれども、「音」を体験する、体感するということもあって、映像作品ならそれを実現できる。目指したのは「音」を体験する映画でした。

「音」を体験する、体感する映画を作りたかったと話す山田尚子監督(大阪市内にて)

──劇中でトツ子と一緒にバンドを組むルイくんの奏でる楽器がテルミン(※世界最古の電子音楽。楽器に直接触れずに演奏する)なのにちょっと驚いたのですが、テルミンこそ見えない波長を音にして奏でる、いまの監督のお話しにぴたりと符合する楽器ですね。

テルミンって安定した音程を奏でるのが難しい楽器で、その独特の浮遊感でSF映画に使われたりすることが多いのですが、名手の方の演奏を聴いたら音程もまったくブレず表現も豊かでその魅力にはまってしまって。また2020年が「テルミン発明100周年」というのも私のなかで気になっていたことの一つだったので、思い切って使ってみたんです。

8月30日公開の映画『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

■ 人が色で見えるトツ子「特別な能力ではなく、1つのルール」

──監督の志向を具現化したうまい使い方だったと思います。さて、この作品の大きな特徴に、トツ子は周りの人が「色」で見える女の子だということがあります。これはどういった発想だったのでしょう?

人のことを色で感じるのは特別な能力ではなくて、トツ子という少女が人と関わっていくための一つのルールなんです。トツ子は人の色が見え、そのなかで自分の好きな色の人のところに寄っていく、それが彼女の特性なんです。

「色」も「音」と同じで波長は見えない。見えないけれど確かに在って感じることはできて、それによって楽しくなったり気持ちが楽になったりする。それも「音」と同じ。そんな見えないものによって人の心になにかが生まれる、そんな「作用」を描きたかったんです。あと、映像表現の特性として「色」での表現にチャレンジしてみたかった、というのもありました。

子どもの頃から人が「色」で見えるトツ子(鈴川紗由)。唯一自分自身の「色」だけは見えない ©2024「きみの色」製作委員会

──そのトツ子に見える「人の色」ですが、原色のようなきつい感じのものがなく、すべて淡い色で描かれています。

トツ子が見る「色」は、「光」だと思っているんです。色は重ねていくと濃くなっていくけれど、光は逆に淡くなっていく。光のもたらす色と色の間には繊細なグラデーションがあって、この人はこういう色で、だからこういう人、そのようには決めつけない、いい意味での曖昧さとフィットしているように感じたんです。なので、トツ子の見る「色」は、色の三原色ではなく、光の三原色で構成された、淡い色なんです。

■ それぞれに違うやさしさを持つ3人のキャラクター

──なるほど。あと、いまさらなんですが、「トツ子」という名前が変わっていて面白いですが、命名者は監督ですか?

そうです。私は基本的に映画は一回の出会いだと思っているので、観てくださった人にできれば主人公の名前を覚えて帰ってもらいたいんです。それで、あとで映画の話をするときに名前で語ってもらえるとうれしい。だから、覚えやすくて、なんとなく愛敬のある名前として考えたのが「トツ子」でした。

ただ、絵コンテを書いていき、物語の上でだんだんトツ子が動いていくうちに、好きなものに真っ直ぐに向かっていく猪突猛進的な少女像が出来上がってきて、まるで名が体を表すみたいになって、自分でもちょっとうれしい驚きでした。

左から、ルイ(木戸大聖)、きみ(高石あかり)、トツ子(鈴川紗由)©2024「きみの色」製作委員会

──あとの主要なキャラクターとして、少女の「きみ」と少年の「ルイ」がいて、3人でバンドを組むわけですが、監督から見て、この3人はどのような子たちでしょうか?

それぞれに違うやさしさを持っている子たちですね。トツ子は他人を気遣うことが自分の行動の原動力になっていて、きみはトツ子と同様に他人を気遣う子なんだけど、彼女の場合は気遣うからこそ動けなくなってしまう。

そのことに気づき、私自身が彼女たちへの興味がつきないなと思いました。他人を思いやる気持ちは一緒でも、人によってこんなにも行動の矢印が変わるんだって。人って面白いですよね。ルイくんは他者からの意見を受け入れることも出来るし、自分から提案することもできる、幅のある少年です。

■「作り手と受け手が考え合う、それができたらうれしい」

──さきほど絵コンテを書いているときにどんどんトツ子のキャラクターが出来上がっていったということでしたが、それはきみやルイも同様ですか?

同じです。私は絵コンテを書いているときに、この子はどういう子なんだろうと考えながら作業しているんです。どうしてここでこういうことをするんだろう、こういうことを言うんだろうとずっと考えるんです。

それで、あ、そうか、この子は、あるいはこの人は、こういう人だからこういうことをやったり言ったりするんだと、少しずつ理解していく感じなんです。さっきも言ったように、そこで新たな興味も湧いてくるんです。

「私自身が3人への興味がつきない」と笑う山田尚子監督(大阪市内にて)

──そうすると、映画を観ている方も、映画を観ながらこの子はどういう子なんだろうと考えながら観ているわけですから、作り手と受け手が映画を軸にして共に考え合ってるわけですね。

そういう関係性が出来ていたら、すごくうれしいです。私は考えることが大好きだし、考える人も大好きですから。作り手と受け手が考え合う、映画ってそれができるものですよね。映画はやはり能動的に観てほしい、私も映画を観るとき、それを心がけています。

■ 山田監督が「嫌な感情」を描かない理由

──主要な登場人物3人がみんなやさしいというのもそうですが、実はこの映画には憎しみや裏切りといった人間の嫌な部分が出てきません。あるインタビューで、川村元気プロデューサーが、「山田監督が、今回は嫌な感情のない世界にすると言うのを聞いて驚いた」と述べていて、脚本家の吉田玲子さんも「山田監督は人間のダークな部分に踏み込まなくても映画は出来ると言っていた」と証言しています。この人間の嫌な部分に踏み込まないというのは、監督のポリシーなのでしょうか?

時間がもったいない気がするんです。悩みとか苦しみとか気まずい思いとか叱られたこととか、そういったことはみなさんすでに経験されているわけじゃないですか。だから、そういうものは描かなくても経験値で補填できるわけだし、わざわざ嫌な思いをフラッシュ・バックさせる必要もない。

それよりも、それをどう乗り越えたかを描く方が大事だと思うし、なにより、人が好きなものと出合ってなにか大切な感情が生まれた、その瞬間、「作用」ですよね。その動きの方がずっとロマンチックだと思っていて、私はそれが描きたいので、つらい、しんどいシーンに時間を割いている余裕はないんです。

映画『きみの色』のワンシーン ©2024「きみの色」製作委員会

■ 3人のほか、新垣結衣ややす子など多彩なキャスティング

──それが、監督の作品が愛されている理由の一つなのでしょうね。主役の3人の声は、オーディションで選ばれた鈴川紗由、高石あかり、木戸大聖さんがあてています。選ばれた理由は何だったのでしょう?

音の心地よさに尽きます。3人とも、持ってらっしゃる声のやさしさがそれぞれのキャラクターにぴったりで、うまくいったと思っています。

──少し脇のキャラクターに、新垣結衣さん、やす子さんが声の出演をなさってます。このキャスティングは監督の発案ですか?

いえ、これはもうプロデュース・サイドのおかげです。新垣さんに演じてもらった、トツ子が通うミッション・スクールのシスターは、一見おとなしいようだけれど、実は強い意志で自分のやりたいことをやってきた人で、新垣さんにはまっていましたし、トツ子の同級生を演じてもらったやす子さんは、音響スタッフが以前から声優として魅力があると言っていたので、実際に出演していただいて、なるほどなあと思いました。

トツ子が通う学校のシスター日吉子(新垣結衣)©2024「きみの色」製作委員会

──この作品が山田監督の原点帰りじゃないかという声があることについては始めにうかがいましたが、脚本の吉田さんや音楽監督の牛尾憲輔さんは山田監督の新しいスタートではないか、という考えを持っておられるようですが。

私からすると、「あ、そう思ってたんですかあ」っていう感じです。吉田さんはこれまでも、山田をなんとか外の世界に押し出したいというか、作品でご一緒する度に「山田さんが飛び立つ作品だと思います」みたいな言い方をしてくださるんです。ありがたいですけど、私自身は毎回無我夢中でやってるだけなので、よくわからないです。

──最後に、観てくださる人に一言あればお願いします。

リラックスして観てください、ですね。この作品からなにを感じられるかは、皆さんの人生だったり感性だったりによって返ってくるものだと思うので、ともかくリラックスして楽しんでいただければ一番だと思っています。

映画『きみの色』

2024年8月30日(金)公開
監督:山田尚子
出演:鈴川紗由、髙石あかり、木戸大聖/やす子、悠木碧、寿美菜子/戸田恵子/新垣結衣
配給:東宝
©2024「きみの色」製作委員会

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