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世界中から注目された、14年前の『伝説ドラマ』 5歳の天才少女が熱演した"驚異的な芝居"

  • 2024.10.10

2010年に放送され、その衝撃的な内容で話題となり、国際的にも注目を集めたテレビドラマ『Mother』。放送から14年経っても色褪せない魅力を持った作品で、人気脚本家・坂元裕二の代表作として知られている。

本作は、タイトル通り「母親」にまつわる物語だ。その内容はステレオタイプな母性溢れる母親像だけではなく、複雑な事情を抱えた一筋縄では善悪を判断できない、様々なタイプの母親が登場する。そして、そんな母親を通じて、母と子の関係はどうあるべきかを深く問いかける一作だ。

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(C)SANKEI

虐待されている子を誘拐して救う

物語は北海道の室蘭から始まる。渡り鳥の研究者・鈴原奈緒(松雪泰子)は、大学の研究室が閉鎖されたために、子どもが苦手にもかかわらず仕方なく小学校教諭となる。奈緒は担任を受け持ったクラスの、道木怜南(芦田愛菜)という女の子が家庭で虐待されていることを知ってしまう。

奈緒は怜南を誘拐して、「継美」と名付け、彼女の母親になることを決意、東京へと向かうことになる。しかし、奈緒は母親としてどう振舞えばいいのかわからなかった。それというのも、奈緒は産みの母親に捨てられ、児童養護施設に預けられていた過去があり、引き取られた育ての親には愛されていたが引け目を感じていた。

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奈緒には2人の妹がいる。彼女たちは奈緒と血がつながっていないことを知らない。まもなく結婚を控える妹もいるし、迷惑をかけたくないと、自分1人でなんとかしようとする奈緒だったが、それでも鈴原一家は彼女を受け入れ、継美が心を許す「うっかりさん」こと望月葉菜(田中裕子)も、何かと助けてくれ、なんとか東京での生活を築き始める。だが、誘拐の事実を知るジャーナリストの藤吉駿輔(山本耕史)や室蘭から娘を連れ戻しにやってくる道木仁美(尾野真千子)らの行動によって、奈緒は次第に追い詰められていく。

丁寧に描かれる加害者の心情

児童虐待、ネグレクトなど子どもを取り巻く深刻な問題を取り込み、物語を構成している点が目を引く本作だが、そうした過酷な要素はドラマの一部に過ぎない。本作が優れているのは、加害者たちの心情を丁寧に描いている点だ。

まず、主人公の奈緒は1人の女の子を助けるために、誘拐という犯罪に手を染める。作中のニュースでは、寂しさのあまり誘拐したと報じられるような事件だが、その実態はそんな簡単には切り取れるようなものではないと本作は描いている。

また、継美を虐待していた仁美も、最初は良い母親だったことが描かれる。父親は離婚して別の女性と暮らしており、女手一つで子どもを育てようと努力していた。しかし、経済的にも精神的にも余裕がなくなり、スナックに入りびたるようになると、浦上真人(綾野剛)に安らぎを求めるようになり、娘をネグレクトに近い状態にしてしまう。こうなる前に、誰かに助けを求めることはできなかったのかと、やるせない気持ちにさせられる。

また、何かと奈緒と継美を助けてくれる「うっかりさん」こと葉菜にも、とある理由で前科があることが明らかになるなど、本作は罪を犯した人々の物語なのだ。普段のニュースでは表面的に切り取られて、共感されることのない人々の裏側を丁寧に描くことで、この世の中は善悪が簡単に割り切れるものではないことを、説得力を持って描いている。

無償の愛は幻想

そんな罪を犯す女性たちを通して、本作は「母になる」とはどういうことかを問いかけている。奈緒には自分を捨てた血のつながった母親がいるが許す気はないと言う。しかし、後に再会し献身的な姿勢に触れることによって母親として認められるようになる。一方で、奈緒の育ての親との心の距離もなくなっていく。

仁美も最初は良い母親だったのに、苦しい環境のせいで毒親のようになってしまう。仁美は娘のことを愛しているが、愛だけでは良い母親になれないことを本作は突きつける。よく言われる「母の無償の愛」は幻想であるという現実をまざまざと見せるのだ。

そんな仁美の娘を誘拐する奈緒は、少しずつ母親とはどういうものかを体得していく。母親とは自然になるものではない、強い決意を持ってなるものであり、努力することがたくさんあり、苦しみもたくさんあると描いている。だが、苦しみだけではなく、子どもと接する喜びや愛が通じた時の嬉しさも描かれ、母親と子どもの関係を多面的に描くことで、様々な愛の形があることを示しているのだ。

役者陣の驚異的な芝居

そんな巧みな脚本だけでなく、本作は役者陣の熱演も見どころだ。虐待を受けている子どもという難しい役を演じたのは、天才子役として名を馳せた芦田愛菜。本作は彼女の出世作であり撮影当時は5歳。しかし、年齢を感じさせない巧みな演技で、視聴者の感動を誘った。継美は、その過酷な生育環境のせいか、大人たちの気持ちを読み取り、合わせることが上手い。子どもらしい我儘を言うことが少なく、空気を読んで我慢して言っているという微妙なニュアンスの表現が抜群で、脚本のセリフだけでは表現しきれない複雑な心理を体現している。

主演の松雪泰子は、終始眉間にシワを寄せて笑顔をめったに見せない。愛することを知らない彼女が、いかに子どもを愛せるようになっていくのか、その変化の過程を丁寧に演じている。

「うっかりさん」を演じる田中裕子は抜群の存在感を見せる。そのあだ名の通り、少し抜けているような雰囲気で穏やかな印象の彼女だが、その心の内には燃えるような強い愛を秘めている。その他、尾野真千子、綾野剛、高畑淳子、酒井若菜、倉科カナ、山本耕史など実力あるキャストたちも見事な芝居を披露している。

世界で評価された『怪物』に通じる作品

本作の脚本家・坂元裕二にとって、『Mother』は重要な転換点となった作品と言える。犯罪被害者家族と加害者家族が愛し合う物語を描いた『それでも、生きてゆく』などにも通じる、加害者を描くことに挑んだ作品だからだ。

坂元は、「加害者を描く」というテーマはずっと心に残っていたようで、2023年公開の映画『怪物』にも受け継がれていると語る。『怪物』はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞するなど世界で高い評価を得ており、これは坂元がテレビドラマで長年取り組んできたことが、高いレベルに達していたことが証明されたと言えるだろう。

『Mother』自体もトルコやスペインでリメイクされ、大ヒットを記録しており、日本のドラマ界を代表する脚本家である坂元裕二が、世界に羽ばたくきっかけになった作品とも言える。それだけのクオリティを持った作品であることは間違いない。



日本テレビ『mother』

ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi