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映画『ラストマイル』が「絶対的に面白い」ワケ <興行収入すでに45億円突破>

  • 2024.10.1
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(C)SANKEI

映画『ラストマイル』が公開から32日間の累計で興行収入45億円を超える大ヒットとなっている。
本作は、世界規模のショッピングサイト「デイリーファスト」から搬送される段ボール箱に爆発物が仕掛けられるという謎の連続爆破事件を描いたクライムサスペンスだ。

デイリーファストの巨大物流倉庫のセンター長に就任した舟渡エリナ(満島ひかり)は、チーフマネージャーの梨本孔(岡田将生)とともに、爆破事件を収束するために動き出すが、次々と爆発は起こり、やがて日本中を恐怖に陥れることになる。

ネットで気軽に注文することが可能で、すぐに荷物が届くショッピングサイトはとても便利だが、その背後には、倉庫でピッキング作業をおこなう派遣労働者、運送業者、トラックドライバーの過酷な労働環境がある。
だが、その労働に見合う対価が払われているとは言えず、その皺寄せは末端の労働者へと向かっていく。
本作が多くの観客に刺さるのは「ショッピングサイトから届く荷物が爆弾とすり替わって届く」というシチュエーションが、いつ自分の身に起こってもおかしくないと感じるからだろう。

同時に私たちは、ショッピングサイトを享受することで労働者を搾取していることの後ろめたさを無意識に感じており、本作はその罪悪感を刺激する。

事件の真相をエンタメとして見せるクライムサスペンスでありながら、大手ショッピングサイトの物流システムに翻弄される労働者たちの苦悩と経済構造の問題を見せていく本作は、優れた社会派映画でもあり、このエンタメ性と社会性の両立を成し得たことで、多くの観客を惹きつける話題作として大ヒットしているのだろう。

本作の監督は塚原あゆ子。プロデューサーは新井順子。そして脚本は野木亜紀子が担当している。
塚原と新井は『Nのために』(TBS系)、『最愛』(同)といったサスペンスタッチのヒューマンドラマを得意とするTBSのトップクリエイター。一方、野木は『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)や『獣になれない私たち』(日本テレビ系)といった話題作を手掛ける人気脚本家だ。

『アンナチュラル』から始まった社会性とエンタメの両立

この3人が初めてチームを組んで手がけたドラマが2018年の『アンナチュラル』(TBS系)。
本作は法医学医の三澄ミコト(石原さとみ)が所属する不自然死(アンナチュラル・デス)のご遺体の解剖して死因を究明するUDIラボ(不自然死究明研究所)を舞台にした一話完結のドラマだ。
UDIラボに運び込まれてくるご遺体の死の背後には犯罪があり、その事件をめぐるサスペンスが本作の魅力だ。ミコトたちUDIラボの面々の人間関係を魅力的に描くと同時に、女性差別、超過労働といった社会問題を絡めた事件の描き方は毎回見事で、社会性とエンタメ性を両立させた物語に仕上がっている。

また、一話完結の事件モノでありながら、全話を通して描かれる大きな謎にまつわる事件も並列して描かれており、最終話でその謎の真相が明らかになるという一話単体で観ても全話通して観ても面白い作りとなっている。

本作は野木亜紀子が初めて単独執筆したオリジナル脚本の連続ドラマだったが、脚本家としての力量は本作で証明されたと言えるだろう。

そんな野木の脚本の魅力を見事に活かし、スタイリッシュでスピード感のあるクライムサスペンスと泣けるヒューマンドラマを両立させていたのが、チーフ演出を担当した塚原あゆ子だ。

そして、野木と塚原の尖った作風を万人が楽しめるドラマに落とし込んでいるのがプロデューサーの新井順子の絶妙なバランス感覚である。『アンナチュラル』シナリオブック(著・野木亜紀子、河出書房新社)に掲載された「あとがき」によると新井は、自分は「わからないという係」で、「法医学の勉強はしません! 視聴者目線で見ます!」と公言していたという。ドラマのプロデューサーには、自分のやりたいイメージが明確で、リーダーとして引っ張っていくクリエイター型と、視聴者の目線を代弁する「観客」型がいるのだが、新井は後者のタイプなのだろう。3人の作品が愛されるのは、新井の中に「視聴者のロールモデル」が存在するからだろう。 この3人と、主題歌の「Lemon」を担当した米津玄師の個性が混ざり合うことで、『アンナチュラル』は社会性とエンタメ性を両立させた稀有なドラマとなった。

2020年の空気を取り込んだ『MIU404』の同時代性

この作風は、2020年に3人が手がけた『MIU404』(TBS系)にも引き継がれている。

本作は、事件の初動捜査を担当する機動捜査隊を舞台にした一話完結の刑事ドラマ。

2019年、働き方改革の一環で設立された第4機捜に配属された伊吹藍(綾野剛)と 志摩一未(星野源)は、次々と起こる怪事件の初動捜査を担当する中で、日本に蔓延する様々な社会問題と直面することになる。

物語は2019年から始まり、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが開催される7月末で幕を閉じる予定だった。しかし、2020年に新型コロナウィルスのパンデミックが起きたことで、4月期の放送は延期となり、全14話の放送予定は11話に短縮された。
当時はコロナ禍の影響で多くのドラマが放送延期となり、感染拡大に対する配慮から、撮影方法などにも大きな影響があったのだが、『MIU404』は、そんなコロナ禍の影響を積極的に取り込むことで、2020年という時代の空気をもっとも体現したドラマに仕上がった。

その意味でエンタメ性と社会性に同時代性が加わったライブ感のある作品だったといえるだろう。

また、今回の『ラストマイル』はシェアード・ユニバースと銘打たれており、『アンナチュラル』、『MIU404』と同じ世界の物語ということになっている。そのため、この二作に登場するキャラクターが劇中に登場するという、ファンにはたまらない展開となっている。そうでありながら、この二作の続編ではなく『ラストマイル』というオリジナル映画の企画となったのは、塚原、新井、野木の3人が作る作品なら絶対に面白いという信頼があったからだ。

そして、10月には3人が手掛ける新作ドラマ『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)の放送が控えている。

本作は、これまでの一話完結のクライムサスペンスとは違うテイストで、1955年の長崎の端島と現代の東京を行き来する、壮大なスケールのヒューマンドラマとなる模様だ。
過去作とはジャンルが異なるため、シェアード・ユニバースということはなさそうだが、それでも塚原、新井、野木の3人が作るドラマなら、社会性と同時代性を兼ね備えたエンタメ作品になることは間違えないだろう。放送が楽しみである。



ライター:成馬零一

76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。