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なぜ野木亜紀子の書く物語は現実とリンクするのか? 新作『ラストマイル』にて再集結を果たす、過去作の魅力を徹底考察&解説

  • 2024.8.24
©2024 映画『ラストマイル』製作委員会

監督・塚原あゆ子×脚本・野木亜紀子による映画『ラストマイル』が公開前から話題を呼んでいる。本作は、ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と世界観を共通しており、野木亜紀子はその他にも数々の良質な作品を世に送り届けてきた。今回は、最新作『ラストマイル』に備えて、野木亜紀子の脚本の魅力を紐解いていきたい。(文・苫とり子)
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【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。

映画『ラストマイル』
©2024 映画『ラストマイル』製作委員会

今や日本にも浸透したアメリカ発祥のセールイベント“ブラックフライデー”の前夜、大手ショッピングサイトから配送された段ボール箱が爆発する事件が発生。やがてそれは日本中を恐怖に陥れる謎の連続爆破事件に発展していくーー。

大手ショッピングサイトの関東センターで働く舟渡エレナ(満島ひかり)と梨本孔(岡田将生)のコンビが未曾有の危機に立ち向かう映画『ラストマイル』がついに封を切った。

筆者は公開当日のチケットをいち早く購入したが、すでに座席は満席状態。なぜこんなにも公開前から盛り上がりを見せているかと言えば、監督・塚原あゆ子×脚本・野木亜紀子の最強タッグによるドラマ『アンナチュラル』、『MIU404』とのシェアード・ユニバース作品だからだ。

2018年1月期に放送された『アンナチュラル』(TBS系)は、死因究明のスペシャリストが集まる架空の研究機関“UIDラボ”を舞台に、石原さとみ演じる法医解剖医の三澄ミコトと仲間たちが、不自然な死の謎を解いていく法医学ミステリー。

『空飛ぶ広報室』(TBS系、2013)や『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、2016)など原作モノでヒットを打ち出した野木のオリジナル脚本とあって放送前から注目はしていたが、第1話を視聴した時の衝撃は今でも忘れられない。初回にもかかわらず、これは何十年も語り継がれるドラマになると確信するほどの出来栄えだった。

石原さとみ【Getty Images】

『アンナチュラル』第1話では、若く健康だった息子の死を心不全とした警察の見立てを疑う夫婦がUDIラボを訪ねてくる。すでに視聴済みの方にとっては蛇足かもしれないが、この初回には野木の作家性が詰まっていると思うので、改めて詳細を紹介させてほしい。

解剖の結果、男性の死因は急性腎不全と判明。遺体の状態から薬毒物による死亡の可能性が浮上する中、彼の婚約者が劇薬毒物製品の開発に携わっていることが分かる。

この時点で、視聴者の多くは男女のもつれによる殺人の可能性を疑っただろう。しかし、男性の死後に同僚の女性も突然死、さらには男性がサウジアラビア出張から帰ったばかりだったことが判明すると、物語は思わぬ展開へ。結果、ミコトたちの調べにより新たに男性がMERS(中東呼吸器症候群)ウイルスで亡くなったことが明らかになった。

その後、世間は大パニックになり、ウイルスを日本に持ち込んだ男性ならびに家族は激しいバッシングを受けることに。男性が帰国3日後に大学病院で健康診断を受けていたこともあり、さらに被害が拡大する。この時点ではまだ、「後味は悪いけど、そうか。ウイルスって怖いな。死因が判明していなかったら気づかずに被害が拡大していただろうし、見抜いたミコトたちはすごいな。死因究明って大事なんだな」とぼんやり思っていた。

しかし、帰国の翌日に男性と一緒に過ごした婚約者はウイルスに感染していない。つまり、この時はまだ男性は未感染の状態であり、大学病院での院内感染であることが判明。男性の名誉は回復され、家族や婚約者も救われるというラストに震えた。

二転三転する先の見えないストーリー展開はもちろんのこと、細部に散りばめられた伏線の鮮やかな回収。さらにはミコトをはじめ、UDIラボメンバーそれぞれの個性や関係値が分かる描写も盛り込みつつ、58分(※初回15分拡大)に収める野木の構成力はもはや神の所業だ。2時間の映画を一本見終わった後のような良い疲労感が身体を襲った。

俳優の井浦新【Getty Images】
井浦新【Getty Images】

そして驚くべきは、これが2018年の放送であり、新型コロナウイルスが世界中で流行する2年も前だという点だ。改めて見返してみると、未知のウイルスに怯えてパニックになる人々、ウイルスを広めた犯人を仕立て上げ過剰なバッシングを加える様、防止策としてのマスク着用や感染者の隔離など、そこには私たちが実際目にした光景が広がっている。

また続く第2話では、2017年に神奈川県座間市に住む男がSNSで自殺願望をほのめかしていた女性たちを次々と自宅アパートに連れ込み、殺害していた事件と酷似する内容が描かれた。しかし、この脚本が書かれたのは事件の前。そのため、野木は放送直後、自身のSNSで「おごりかもしれないけれど、もしこのドラマがもっと前に放送されていたら防げていたのだろうかと考えもしました」と複雑な心境を明かしていた。

こんなにも野木の書く物語が現実とリンクするのは、単なる偶然ではないと筆者は考えている。野木は社会派エンターテインメントの名手であり、『アンナチュラル』ならびに、初動捜査のプロフェッショナルである警視庁刑事部・第4機動捜査隊の活躍を描いた『MIU404』(TBS系、2020)でも、いじめやパワハラ、過労死、外国人労働問題、フェイクニュースなど、現代社会が抱える諸問題を浮き彫りにしてきた。

そうした問題を単に物語のフックとして扱うのではなく、観る人の心にズシンと響くメッセージを届けられるのは、それだけ彼女が日頃から社会の問題を深刻に捉え、その背景もしっかりと考察した上でストーリーテリングしているからだろう。だからこそ、恐ろしいほどに現実とリンクすることも時として起こりうるのだ。

映画『ラストマイル』のタイトルは、物流の荷物を顧客に届ける過程において、最後の区間を表わす言葉。この区間では、配送を行うドライバーの慢性的な不足や、再配達によるドライバーの負担、送料無料による利益圧迫とそれに伴う人件費の削減など、様々な問題が起きている。これもまた私たち一人ひとりが向き合うべき問題として、ストーリーに盛り込まれてくるのではないだろうか。

綾野剛(2016年)
綾野剛【Getty Images】

そして、野木が脚本を手がけた作品の最大の特徴は躍動感あふれるキャラクター描写だ。

例えば、『アンナチュラル』で描かれるUDIラボには、一家心中に巻き込まれた幼少期の経験から並々ならぬ思いで不条理な死と戦うミコトはもちろん、そんなミコトの良きパートナーであり、明るい性格でラボを照らす臨床検査技師の東海林(市川実日子)、医者一家に生まれるもラボで将来を模索中、そしてミコトを密かに思う姿も愛おしい六郎(窪田正孝)、いつも自由奔放なラボメンバーに振り回されているが、いざという時は頼もしい行動に出る所長の神倉(松重豊)ら、個性豊かな面々が揃っている。

義理の母親としてミコトを温かく見守る弁護士の夏代(薬師丸ひろ子)、紳士的でいつも微笑みを浮かべているが、どこか怪しげな葬儀社の木林(竜星涼)、普段は愚痴や文句を吐きながらも情熱的な一面を持ち合わせる刑事の毛利(大倉孝二)など、周りの登場人物も一人として欠かせない重要な存在であり、演じる役者も豪華。

特に、このドラマでは井浦新演じるミコトと同じく法医解剖医の中堂が視聴者の人気を集めた。ぶっきらぼうで「クソが!!」とすぐに暴言を吐くため、仕事でコンビを組む臨床検査技師の坂本(飯尾和樹)からパワハラであわや訴えられそうになる中堂。一方で、亡くなった恋人を一途に思い続け、その死の真相を追う愛情深さもある、そのギャップを見事に体現した井浦に多くの人が心を鷲掴みにされた。

星野源
星野源【Getty Images】

野木が描くキャラクターはどれも演じる役者との相性がいい。『MIU404』では、4機捜に配属されたキャリアの新米刑事・九重を、水上恒司(当時は岡田健史名義)が演じた。

水上はその2年前に塚原監督が演出を手がけた『中学聖日記』(TBS系、2018)でデビューしたばかりであり、このドラマで役者としてさらに一段階ステップアップしていく彼の姿と、当初は傲慢で想像力に欠けていた九重が4機捜の面々と接する中で人間として成長していく姿がリンクし合って物語に深みをもたらしている。

また同作では、綾野剛と星野源という塩顔好きにはたまらないありそうでなかったバディっぷりが最大の見どころで、機動力と運動神経は抜群だが、考える前に身体が動いてしまうお調子者の伊吹(綾野)と、理性的で観察眼に長けているが、自分も他人も信用しない陰のある志摩(星野)が正反対ながらも歩み寄っていく姿は萌えの要素が詰まっていた。

警察の男社会の中で強い風当たりを受けながら、強い正義感で4機捜を率いる頼もしいリーダーの桔梗(麻生久美子)、ベテラン機捜隊員でコンビを組む九重に人として大事なことを教える陣馬(橋本じゅん)も作品を強固に支える存在だ。

そうしたひと癖もふた癖もある登場人物一人ひとりに積み重ねてきた歴史があることが、野木の繊細な心理描写からは伝わってくる。だからこそ、熱狂的なファンダムが生まれ、ドラマが最終回を迎えた後も長く愛され続けるキャラクターとなるのだ。

そんな彼らが、公開中の映画『ラストマイル』で再集結を果たす。邦画史上、稀に見る壮大なスケールの物語にそれぞれがどのような形で関わってくるのか。ネタバレを食らう前にいち早く劇場で野木の真骨頂を堪能したい。

(文・苫とり子)

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