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兵庫の場末映画館が「聖地」になった理由、仕掛け人に訊いた

  • 2024.8.21

2024年7月7日に開館71年目を迎えた、関西のミニシアター「塚口サンサン劇場」(兵庫県尼崎市)。その名物社員・戸村文彦さんが5月に上梓した『まちの映画館 踊るマサラシネマ』(西日本出版社)が、重版されるほどの評判を呼んでいる。

7月6日に「塚口サンサン劇場」でおこなわれた『RRR』のマサラ上映の様子。真ん中で手を叩いているのが戸村さん

閉館寸前だった「場末の映画館」(戸村さん談)が、全国の映画ファンが訪れる「聖地」になった過程は、映画関係者に限らず、地元密着型で活動する人たちからも注目を浴びているそう。そこで、著書の中で取り上げられたいくつかの取り組みをキーワードに、「町の◯◯」になるための秘訣を戸村さんに語ってもらった。

取材・文/吉永美和子

■「必ずしも映画を上映する必要はない」という選択肢

──『まちの映画館』、大変おもしろかったです。映画館に限らず、ライブハウスや小劇場なども参考にできそうな話がいっぱい詰まっていると思いました。

ありがとうございます。コロナの頃に配信していたコラムを、西日本出版社さんが「ほかのジャンルにも向けたメッセージ性がある」と興味を持って、出版までしてくれました。実際に別の業種の方からも「刺激を受けた」というようなコメントを、チラホラいただいてます。

「塚口サンサン劇場」の社員・戸村文彦さん

──15年前は閉館寸前だったと記されてましたが、今となってはそれが嘘みたいです。

映画という娯楽は絶対なくならないけど、劇場という場所はなくなってしまう。じゃあ映画「館」を残すにはなにをすればいいか? と思ったときに、「必ずしも、映画を上映する必要はない」という選択肢を持っておいた方がいいと思いました。

大きなスクリーンと最高の音響、座席と空調がちゃんとあって、安心安全という、映画館の特徴を活かせるものであれば、映画だけにこだわる必要はないんじゃないかな? と。本には書いてないんですが、脱出ゲーム(2016年の『あるレイトショーからの脱出』)をしたこともあります。

──なにかの作品絡みのイベントだったんですか?

まったくないです(笑)。どうせならバックヤードも含めて、映画館を全部使ってもらいたいと思ったので、映画を全部ストップしました。

2024年7月7日に開館71年目を迎えた、関西のミニシアター「塚口サンサン劇場」(兵庫県尼崎市)

──その発想も大胆ですね。とはいえやっぱり、マサラ上映や発声上映などの「映画鑑賞をイベント化する」という試みが、やっぱり劇場にとって大きかったのでは。

映画ってどこで観ても同じ内容ですけど、鑑賞にプラスアルファを入れたら、ここでしかできない体験や体感ができる。その方がお客さまの記憶や印象に、すごく残るんじゃないかと思いました。

「映画館は静かに映画を見る場所」であることは基本なのですが、それをちゃんと守ってくださるので、たまにはこういう上映スタイルもいいんじゃないかと。このことに気付かなかったら、今頃どうなっていたか想像できません。

7月6日に「塚口サンサン劇場」でおこなわれた『RRR』のマサラ上映の様子

■ お客さんがやりたいものは「正解に決まってる」

──そこで出てくるのが、もう一つのキーワード「受動的な鑑賞から能動的な鑑賞へ」です。日本の映画館全体もそういった流れになってきていますが、企画を売り込んでくるファンまでいるのは、本当にサンサン劇場さんぐらいではないかと思いました。

『パシフィック・リム』の「激闘上映」は、まさにお客様からの提案でした。お客さんが「やりたい」という言うものは正解に決まってるから、じゃあそれをやればいいや、っていう(笑)。

『マッドマックス』や『キングスマン』(の応援上映)辺りになると、コスプレをしたり、アイテムを持って来る流れができるようになりました。お客様が先頭を走ることができる道作りをして、劇場はその後を追っていくという形です。本当にいいお客さまにめぐりあえたし、それは非常にラッキーだったと思います。

踊り場にある上映作品解説ポスターは、劇場スタッフのオリジナル

──そうやってお客様が提案しやすい雰囲気を、普段から作っていたのですか?

もともとお客さんと劇場の間に変な壁がないから、すごくスタッフに話しかけやすいと思います。やっぱりここで何十年もやっていて、地元密着というのが非常に大きかったと思いますし、尼崎という土地柄もありますよね。あとはX(旧ツイッター)が、非常に大きかったです。

■ SNSは365日、24時間体制で発信

──そういえば、著書ではSNS戦略については触れられなかったですが、どのような対策をしていたんですか?

Xってスマホさえあれば0円でできるから(笑)、やらない手はないですよね。365日、24時間体制でずっと発信していました。こんなにやってる劇場はないと思いますよ。それによってお客さんの要望もわかるし、こちらがリポストや引用をするだけで距離がグッと縮まって、信頼関係みたいなものができてくる。宣伝というより、本当にお客さんとのコミュニケーションのためのツールです。

──実は私も、観たい作品をつぶやいてお返事をいただいたことが何回かあります(笑)。宣伝だけじゃなくてフォロワーとのコミュニケーションが上手い公式サイトは、まめにチェックしたくなりますよね。

宣伝するにしても、言葉の使い方、時間帯、タイミングとかはめちゃくちゃ勉強して、実践しています。「明日の◯時に、なにかありますよ」と一回匂わせを入れるとか、アニメーション作品の情報は、学生さんが帰って来る15時ぐらいに出す方が拡散しやすいとか。

ここまでSNSをしっかりとやってなかったら、こんなに多くのお客さんに認知されることもなかったですね、絶対。

■「それなりの役職の人間が、真っ先にバカなことをする」

──サンサン劇場さんのイベントは、カオスではあるけど無秩序にはならないバランスも見事ですが、なにか秘訣があるんでしょうか?

これは本にも書きましたけど「アホのマウントを取りに行く」という。やっぱり「なんとかして目立ってやろう」と悪ノリする人は存在するので、それを阻止するには、劇場の方が・・・しかもそれなりの役職の人間が、真っ先にバカなことをしたら「あ、余計なことせんとこう」っていう空気になるわけです。一番ダメな例を、率先して出す(笑)。

7月6日に「塚口サンサン劇場」でおこなわれた『RRR』のマサラ上映で前説をする戸村さん

──その「それなりの役職の人間」が戸村さんなわけですが(笑)。『ボヘミアン・ラプソディ』ではフレディに成り切り、『グレイテスト・ショーマン』ではミニパフォーマンスまで飛び出すとか、もはや戸村さんの前説は、完全に上映前の楽しみになってますよね。

昔は『爆笑レッドカーペット』のような、一発芸みたいなことをやったんですが、そういう場所じゃないと身にしみてわかりました(笑)。前説はあくまでも「ちゃんと映画を観ましょう、プラスアルファで楽しみましょう」というのを見せるためのものだと。

今はその作品の世界を壊さないよう、何回も映画を見て台詞を書き出したりして、お客さんが喜ぶ言葉を入れるなどの工夫をしています。

──映画の世界観をちゃんと反映したうえで、最大の禁止事項を見せるという。

そうですね。ただ単に「イベント上映やりますよ。時間が来ました、はいどうぞ」ではなく、なにかあった方がイベント感が出るし、その方が特別になる。それこそが体験、体感だと思うので、大変だけど今後もちゃんとやっていこうと思います。

■ お客さんは「パフォーマーでエンターテイナー」

──コロナ禍では花火大会を映画館で上映するとか、声を出さない応援上映をするとか、転んでもタダでは起きないような企画で乗り切ってました。

サイリウムで文字を作るとか、手話をするとか、鈴を鳴らすとか、お客さんはすごく考えてました。「声の代わりに、紙吹雪を撒いていいですよ」というときは、いろんな形の紙吹雪を持ってきたり・・・。「自分が考えたことを、周りの人たちは楽しんでくれるかなあ?」と思いながらやっているんでしょうね。

7月6日に「塚口サンサン劇場」でおこなわれた『RRR』のマサラ上映の様子

──そうなると、もう応援というよりパフォーマンスですね。

そうですね。お客さんはお客さんでパフォーマーだと思いますし、エンターテイナーだと思います。自分のファンアートを、見ず知らずのお客さんに配る方もいるんですけど、それも「みんな(この作品が)好き同士やから、受け入れられる」ということがわかったからです。だからお客さんも、クリエイティブな楽しさに気付いたんでしょうね。

自分たちで、より自分たちの時間をおもしろくすることができるって。それはすごく素晴らしいことなので、もっともっとみなさんには考えてもらって、おもしろいものを作っていただけたらうれしいです。それを超えるようなことを、こっちも考えなあかんというのは大変ですけど(笑)。

■ 周辺のお店も能動的に…「町に映画館がある」ことの意義

──さらに劇場だけでなく「地元も一緒に盛り上がる」というのも、著書に出てきた一つのキーワードでした。なかでもマサラ上映に使うクラッカーが、塚口周辺だけ異様に売上が高いということで、クラッカーの会社が動いたという話がおもしろかったです。

日本のクラッカーの9割のシェアを持っている「カネコ」さんの営業が、「阪神間だけで急にクラッカーが売れだした」って、うちを訪れました(笑)。本当にどこでなにがつながるかって、わかりませんよね。

逆にそれをネタにしたら、周辺の100均ショップがなにも言わなくても、クラッカーとか、紙吹雪を入れるための洗濯ネットとかをそろえてくれるようになりました。多分ちゃんと、見てるんでしょうね。

──「近々、サンサン劇場でマサラ上映があるから、クラッカーを補充しとこう」と。周辺のお店まで、能動的になってしまった。

でもそれって、ちゃんと買う人がいるからですよ。「文化祭おもしろかったなあ。でも儲からなかったなあ」じゃ、次は絶対にない。映画館だけが盛り上がってもしょうがないんです。

1人でも近隣のお店に食べに行ってもらったり、買い物をしてもらいたい。我々映画館が地元を盛り上げる、本当に微力ながらも一助になれば、「町に映画館がある」ことの意義が出てくると思うんで。商売として双方がそれなりに成り立つ関係を持たさないといけないというのは、すごく気をつけています。

地元密着のミニシアターらしく、周辺のお店の情報も充実

──まさに「町の映画館」として「なくなったら困る」場所になったのではないでしょうか。

「こういったことをみんなで共有できる、楽しめる場所がなきゃ」と思ってくれる人が、一人でも増えてくれたら、僕らが10数年やってきたことが正しかったんだろうと思いますし、これからも残していきたいな、と。映画館という場所に、そういった付加価値をつけることができたという、一つの証かなと思ったりします。

■ 「もっと世の中に寄り添うようなことができたら」

──「もうちょっとこういうことがしたい」と思っていることはありますか?

やっぱりコロナの3年間を経て「もっともっと世の中と身近にならなければ」と、すごく思いました。今までは世間がビックリするような、いかに奇抜なことができるか? を考えていたんですけど、世の中の人にとって「やっぱり映画館って大事だよね」という場所にならなきゃいけない。

そのためには、もっともっと多くの人の声を聞いて、いろいろ察して、いろいろ感じて。シンプルに「あ、これ観たい」と思わせるような番組編成を組まなきゃいけないし、もっと世の中に寄り添うようなことができたらと思います。

──最後に「町の◯◯」として、人が集まるような施設にするために、これは絶対必要だと思うことはありますか?

「町の」と付く以上は、町との密接感が大事。そのためには・・・本にも書いたんですけど、「人を集めるためには、まず人を集める」という、ちょっと禅問答のようなことが(笑)。

やっぱり人って、人が集まる場所にしか集まらないんですよ。そのためにサンサン劇場では、週末に試写会を定期的にやって、お客さんに「あれ? 今日はサンサンめっちゃ人おるな」と植え付けさせて、そこからイベントを打っていくということをやりました。それはなかなか、効果的だったと思います。

「日本一きれい」という自慢のトイレも話題

──なにかきっかけを作れば、呼び水になるということですね。

ジャンル次第で、いろいろあると思います。でもすべてにおいて言えるのは、やる側も「楽しい」というフィルターを通さなくちゃいけないということです。イヤイヤじゃなくてね。

意義とか大義とか堅苦しいことは置いといて、単純に「おもしろそう」「楽しそう」という気持ちが真っ先に来たうえで、じゃあみんなでなにができるのか? と考える。「楽しい」という純粋な、シンプルな気持ち。これが一番大事かな、と思ったりしますね。

『まちの映画館 踊るマサラシネマ』は8月9日より電子書籍でも配信スタート。

今年も「塚口サンサン劇場」では、スクリーンで花火大会の映像を鑑賞できる『長岡大花火 打ち上げ、開始でございます』 が、8月16日から1週間限定で上映される。

「塚口サンサン劇場」

住所:兵庫県尼崎市南塚口町2-1-1-103

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