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時代を変えた名作『踊る大捜査線』はなぜ今でも愛されるのか 令和でも色褪せない“説得力”

  • 2024.10.5
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1997年に放送され、劇場版も制作された伝説のテレビドラマ『踊る大捜査線(以下踊る)』が令和に復活するというニュースは、多くのファンをざわつかせた。

すでに発表されている通り、「踊るプロジェクト」の最新作として『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』の二部作が劇場公開されることが決定。2012年の映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』以来、実に12年ぶりのシリーズ最新作となる。

日本のテレビドラマ史に残る名作として名高い本作だが、その魅力は今観ても色褪せないものなのか、改めて振り返ってみたい。

時代を変えた『踊る大捜査線』

『踊る』が放送されたのは、1997年。当時はインターネットもあまり普及しておらず、携帯電話も流行り始めたくらいの頃で、誰でも必須という時代ではなかった。実際、作中で警察署内のオフィス内にパソコンが一台くらいしか置かれていない。当時は一人一台パソコンを持って仕事する時代ではなかったのだ。当時はパソコンなしでどうやって仕事していたのかと不思議に思う人もいるだろう。また、登場人物たちがオフィス内でタバコをしょっちゅう吸っているのも時代を感じさせる。また、主な舞台となるお台場には、今ほどたくさん建物が建っておらず、主人公たちの勤める湾岸署は作中で空き地署と揶揄されている。

そんな時代にあって、本作は放送中の視聴率は決して高くなかったが、ネットの掲示板では爆発的な人気を誇る作品だった。ネットが普及する以前の作品としては、これはとても珍しい(※1)。そうした評判も手伝ってか、再放送の度に視聴率は上がり、テレビスペシャル版が制作され高視聴率を記録。さらには劇場版の公開も決定、日本映画の記録を塗り替えるようなヒットを連発することになる。今日、テレビドラマの劇場版が大ヒットすることは珍しくないが、そういう流れを作った最初の作品が『踊る』なのだ。

刑事もサラリーマンという現実を描いた

『踊る』の新鮮だった点は、刑事ドラマをお仕事ものとして描いたことにある。コンピュータの営業職から脱サラして刑事になった主人公というのも珍しい設定で、これまでのサラリーマン生活とは違う刺激的な人生を送るぞと、意気揚々な主人公・青島が直面するのは、組織の上下関係や冴えない地味な仕事の連続と、杓子定規な規則ばかり。そして、やらされる仕事は、書類整理とか、本店のお偉いさんの運転手とか、接待だったりする。

とりわけ、「本店」と呼ばれる警視庁本庁と地域の警察署である「所轄」の上下関係や、所轄同士の縄張り争いなど、とにかく現実の組織にもありそうなしがらみがたくさん描かれるのが本作の特徴で、そんな中で主人公たちが頑張る姿に、「自分の仕事と同じだな」と多くの人が共感した。

『踊る』以前の刑事ドラマは、例えば『あぶない刑事』のように派手にドンパチを繰り広げる内容が定番だったが、『踊る』では拳銃はほとんど撃たれない。主人公が銃を撃つのは最終話だけで、しかも、一発撃っただけで大問題になる。確かに、現実の日本では、警官が発砲するとニュースになるくらいほとんど銃を撃たないが、そういう等身大のリアリティにこだわって制作されている。

「そういう当たり前のことは地味だけど、大切なんだ」と描いているのが本作の優れたポイントで、特に、最終話直前の10話、現場の証拠を探すために、雨が降るなか、地面をはいずる捜査官、交通整理を懸命に行う警官などが描かれる。決して派手ではないが、こうした地道な努力の先に犯人逮捕があるんだと感動的に描いているのだ。

今見ても、警察内の組織の駄目な点は、現代の日本社会に残っているものばかり。学歴の高いキャリア組ばかりが出世し、現場を軽視しがちで、所轄のヒラ刑事が苦労するというのもよく聞く話。上層部と現場の情報共有や意思疎通が上手くいかずに捜査が進展しないなどといった描写も多く、社会人経験のある人には「あるあるネタ」が満載だ。縦割りの官僚組織のあり方や、無駄に思える書類仕事が多かったりといった効率の悪い組織体制など、この作品が投げかけた問題意識は今も説得力がある。

魅力的なキャラクターたち

そんな地味な話にもかかわらず、人気を博したのはキャラクターの魅力による部分も大きい。青島をはじめ、今年の映画で主人公となる室井慎次、恩田すみれや真下正義、故・いかりや長介が演じた老刑事の和久など、魅力的なキャラクターが多数登場し、物語を彩った。

深津絵里の代表的キャラクターである恩田すみれは、強さとやさしさを併せ持った現代的なヒロインだ。目上の相手にも納得いかなければ突っかかる度胸を持ち、犯罪者に対しても果敢に立ち向かう。同時にストーカー被害のトラウマを引きずっており、克服するために自ら犯人を逮捕するために努力するなど、強いヒロイン像を体現して人気を博した。すみれは青島と行動をよくともにするが、はっきりとした恋愛関係にはならず、それでもヒロインとして強い存在感を発揮していたのも印象的だ。

青島はヒラの刑事、室井はキャリア組の出世指向と対照的な関係から始まるが、ともに警察組織を良いものにしていこうという想いは同じで、「組織を変えるためにこそ中から変えていけ」と室井の背中を押す青島の言葉は、普段、組織内で頑張っている視聴者を勇気づけた。利権まみれの組織の現実に直面しながらも、それを変えるためにこそ中でふんばるというのが室井で、多くの視聴者が共感を覚えた。

そんな室井は、最新作の『敗れざる者』で、警察を辞めて故郷に戻っているようだ。警察組織を現場が働きやすいように変えるという、青島との約束は果たされたのか。予告編を見る限りでは、組織改革の目標は志半ばになっているようだが、果たしてここから室井はどうするのか、劇場版でどんな活躍を見せてくれるのか、期待に胸が膨らむ。

参照

※1:【「踊る大捜査線」完結編公開から10年】“生みの親”が明かす誕生秘話&ヒットの要因 : 映画ニュース - 映画.com 



ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi