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「このくらいの優しさがないと世の中に生きる価値なんてない」映画『ニューノーマル』チョン・ボムシク監督、単独インタビュー

  • 2024.8.22
チョン・ボムシク監督

韓国を代表する女優、チェ・ジウの7年ぶりとなるスクリーン復帰作『ニューノーマル』が、新宿ピカデリー他にて公開中だ。メガホンをとった『コンジアム』(2018)のチョン・ボムシク監督へインタビューをお届け。インスパイアを受けた映画から細部の演出に至るまで、たっぷりお話を伺った。(取材・文:ナマニク)
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【著者プロフィール:氏家譲寿(ナマニク)】
文筆家。映画評論家。作曲家。日本未公開映画墓掘人。著書『映画と残酷』。『心霊パンデミック』サウンドトラック共作。ホラー映画評論ZINE「Filthy」発行人。コッソリと外国の自主制作映画に出演する隠れ役者。

©2023 UNPA STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.

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“ニューノーマル”は、パンデミック以降に浸透した言葉だ。しかし、パンデミック前後関係なく社会の急速な変化は加速する一方だ。移動や通信手段はもとより、人間の思考も凄まじい速度で変わり続けている。技術にあわせて生活や行動様式がより便利になっていく一方、弊害もある。

その変化に自分がどこまで追従できているのか? 取り残されているのではないだろうか? そんな不安や孤独を感じる人々も多いのだ。『ニューノーマル』は、そんな不安に苛まれ“病んだ”人々をオムニバス形式で描いた作品だ。

オムニバス映画というと散文的な作品になりがちだが、本作は各エピソードを非線形型(時間軸の変更)で並べ、絡み合わせている。この絡み合いが実に緻密。迷路のような展開で絶望と希望が入り交じった新しい“常態”をトリッキーに描いている。

見事な語り口で“ニューノーマル”を描いたのは、『コンジアム』のチョン・ボムシク。『コンジアム』では実在する廃精神病院を舞台に、配信者達の恐怖の一夜をPoV形式で描き観客を絶叫させた。だが、本作ではガラリと作風を変え、サスペンスからブラックユーモア、そしてホラーを横断するジャンルレスな作品となっている。しかも、各エピソードには往年の名作のタイトルを冠し、それぞれがオマージュを捧げる気の利いた作りになっている。

『M』、『殺しのドレス』、『いま、会いに行きます』、『血を吸うカメラ』、『ライフ・アズ・ア・ドッグ』となんでもありの面白いチョイスだ。『コンジアム』からどんな変化があったのか? チョン・ボムシク監督に話を伺った。

©2023 UNPA STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.

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——『ニューノーマル』は、オカルティックな『コンジアム』と打って変わって病んだ社会がテーマになっていると思います。チョン監督にとって世の中の“病み”をどんなところに感じますか?

チョン・ボムシク監督(以下、監督)「難しい質問ですね。他人への無関心と自分さえよければいいという利己主義が今の社会を作ったのではないでしょうか。間違った政治も大きな部分を占めていると思います。それにTVを見ただけでも、映画を超えるおぞましい事件が起きていることがわかります。それは皆さんも日々感じられることと思う。それ故、本作を手がけようとなったんです」

——冒頭に流れる、陰惨な事件を伝えるニュースは、そんな実情を伝えるためでしょうか?

監督「そうです。しかも、実際に起きた事件を脚色無く読み上げています」

——ショッキングですね。本作からは、ある種の絶望感というか「仕方がない」といった厭世観を感じます。

監督「同じ状況でも2つの視点があると考えます。一つは「世の中変わってしまったなぁ」と感じる視点。これが厭世観につながるものだと思います。もう一つは『へえ、そんなことがあったんだ』という無関心、無感覚な視点。私はこの相反する2点の混在を逆説的に『ニューノーマル』というタイトルに込めました」

——『ニューノーマル』のキャラクターでいうと『ライフ・アズ・ア・ドッグ』のヨンジンが体現していますね。

監督「ヨンジンの設定はミュージシャンなんです。彼女はパンデミックで仕事ができなくなり、嫌々コンビニでバイトをしている。そして世の中を悲観して「死んでしまいたい」とさえ思っている。まさに厭世観を持ったキャラです。

モデルにしたのは“Smashing Pumpkins”のジェームズ・イハと“a-ha”のモートン・ハルケット。中性的な造形を目指しました。『ライフ・アズ・ア・ドッグ』は世の中に怒りを秘めていた私の若い頃を反映しています。怒りをまき散らすのは良くありません。そんなことしても状況が悪くなるだけですから。でも、怒っても変わらない。そんな状況に対して憐れみを込めて作ったんです」

——世の中に対する思いがチョン監督の製作の原動力になっていたりしますか?

監督「いい質問ですね。思えば従兄弟達との遊びが原点なのかもしれません。私は従兄弟が多くて、しかも一番年上だったんです。だから、何か遊びを考えるときは私が主導していました。で、考える遊びといえば、皆を怖がらせたり、驚かせたりするものでした。

だから世の中……つまり観客の皆さんとコミュニケーションを取る方法として映画、とりわけホラーを作っているのではないかな。それからヨーロッパや日本の映画が私の栄養分であり土台になっています」

©2023 UNPA STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.

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——オムニバス形式の作品は幾多ありますが、本作はただの連作ではなくフレーミングとエピソードの結びつきがループのようで見事でした。脚本を書くに当たって苦労された点を伺えますか?

監督「シナリオを書いていて難しかったのは、登場人物ごとに時間帯を決めながらチャプターの順番を合わせることでした。 かなり細かく注意を払って作業しました」

——本作の為に『トリハダ』の版権を確保したと伺いました。確かに日常に潜む病的な恐怖という点で『ニューノーマル』に近いものを感じます。エピソードで言えば『今、会いに行きます』が一番『トリハダ』に近い感覚がありましたが、他に気になるオムニバス映画はありましたか?

監督「『ニューノーマル』のような非線形構造の映画としては、ジム・ジャムッシュ監督の『ミステリー・トレイン』(1989)とクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(1994)が好きですね」

——各エピソードが往年の名作のタイトルかつ、内容もオマージュを感じます。脚本を組んでいく段階でふさわしいタイトルをつけたのでしょうか? 迷ったタイトルなどはありますか?

監督「ほとんどシナリオを書きながらタイトルをつけました。『ニューノーマル2』のシナリオもすでに書き上げた状態ですが、そこにはホン・サンス監督の映画タイトルもあります(笑)」

——『Do The Right Thing』は、最も不条理な物語だと思いました。かつて、イギリスの首相であったらウィストン・チャーチルは「アメリカ人は正しいことをする。ただし、正しいこと以外をやり尽くした後だがね」という言葉を残しています。監督は、この正しいが安直とも思える『Do The Right Thing』という言葉をどのように受け止めていますか?

監督「考えさせられる質問です。安直な答えに聞こえるかもしれませんが、できるだけ多くの人、さらにすべて人が “正しいこと”をすれば、この世界はもっと良くなるのではないでしょうか」

——『Do The Right Thing』の冒頭、少年達がらせん階段で会話した後の引きの画がなんとも言えない危うさを醸し出していて、気に入っています。どのショットにもこだわりが感じられますが、監督の作品には独特の余白があるように思えます。その点、どうお考えですか?

監督「おっしゃった階段のシーンのように、どの場面を撮る時でも、観客に伝えたいことを一番よく表現できるショットは何なのかということをよく考えます。そのため、コンテ作業とロケーションハンティングを非常に重要視しています」

——私のお気に入りは『血を吸うカメラ(Peeping Tom)』と『My Life as a Dog』です。この2本は『ニューノーマル』の中でも、コメディとシリアスの両極に位置しながらも、繋がりがあります。意図的に振り切ったエピソードにしたのでしょうか?

監督「かなり細かく見てくれていますね! 質問を受けて感動しました。『ニューノーマル』のすべてのチャプターの色が違うのはコンセプトなんです。『M』はアメリカのホームコメディの感じを出そうとしたし、『Do The Right Thing』は白黒の古いディズニーアニメのテイストを借用した。『Dressed To Kill』は本格的なスリラー、『今から会いに行きます』はメロドラマのトーンで作りました」

<div>©2023 UNPA STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.</div>
©2023 UNPA STUDIOSALL RIGHTS RESERVED

——チェ・ジウさんのお芝居についてはネタバレになってしまうので触れられないのですが、表情の変化が素晴らしかったです。ヒョンジン役は彼女しかあり得なかったと伺っていますが、その理由をお聞かせください。

監督「ヒョンジョン役は誰も予想していなかったキャスティングであってほしかったです。その点、チェ・ジウさんのキャスティングは我ながら最高だと思いましたし、彼女がこれまで見せてくれたメロドラマ演技を忘れさせてくれる破格的なスリラー演技は本当に素晴らしかったと思います」

——オープニングの冷たいビルの色合いと、エンディングの優しく暖かみのある風景が非常に対比的でした。絶望的なエピソードばかりですが、少しだけ救われますね。

監督「正確に見てくれて嬉しいです。オープニングは6月に雪が降ることも“ニューノーマル”として受け入れなければならない現実を表現しているんです。そしてエンディングは、とある人物が賞味期限の切れたパンを頬張っているんだけど、暖かい色調にしました。『このくらいの優しさがないと世の中に生きる価値なんてないんじゃないかな?』と思ったんです」

——各エピソードの主人公が一人で食事を摂る場面だけを集めた『ひとり飯』もいいですね。韓国映画というと食事シーンですが、チョン監督は食事シーンにこだわりはありますか?

監督「私は食事というと小津安二郎の作品を思い浮かべちゃうんだけど…。映画での食事は家族や友人関係の断面を表していたと思います。昔、食事は家族でとるものでした。ところが、今は一人で食事をとることが普通になった。しかも『ひとり飯』では皆、ゲンナリした顔で食事をしています。孤独や孤立が社会的な問題なのか、システム的な問題なのか? を問いかけたかったんです」

『コンジアム』の破天荒な演出とは裏腹に知的で思慮深いチョン・ボムシク監督。『ニューノーマル』の各エピソードはもちろんオープニングからエピローグまで様々な仕掛けが施してある。続編の予定もあるとのことで、今後社会派ホラー監督として、目が離せない存在だ。

(取材・文:ナマニク)

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