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【いよいよ大詰め】朝ドラ『虎に翼』が「実に見事」だった理由

  • 2024.9.26

 

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(C)NHK 連続テレビ小説『虎に翼』第79話より

連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』(NHK)がいよいよ大詰めを迎える。

本作は、日本の女性で初めての弁護士、裁判官、裁判官長となった三淵倫子をモデルとした寅子(伊藤沙莉)の生涯を描いた物語だ。

昭和6年。女学校を卒業する17歳の猪爪寅子は同級生の多くが結婚する中、法律を学び弁護士となるため、明律大学女子部法科に進学する。

女子部で出会った男爵家の令嬢・桜川涼子(桜井ユキ)、弁護士の夫を持つ大庭梅子(平岩紙)、朝鮮半島からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)、いつも男装している山田よね(土居志央梨)と意気投合した虎子は時に衝突し時に助け合いながら、法律について学んでいく。そして、昭和13年に高等試験に合格し、日本初の女性弁護士となる。

「はて?」と「スンッ」が生み出すユーモアと社会性

『虎に翼』の魅力は、大きく分けると二つに分類できる。

一つは主人公の寅子を中心とした戦前・戦中・戦後を生きた女性たちの物語。戦前の男尊女卑が当たり前だった日本社会で寅子たちは社会的立場の低い存在として見下されている。

それが最も強くあらわれていたのが、寅子が大学で聞いた「婚姻状態にある女性は無能力者」という強烈なフレーズだが、「無能力者」という言葉に「はて?」と疑問を呈したことをきっかけに、寅子は法律に興味を持つようになる。

また、家では家事や家計を完璧にこなして堂々としている母のはる(石田ゆり子)が公の場に出ると急に控えめになり、自分の気持ちを押し殺して「スンッ」ととりすましている表情を見て、寅子はいつも複雑な思いを抱いていた。

この「はて?」と「スンッ」は『虎に翼』をもっとも象徴する言葉で、寅子の社会に対する違和感を表している。
どちらもユーモラスな言葉で朝ドラによくあるヒロインのキャッチーな口癖なのだが、物怖じせずに「はて?」と疑問に思ったことを問いただしていく寅子の勢いが、本作の原動力となっていたことは間違えないだろう。

もう一つは、法律を軸にしたリーガルドラマとしての魅力。
『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)、『HERO』(同)、『イチケイのカラス』(同)など、裁判を題材にしたリーガルドラマは国内でも多数作られており、法曹三者(弁護士、検事、裁判官)の立場の違いによって描かれる世界も大きく変わる。

対して『虎に翼』は、学生の立場だった寅子が日本初の女性弁護士となり、戦後は家庭裁判所の判事補、判事(裁判官)と、年齢を重ねる事に立場が変わっていく。

そして時代の変化と共に、様々な裁判が描かれるのだが、劇中で描かれる裁判のほとんどにはモデルとなった判例があり、寅子の父が巻き込まれた「共亜事件」(史実では帝人事件)を背景とした贈賄疑惑を背景とした裁判や、三淵嘉子が8年にわたって担当した広島、長崎の原爆投下をめぐる国家賠償訴訟の「原爆裁判」が描かれた。

この裁判の描き方が毎回興味深く、とても勉強になるのだが、同時にしっかりとエンタメ作品に落とし込まれている。
意外だったのはリーガルドラマと朝ドラの相性の良さ。

朝ドラは月〜金の週5日を半年に渡って放送し、一週間ごとにエピソードが展開されるのだが、裁判の過程を丁寧に描いた後「判決を言い渡す」と裁判官が言って「続く」となるため、裁判の結果が知りたくて、次の日も観たくなる。

テレビドラマにおいて、次回への「引き」はもっとも重要な要素だが、『虎の翼』の「引き」は実に見事だ。 だからこそ今までの朝ドラでは描くことが難しかった社会的なテーマに堂々と切り込みながらも、続きが気になるエンタメ作品として成立させることに成功したのだろう。

朝ドラで描けるテーマを大きく広げた『虎に翼』

この巧みな脚本を担当しているのが、吉田恵里香。
2020年に男性同士の恋愛を描いたBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系、以下『チェリまほ』)で注目された吉田は、2022年に他者に対する恋愛感情や性的欲求を抱かないアロマンティック・アセクシャルの男女の共同生活を描いたオリジナルドラマ『恋せぬふたり』(NHK)で第40回向田邦子賞を受賞し、作家として高く評価される。
 
また、2023年には生理を題材にした単発ドラマ『生理のおじさんとその娘』(NHK)を執筆。『虎に翼』には、寅子の生理が重くて苦しんでいる描写が繰り返し登場し、自身の性自認について悩んでいる同性愛者が登場するが、こういったテーマは『チェリまほ』以降の三作ですでに描かれていた。

一方、吉田はアニメの脚本家としても知られており、2022年にはシリーズ構成を担当した『ぼっち・ざ・ろっく!』が大ヒットしている。

はまじあきの同名漫画(芳文社)をアニメ化した本作は、友達のいない女子高生が「結束バンド」というガールズロックバンドに誘われたされたことをきっかけに少しずつ変わっていく姿を描いた作品だが、バンドメンバーの女子たちが楽しそうに話している様子は『虎に翼』で、生まれも育ちも違う個性豊かな女性たちが楽しそうにしている姿とどこか重なるものがある。

長丁場となる朝ドラは、脚本家にとってこれまでのキャリアで培ったアイデアやモチーフが盛り込まれた集大成的な作品となることが多いのだが『虎に翼』もまた、吉田恵里香がこれまで書いてきた脚本の集大成だと言える作品だろう。

同時に朝ドラとしても革新的で、在日朝鮮人や同性愛者といったこれまで朝ドラでは描かれる機会が少なかった透明化されている人々に光を当てることで、朝ドラで描けるテーマを大きく広げたと言って、間違えないだろう。

おそらく今後は「『虎に翼』以前、『虎に翼』以後」という分岐が朝ドラには生まれるのだろうが、後から振り返った時に『虎に翼』の達成が当たり前のこととして後の朝ドラに定着してほしいと願う。



NHK 連続テレビ小説『虎に翼』毎週月曜〜土曜あさ8時放送

ライター:成馬零一

76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。