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V字回復後の書店ブームに沸く英国で、熱視線を浴びる急進派書店とは【MY VIEW│清水玲奈】

  • 2024.8.21
1979年創業の、イギリスで最も古い歴史を持つLGBTQ +書店「ゲイズ・ザ・ワード」。Photo_ Paul Derrick
1979年創業の、イギリスで最も古い歴史を持つLGBTQ +書店「ゲイズ・ザ・ワード」。Photo: Paul Derrick

近年、イギリス各地で個性的な独立系書店が熱い支持を集めている。新たに創業する店も多く、書店ブームとも言える様相を呈している。イギリス書店協会(BA)に登録している独立系書店は、2016年の867軒で底を打ってから、ほぼ右肩上がりで増え続け、2023年末の時点で1063軒に達している。2023年に創業した書店は53軒を数える。本の定価販売を定めた協定が90年代に崩壊し、アマゾンの登場、電子書籍の急速な普及やリーマンショックを受けて、書店は減り続けた。コロナ禍でも、ロックダウンによる長期閉業に加え、流通の問題で本の仕入れが滞るなど大きな打撃を受けたが、その一方で、ロックダウン下で読書の楽しみを再認識した人、突然できた休みを利用して人生を考え直し、書店を開くという夢を叶えた人も少なくなかった。

自身も書店主でBAの書店開業講座の講師を務めるパトリック・ニールは、昨今の書店ブームについて、エシカルな買い物を重視する消費者がアマゾンを敬遠するようになり、デジタルネイティブの世代が紙の書籍の魅力を発見しているからだと指摘する。思いがけない本との出合いを叶えるセレクトとディスプレイ、著者のトークや読書会といったイベントに惹かれて、特定の本屋に通う人が増えている。成功する書店に共通するのが、価値観を共有する読者たちのゆるやかなコミュニティを形成していることだ。

急進派書店(ラジカル・ブックショップ)躍進の背景

その中でもとりわけ伸びが目覚ましいのが、急進派書店(ラジカル・ブックショップ)だ。社会正義や少数派の権利などを訴えるアクティビズムを、誰にとっても間口の広い書店という形態で行う。イギリスでは戦後から各地に存在し、60~70年代には若者世代を中心とした反体制運動に結びついて活発に活動していたが、その後、数が減り続けていた。しかし、2020年以降、全国で9軒が新たに創業し、老舗も順調に売り上げを伸ばして廃業の流れに歯止めがかかった。今では54軒が急進派書店連盟(ARB)に加盟している。

変化のきっかけは、コロナ禍により、低賃金労働者や有色人種に感染者が多く出て、社会の不公平が浮き彫りになったことだった。同じ頃、黒人の権利を訴えるBLM運動や、LGBTQ+の権利を訴える運動、そして気候変動への問題意識も急速に高まった。

1979年創業の、イギリスで最も古い歴史を持つLGBTQ +書店「ゲイズ・ザ・ワード」は、ロンドンの大英博物館のすぐ近くにあり、同性愛やトランスジェンダーが違法行為とされている国も含め、世界中から人が集まる聖地になっている。店主のジム・マクスウィーニーは、「LGBTQ+コミュニティに居場所を提供するとともに、いつでも誰でも入れる本屋を開いていることが、社会への意見表明なのです」と話す。過去にはウインドウを割られ、アメリカから輸入した本が税関で没収されるなど苦難が続いたが、現在では研究者や一般の人も多く訪れるようになり、売り上げは過去最高を更新し続けているという。

何十年にもわたる闘いの成果

また、ブライトンにある「カウリー・ブックショップ」は、社会の変革を目指すNPOカウリー・クラブが運営する。無政府主義、フェミニズム、LGBTQ+、気候変動などに関する本を置き、店長は置かずにボランティアが集団で運営している。最も年長のイアン・ブロスによると、かつては不法占拠した建物で活動していたが、「いつでも安心して集まれて、新しい仲間を迎え入れられる常設の場所」として、共同で建物を購入し、2003年にカフェを併設する書店を開いた。自由な思想の人が多い街ブライトンの気風を象徴する書店として愛されている。

ARBの代表で自らもロンドンの急進派書店「ハウスマンズ」の店長を務めるニック・グレツキは、「多様性や社会正義といった価値観を広めることに、急進派書店は確かな貢献を果たしてきた」と振り返る。「人種差別問題やフェミニズムなど、かつてなら急進的な思想と思われた考え方が、一般化しつつある。それは一夜にして起こったことではなく、何十年にもわたる闘いの成果です」

急進派書店がメインストリームに入り込んだことを印象付けたのが、2022年の年末、ロンドンのバービカン図書館で開かれたARB主催のイベント「Quiet Revolution(静かな革命)」だった。新旧の急進派書店の店主たちが登壇したシンポジウムは立ち見が出るほどの盛況で、併設のブックフェアも大勢の人で賑わった。このとき、かつてロンドンにあったフェミニスト書店「シルバー・ムーン」のジェーン・チョルメリー元店長は、「本を一冊売るごとに、世界を変えた」と語った。その言葉が、急進派書店の精神を象徴している。

Profile

清水玲奈

ロンドン在住のジャーナリスト・翻訳家。『世界の美しい本屋さん』ほか、書店や出版に関する著書・記事を発表。新著『英国の本屋さんの間取り』では、急進派書店を含め、イギリス各地の独立系書店を綿密に取材した。

清水玲奈さんの最新刊『英国の本屋さんの間取り』(エクスナレッジ)では、本記事にも登場する急進派書店を含む、多様な英国の独立系書店を「間取り」という視点から紹介する。
清水玲奈さんの最新刊『英国の本屋さんの間取り』(エクスナレッジ)では、本記事にも登場する急進派書店を含む、多様な英国の独立系書店を「間取り」という視点から紹介する。

Text: Reina Shimizu Editor: Yaka Matsumoto

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