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真相説明に50万と値づけたオーナー。配達員が聴取した現交際相手からの情報で証拠が揃う!/難問の多い料理店⑥

  • 2024.8.23

『難問の多い料理店』(結城真一郎/集英社)第6回【全6回】ビーバーイーツ配達員として日銭を稼ぐ大学生の主人公は、注文を受けて向かった怪しげなレストランでオーナーシェフと出会う。彼は虚空のような暗い瞳で「お願いがあるんだけど。報酬は1万円」と噓みたいな儲け話を提案し、あろうことかそれに乗ってしまった。そうして多額の報酬を貰ううちに、どうやらこの店は「ある手法」で探偵業も担っているらしいと気づく。「もし口外したら、命はない」と言うオーナーは、配達員に情報を運ばせることでどんな難問も華麗に解いてしまい――。笑いあり・驚きあり・そして怖さあり…な、新時代ミステリ小説『難問の多い料理店』をお楽しみください!

ダ・ヴィンチWeb
『難問の多い料理店』(結城真一郎/集英社)

「きっかけは、私が『もっとちゃんとした格好で大学来てくんない?』って言ったこと」

「はあ」痴話げんかの火種は、いつだってこんなものだ。

「前までは割と気を遣ってくれてたんだけど、最近は結構手抜きでさ。髪なんてぼさぼさだし、コンタクトじゃなくて眼鏡だし、服装もジャージとかスウェットだし」

それをきっかけに始まった軽い言い争いは、徐々にヒートアップしていく。

「その勢いに任せていろいろ言っちゃったんだよね。布団の上では絶対にスナック菓子を食べないとか、ワックスとかコンタクトを付けたままでは絶対寝ないとか、そういうところは異常なほど神経質なくせして、大学来るときの見てくれには無頓着なのかよ――こんなのが彼氏だと思われるの正直恥ずかしいんですけど、とか、あの女と禍根を残すような別れ方したせいでこっちも迷惑してるんですけど、とか、さっさとあんなボロアパート引っ越したらどうなのとか、そういう余計なことまで。思ってたこと全部」

「まあ、ありがちなやつですね」

ありがちだが、それにしてもよく喋る子だ。たぶん、喧嘩の際はこの何倍もの一斉掃射になるのだろう。うん、自分なら無理だ。三分と耐えられない。

「アパートの件はさ、お母さんが厳しいんだって。甘やかすのはよくないとかで、仕送りの金額的にもあれくらいの部屋にしか住めないんだって。しかもそれだけじゃなくて、彼女は作るなとか、学生の本分は学業だとか、とにかく口うるさいの。それもあって、あの女のこと警察に言いたくないんだって。母親にバレるといろいろ面倒だから。バカみたいでしょ。いや、わかるよ? わかるんだけど、ちょっと厳しすぎるというか、いまはそんな時代じゃないっていうか。家にはその前に一回だけ行ったことあったんだけど、隣の生活音とかめっちゃ聞こえるんだよ? 普通にそんなのムリでしょ」

なにが普通にムリなのかは、僕も大人だ、人知れず察することにしよう。

ただ、彼女が梶原涼馬の母親を敵視する理由はわかった気がした。がみがみと口うるさく子どもに干渉する、いわゆる教育ママ――その煽りを少なからず彼女自身も食らっていて、その顔色を窺っている(ように見える)彼の姿勢にも不満があるのだ。

とはいえ、彼の母親の気持ちもわからないではない。離婚し、女手一つ――かどうかは知らないが、いずれにせよ手塩にかけて育ててきた愛息なのだ。そりゃまあ、厳しくもなるだろう。

それでいったら、我が家だって同じだ。一人暮らしをしたいと言ったとき猛反発されたのは、詰まるところそういう理由なのだ。お金を出すのは簡単だが、それじゃあお前のためにならない。したいのなら、自力でなんとかしろ。別に意地悪で言っているわけじゃないし、そのことを子どもはきちんと理解もしている。〝親の心子知らず〟と言うが、この歳になるとより正確には〝親の心わかっちゃいるが子素直になれず〟なのだ。

だからこそ、その点を部外者に突かれるのは梶原涼馬としても我慢ならなかったのだろう。お前に口出しされる筋合いはない、外野は黙ってろ。同じ状況になったら、僕だってこんなふうに声を荒らげてしまうはずだ。

「で、夜になっても全然ラインが返ってこなくてさ。未読無視、ずっと。だからちょっと不安になったんだよね。言い過ぎたかな、とか、まさか浮気してないよね、とか」

「なるほど、だからアパートに」

「迷ったんだけど、ぎりぎり終電もあったから」

その瞬間、コートのほうから「あかねー、次だよ次」と呼ぶ声がして、その場はお開きになった。

「まあ、なにかわかったら教えてよ。探偵さん」

ひらひらと手を振り、仲間の元へ駆けていく芹沢朱音。言っておくが、僕は〝探偵〟じゃなく〝運び屋〟だ――と、どこかで聞いたことのある台詞を胸の内で呟きつつ、彼女の背中を見送る。

多少なりとも、彼らにまつわる諸々の事情は透けて見えてきた。

日中に交際相手と喧嘩になり、ある種の浮気心が芽生えて元交際相手を呼び出したというのは、ありえない話でもない。そうして逢瀬を果たし、梶原涼馬の家を後にした諸見里優月は、何らかの理由――忘れ物をしたとか、名残惜しくなったとか、とにかく何かしらの理由で現場に舞い戻り、燃え上がる二〇四号室を目撃する。そして、妖しく円舞する炎を前にふと思いついてしまうのだ。

――ここに飛び込んで死んだら、涼馬は自分のことを一生忘れないって。

――どれだけ忘れたくとも、忘れようとしても、絶対に。

いちおう、筋は通る。いくつか不可解な点は残るものの、想定される筋書きとしてはもっとも合理的な気もする。いや、さらに言えば彼女自身が放火したというセンもありえるだろう。久方ぶりに意中の梶原涼馬から呼び出され、これ幸いと〝常軌を逸した心中計画〟を決意した、とか? 問題は、それを如何に証明できるかだが――

「――お疲れ。これで全部揃ったね」

その日の夜、このときの顚末を報告するや否や、オーナーは表情一つ変えずにそう言ってのけたのだ。

「え? マジですか?」

「うん、マジ」

呆然とする僕をよそに、オーナーは「てなわけで」とあくまで飄々としている。

「商品ラインナップにも追加しておかないと」

いよいよ〝最後のステップ〟――依頼主への報告だ。

実は、このときのために、初回の往訪時に〝合言葉〟を決めることになっている。特になんでもいいのだが、梶原さんは「合言葉って言われてもねえ」と苦慮していたので、僕から「座右の銘などは?」と促してみたところ、

――〝転んでもただでは起きない〟とかかな?

とのこと。

そうしていま、夥しい店名の中の一つ――『汁物 まこと』という店の商品ラインナップに、その〝合言葉〟を冠したメニューが追加されようとしている。たぶん「転んでもただでは起きないコンソメスープ」とか「転んでもただでは起きないけんちん汁」とか、そんな類いの何かが。そして、その料金がそのまま本件の〝成功報酬〟となるわけだ。どれだけ高額であろうとも、それを注文しないと依頼主は解答を知ることができないので、アコギな商売であることこのうえない。

汁物まこと、つまり、真相を知る者だ。

「値段は、五十万ってところかな」

耳を疑い、目を見開く。過去最高額ではないか。

「そんな値段で……はたして注文しますかね?」

堪らずそう尋ねると、オーナーは「ああ」と当たり前のように頷いた。

「大丈夫。いくらだって、彼は知りたがるはずだよ」

「え、それはいったいどういう……」

しばしの沈黙。

聞こえてくるのは、ぐあんぐあんと唸る換気扇の音だけ。

やがてコック帽を被り直すと、オーナーは飄々とこう言った。

「それじゃあ、試食会を始めようか」

<続きは本書でお楽しみください>

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