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「27年間、僕の中には小さな『箱男』がずっと住んでいました」映画『箱男』主演・永瀬正敏、単独インタビュー

  • 2024.8.24
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
俳優の永瀬正敏。
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕

―――映画『箱男』は、原作者・安部公房氏の許可を得て、石井岳龍監督(当時は石井聰亙)が映画化することになりましたが、撮影直前で中止になった作品ですね。ドイツ・ハンブルクのロケ地では、永瀬さんも待機されていたそうですが、どういう状況だったのでしょうか?

「27年前、僕はドイツに着いてから、ホテルの部屋の中に箱を置いてその中で生活していました。部屋ではトイレとシャワー以外は外に出ず、まさに箱男を体現していたのです。

僕の役は、箱の中から世の中を見ている男なので、映画に映し出される僕は、箱に開けられた穴から見える目だけ。石井監督から『君の目の写真を撮ってくれ』と言われ、ポラロイドで何日も目の写真を撮り続けて、やっと納得のいく目の写真を監督に見せたら『永瀬くん、これだよ! 明日、スチール写真を撮影するところからスタートしよう』と言われたんです」

―――スチール写真を撮影することから映画『箱男』は始まる予定だったのですね。

「翌日、集合場所に行ったら、ロケバスもスタンバイしていました。いよいよ撮影だと思ったら、石井監督がプロデューサーさんに呼ばれたんです。僕たちはホテルのロビーで待機していたんですが、しばらくするとロビーの窓ガラス越しに石井監督が、ホテルから離れていく後ろ姿が見えました。これから撮影なのにどこに行くのだろうと思っていたら、プロデューサーさんから撮影は中止になったと言われたのです」

―――準備も整えていたのに。

「はい。僕はそのときの石井監督の後ろ姿が忘れられず、ずっと脳裏に残像として残っています。でも肩を落としてトボトボ歩いている感じではなく、ちゃんと前を見据えてしっかり歩いていらっしゃった。おそらく石井監督の心にもさまざまな葛藤があったと思います。けれど、映画化への思いは消えていなかったんです」

俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕

―――今回、どういう経緯で本作の出演のお話があったのでしょうか?

「撮影中止にはなりましたが、石井監督は『箱男』を諦めていませんでした。監督は会うたびに『まだ諦めていない』とおっしゃっていましたし、実際に何度も映画化に向けて行動を起こしていらっしゃったんです。それを知っていたので、27年間、僕の中には小さな『箱男』がずっと住んでいました。そして今回、やっと GOサインが出たと聞いて、感慨深いというか、石井監督の諦めない強さを感じました」

―――ただ最初に映画化の話が出てから27年も経っているので、時代も変わり、生活環境もかなり変化していますよね。脚本も大きく変わったのではないでしょうか。

「実は27年前の『箱男』の脚本は、安部公房さんの『娯楽にしてくれ』という希望を石井監督が脚本に盛り込んだので、本作より娯楽性が強い脚本だったんです。でも今回の『箱男』の脚本は原作寄りで、時代がやっと安部公房さんの世界に追いついたのだと思います。安部さんはこういう時代になることがわかっていたのかもしれない。そこが安部公房さんの凄いところですね」

―――具体的にはどういうところが時代に追いついたのでしょうか?

「この映画が原作の時代のまま映画化される場合、街の景色は違いますし、スマホも出てきませんが、原作で予言されていた世界観の方が現代の世界に近いのです。

今のSNS時代を象徴する“匿名性の自由と恐怖”についても映画『箱男』に描かれています。小さな世界の中で得る自由、不自由、恐怖、恍惚感はまさに今の時代ですから、作られるべき映画だったのだと思います。スマートフォンやPCが、ある意味箱男の箱ではないかと」

俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕

―――ドイツのホテルで、箱男の目になるための準備をされていたとお話がありましたが、今回はどのような準備をしたのでしょうか?

「ドイツのときと同じくずっと箱の中で暮らしていました。トイレ、シャワー、宅配便(笑)を受け取るときだけ箱の外に出て…。

本当は家の外に出て、箱の中から世の中を見るというリアル箱男をやりたかったのですが、27年前よりも東京の街が綺麗になっているので、死角がなかなかない。通報でもされたら映画に迷惑かけますし、その際、何か言われたら事情を話すというような行為は『箱男道に反する!』と思ったので、さすがに外で箱男はできませんでした。でも箱の中に入ると、あっという間に27年前の箱男の感覚が蘇りました」

―――27年前に箱男のキャラクターは作り込んでいたと思いますが、その役作りは今回も活かされていたのでしょうか?

「自分の中に残っていたものはあるのですが、年齢が違いますから。27年前の方が原作の箱男の年齢に近いんです。でも時代は変わり、箱男も年を重ねていったということを石井監督は自身が作られた年表を見ながら説明してくださったので『なるほど』と。納得しながら演じることができました」

―――箱の中で長時間いることはかなり体力を消耗すると思いますが、撮影は大変でしたか?

「優秀なスタッフがシミュレーションを積み重ねてくれたので、危険なことは全くなかったです。ただ中腰姿勢でいるので、足腰が辛かったのと、撮影が夏だったのでとても暑かったですね。箱を少し斜めにすると風が入って涼しいので、あれこれ工夫していました。

アクションシーンも含めて肉体的には大変なことが多かったのですが、それも箱男になるための試練だと思いながらやっていました」

―――箱男のキャラクターについて。どう解釈をして演じたのでしょうか?

「箱男=私は、一見、風変わりですが、観客の皆さんにいちばん近いキャラクターだと思います。箱男になる前はごく普通の男です。偶然先代の箱男に出会い、自分が箱男になってからは、箱の中から世の中を覗きながら『俺はお前たちより自由だ。』と確信している。

その一方、自分のことをノートに記して存在証明を残したり、外の世界の写真を撮り、絵を描いて、箱の中から外の世界との繋がりを自分なりのやり方で持とうとしている。箱男でありながら、“わたし”の心はいつも揺れている。でも人間はそういうものじゃないでしょうか」

―――箱の中で生きながら、外の世界で起こることに反応し、揺れ動いているということでしょうか?

「完全なる匿名性、孤独を自ら求め箱に身を預けているのに、一方で外界に反応している。特に葉子(白本彩奈)という女性が現れて、ますます心をかき乱されるという人間らしさがあるんです。

軍医(佐藤浩市)はタナトスを見出し死へ向かっている、ニセ医者(浅野忠信)は、箱男を乗っ取り、なりふり構わずニセ者から本物になろうとする。彼らの思いは目的に向かって一直線ですが、“わたし=箱男”だけが揺れているんです」

俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕

――箱男の永瀬さんと、ニセ箱男の浅野さんのバトルシーンがありましたが、箱の中に入ったままのアクションは大変だったのでは?

「石井監督とアクション部のスタッフのプランが明確にあったので、僕らはその演出に従って演じましたが、セリフのリアクションをアドリブで返したりしていました。浅野くんとは長い付き合いなので、あ・うんの呼吸でした」

――永瀬さんと浅野さんならではのシーンですね。

「久しぶりの共演なのでうれしかったです。以前から会うたびに『そろそろ共演したいね』と話していたので、やっと実現できました。楽しかったですね」

――石井監督の撮影現場には、どのような特徴がありますか?

「俳優が100%の演技をしようと準備をして、撮影現場でそれ以上の芝居をしようとしてもどこか物足りないんです。石井監督の世界にはそれでは追いつかないんです。でもキャストそれぞれが想像を超えた芝居をぶつけてくるので、僕も演じているうちに『面白い』と夢中になっていきました。

完成した映画を観るまで、どうなっているのかわからないくらい思い切り自分を解放して演じることができたし、そこが他の作品の現場とは違うかもしれない。いい意味での異質さがあると思います」

――石井監督の独特の感性によって、役者さん同士の芝居が相乗効果を発揮していく現場なんですね。

「そうですね。原作の世界観よりも、もっともっと! という石井監督の情熱が現場で出る感じです。

以前、石井監督の『蜜のあわれ』という映画に出演したとき、僕は金魚屋の役だったのですが、室生犀星さんの描く世界を大切にしながら、できるだけ出過ぎないように静かに演じようと思って現場入りしたんです。そしたら、石井監督に『金魚屋はブッダだから』と言われて(笑)。石井監督は僕の想像の遥か上から切り込んでこられる。そこが石井監督の凄さですね」

俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
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―――完成した映画をご自身で見た感想は?

「僕は自分の作品を客観的に観られないんです。デビュー作でさえ、まだ客観視できないくらいのダメ役者なんですよ(笑)。ベルリン国際映画祭では、ドイツのお客さんにとても喜んでもらえたので、日本公開されたらお客さんの反応も気になりますし、いろいろな意見をフィードバックした上で、改めてまた観たいです」

―――ちなみにドイツのお客さんにはどういうシーンが受けていたのですか?

「ニセ医者とのバトルシーンは笑いが起こっていました。『箱男、こんな風に走るんだ、闘うんだ』と思われたようです(笑)」

―――永瀬さんが出演依頼を引き受けるときの基準はありますか? どういうところに惹かれて出演作を決めるのでしょうか?

「知り合いの監督からの依頼で脚本を読まずに引き受けることもありますし、ある作品でボランティアとして参加してくれた18歳の大学生が作る映画に参加したこともあります。純粋に『どういう映画を撮るんだろう』って興味を抱いたので。そういうことが決め手になることもありますね。

脚本を読んで決めるときは、主演、助演に関わらず、途中下車をしなかった作品が多いです。つまり最後まで一気に読める脚本。ページを捲る手が止められないような脚本です」

―――永瀬さんはドラマよりも映画出演が多い、映画俳優のイメージが強いのですが、それは意識されてのことですか?

「今は映画やドラマだけでなく配信作品もあるので、さまざまな選択肢があります。僕もいろいろなことにチャレンジしたい気持ちはあるのですが、俳優としての自分を産んでくれたのは映画の現場なので、いつの間にか優先してしまう自分がいますね」

(取材・文:斎藤香)

【作品情報】
『箱男』
2024年8月23日(金)全国ロードショー
出演:永瀬正敏 浅野忠信 白本彩奈 AND 佐藤浩市
渋川清彦 中村優子 川瀬陽太
監督:石井岳龍
原作:安部公房『箱男』(新潮文庫刊)
脚本:いながききよたか 石井岳龍
プロデューサー:小西啓介 関友彦 ラインプロデューサー:稲垣隆治
撮影:浦田秀穂 照明:常谷良男 録音:古谷正志 美術:林田裕至
編集:長瀬万里 VFX:井上浩正 山田彩友美 カラリスト:カチョロフスキ・カロル
音楽:勝本道哲 音響効果:勝俣まさとし
スタイリスト:小笠原吉恵 キャラクタースーパーバイザー:橋本申二
ヘアメイク:山谷友里恵
助監督:佐藤匡太郎 制作担当:飯塚香織 アシスタントプロデューサー:安斎みき子
製作:映画『箱男』製作委員会
制作プロダクション:コギトワークス
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2024 The Box Man Film Partners

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