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舞台は清朝末期の台湾。男性優位社会に抗う女性を主人公に、古くから伝わる怪異譚を描いたミステリーコミック『守娘』

  • 2024.8.23
ダ・ヴィンチWeb
『守娘』(シャオナオナオ/KADOKAWA)

「このままは嫌だ」という急き立てられるような感覚が、この漫画を読み終えた今もずっと胸に残っている。繊細ながらも力強いイラストは、おどろおどろしくも美しく、それでいて悲しい。女性に生まれたというだけで、どうしてこんな不条理を味わわねばならないのだろう。今の日本とは、時代も国も全く異なるのに、どうしても他人事とは思えない。悪霊も神も描かれるこの幻想的な世界で一番恐ろしいのは、人間。そのおぞましさにめまいさえ感じながらも、どうしても読む手を止めることができなかった。

『守娘』(シャオナオナオ/KADOKAWA)は、家父長制の陰で抑圧され続けてきた女たちの悲哀の物語。清朝末期の台湾を舞台とした怪奇ミステリーコミックだ。タイトルになっている「守娘」とは、台湾で名高い怪異譚「陳守娘」のこと。この物語はそれを下敷きにオリジナルストーリーとして、差別と権力、鬼神と迷信、台湾に古くから存在する社会現象の裏側が女性の視点から描き出されていく。

名士である杜(ド)家の娘・潔娘(ゲリョン)がこの物語の主人公だ。良家の女子には当たり前だった纏足をされずに育てられた彼女は自由気まま。ひとりであちこち出歩くことができるし、読み書きだって自在にできる。両親亡き後は、兄に可愛がられてきた彼女だが、年頃になり兄嫁や親戚から結婚を勧められることにウンザリしていた。なぜならば、潔娘からすると兄嫁にしろ女中にしろ、結婚している周囲の女たちは幸せには見えないからだ。皆、「男の子を産むこと」にばかり囚われ、「女の子なら育てる意味がない」とさえ言い、ありとあらゆるまじないを試しては、上手くいかずに苦しみ続けている。潔娘にとっては「そんな人生なんて絶対に嫌だ」と感じずにはいられない。そんなある日、潔娘は川辺で見つかった女性の遺体に儀式を行う女性霊媒師と出会う。そして、その儀式に魅了された彼女は、その霊媒師に「自分を弟子にしてほしい」と懇願。自分の悩みを打開する道を探し求めていく。

いつの間にか潔娘の右脛についた、まるで子どもがすがりついたような小さな手の跡。何者かに追われているような感覚。迫ってくる小さな無数の手のひら……。潔娘は、霊媒師とともに、変死事件や人身売買事件の真相を追うのだが、数々の不可解な出来事に直面する怪異譚としてもゾクゾクさせられるし、事件の謎を追うミステリーとしても手に汗握る。だが、強くインパクトを残すのは、描かれる時代情勢。この時代に蔓延るあまりにも強烈な男尊女卑感情だ。本書には漫画の合間に、台湾の風習についての解説がコラムとして挟まれているが、漫画と併せてそれを読むと、ますます鳥肌が立つ。台湾の伝統的な風習では嫁入り道具から祝いの言葉まで、すべてに男児が生まれることを望む雰囲気が感じとれるらしい。女がすべきことは男児を産むことだけ。親の願いと裏腹に産まれてきた女児たちは、そのまま溺死させられることも少なくなかったというから驚きだ。漫画の中でも、女たちはスピリチュアルなものに縋り、ひたすらに男児を求め、女が女を苦しめていく姿が生々しく描き出されている。こういう時代が本当にあっただなんて。そんな社会に疑問を感じる潔娘と同じ視線でこの時代を眺め、同じように寒気を感じる。そして、そんな世の中で潔娘がどう抗い、自分の道を見つけ出していくのか、目が離せなくなってしまった。

今の時代はここまで酷くはないと信じたい。だけれど、「他の国の物語」「遠い昔が舞台の物語」とは到底思えない。どの国の歴史にも虐げられてきた女性たちがいる。そんなことに思いを馳せながら、これからの時代のことを考えずにはいられなくなる本作を、男女問わず多くの人が手にとってほしい。

文=アサトーミナミ

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