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新たな恋に背を向けたシングルマザー。津野(池松壮亮)の思いを拒んだ理由は 『海のはじまり』特別編

  • 2024.8.29

目黒蓮演じる月岡夏が、大学時代の恋人・南雲水季(古川琴音)の葬儀の場で、彼女の娘・南雲海(泉谷星奈)に出会う。人はいつどのように父となり、母となるのか。生方美久脚本・村瀬健プロデューサーの『silent』チームが新しく送り出す月9ドラマ『海のはじまり』(フジ系)は、親子や家族の結びつきを通して描かれる愛の物語だ。第9話の放送を前に、水季と図書館の同僚・津野晴明(池松壮亮)の交流に光を当てた特別編が放送された。

自らシャッターを閉めた水季の言葉

『海のはじまり』本編では、津野から水季に向けた恋心ばかり強調されていたように思える。津野は、幼い娘・海(泉谷月菜)を抱える水季をサポートする役割を買って出ていた。それは彼女に対する好意ゆえ。津野の援助を受けながらも恋心に応えていなかった水季は、やはりかつての恋人・夏のことや、海のことを最優先に考えていたのだろう、と思えた。

しかし特別編を観ると、水季と津野の間にどんなやりとりがあったのか克明にわかる。

朝、海や自分のために昼食用のおにぎりを握る水季。余ったご飯はいつもなら冷凍するけれど、津野のために余分に握り、職場に持ってきた日があった。彼女のなかにも、津野に向ける思いがあったということだ。それが、どんなに微細なものでも。

津野からの働きかけで、二人で出かけ、ファミレスで食事をしたり、プラネタリウムに行ったりする。明らかにデートだが、水季が考えているのは娘の海のことで、出てくる話題も子どもかお金のことばかり。水季の相手としてはもちろん、海の父親になる覚悟もあることを津野は伝えるが、水季は受け入れない。

彼女は言う。「二人っきりになりたいなあ、子ども邪魔だなあ、この子じゃなくて、この人との子どもが欲しいなあって思うようになっちゃうの、怖いんですよ。海がずっと一番って決めて産んだから」と。そして、「半分は無意識だったけど、半分はわざとです。海の話ばっかりするの。忘れちゃうのこわいから。二人でいるの楽しい!ってなりすぎるの、こわいから」と打ち明けた。

かつての恋人や、子どものせいなどではない。水季が新しい恋愛に背を向ける決意をしたのは、どこまでも、自分がそう決めたからだろう。世間のものさしや、周囲からどう見られるかなんて、水季の選択を揺るがす要素にはならない。彼女は、自分が自分らしくいられる道を進んでいけるよう、将来の自分が納得できる答えを出したのだ。

「もうおしまいです。もうそういう恋愛?とかの楽しいことはもういい。じゅうぶん楽しかったし。余っちゃうくらい、じゅうぶん。余ったぶんだけで余生いきれます」と、彼女は高らかに宣言するように口にする。水季の生涯を知っている身からすれば、なんとも重たい言葉。心の底からそう思い、自らシャッターを閉めた水季の言葉だからこそ、多くの人の胸に沈殿したまま漂う。

350円のメロンパンと久々に塗るネイル

水季が握っているおにぎりに、具はない。味付けは塩。たまにはご飯じゃなくパンにして、朝はゆっくり寝てなよ、とパン屋への買い物に誘う津野に対して、水季は「あのパン屋さん、メロンパンが1個350円するんです」と言う。津野と出かけるために塗った青いネイルも、彼女にとって大学生以来のオシャレだった。

自然と思い出されるだろう。第5話で、美容院を訪れた百瀬弥生(有村架純)のシーンを。

美容師から提案されるがままにトリートメントをオーダーした彼女と、恐らくは一人で子どもを育てるがゆえに美容室代や時間を節約する女性客の存在は対照的だった。もしかすると、1個350円のメロンパンだって、日ごろ仕事を頑張っている自分へのご褒美として、そこまで葛藤を伴わずに買えてしまうかもしれない。ネイルを我慢する理由だって、とくにない。

今回放送された特別編は、生前の水季が、津野とどんなやりとりを交わし、関係性を築いていたのかを示す回だった。しかし同時に、シングルマザーが直面する育児とお金の問題も浮かび上がった。

日々、子どものものでカラフルになっていく部屋の色彩と反比例するように、モノクロになっていく水季の心。通帳の残高を見ては漏らしているであろう、ため息。些細(ささい)なことまで突き詰めて、ようやく生きていける経済状況に立たされている身で、目の前の相手と恋愛をする営みまで“ぜいたく”と感じかねないところまで来てしまったのかもしれない。

水季さえその気になれば、津野と付き合い、結婚することですべてが上手くいったかもしれない。育児や家事にも余裕が生まれ、困窮しかけている経済状況は改善し、自分に使える時間も増える。婦人科の検診を受けに行くことだって、できたかもしれない……と考えるのは、あまりに望み過ぎだろうか。

誰かが間にいないと、繋がれない?

本人も自覚するほど「粘った」津野だったが、水季への思いは受け入れられなかった。その後は本編でも描かれているように、海を入れた3人での交流がメインになっていく。

水季が海を実家に預け、津野と二人で出かけた後、海を間に挟んで手を繋ぎながら、昼間水族館に出かけた海に、津野は「次は遊園地とかがいい?」と問いかける。海は返す。「また水族館がいい!」「ママとまだ行ってないから」と。海は、水季の心中を知ってか知らずか、生まれて初めてイルカを見る機会を我慢していたのだ。そんな心の機微や成長を、津野も水季経由で受け取っていくことになる。

水季との恋愛が実らなかった現実を前に、津野は「間に誰か入らないと繋がれないっていうのも」と、そっとつぶやいた。それを受けた同僚の三島芽衣子(山田真歩)は「恋愛にはならないな、と」と受け、津野を励ますように肩をポンと叩いて去っていく。

津野が水季と向き合い、関係をつくっていこうとすれば、間には必ず海が存在する。その状態は、どうしたって自然な恋愛に繋がることはないのだろう。

それでも、水季にとっては海が一番なのだ。具入りのおにぎりをつくらなくても、1個350円のメロンパンが買えなくても、ネイルをするのに躊躇(ちゅうちょ)する生活だとしても、海が一番。水季の優先順位が揺らがないのなら、津野は、それに合わせて「いいよ」と言うのが自分の役割であると覚悟を決めたのかもしれない。

恋愛よりも子どもを選ぶ水季の姿は、下手をすれば、それが「理想の母親像だ」という見方にもなりかねないだろう。それでも、彼女は子どもや、かつての恋人のために“いまの恋愛”を諦めたわけではない。あくまでも、自分がそうしたいと思ったから、そう決めたにすぎない。

大事な恋愛を胸に、海とともに生きていくと決めた水季は、特別編の最後、いつものように朝、具なしのおにぎりを握る。余ったご飯は握られず、冷凍庫に入れられる。

■北村有のプロフィール
ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。

■モコのプロフィール
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。

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