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「臭いやつ、触りたくないけどぁぁぁぁわぁきもちいいい」というパン作りの話【教えて!世界の子育て~ドイツ~】

  • 2024.8.21

海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。今回、ドイツからリアルな子育てのようすを届けてくれるのは中原さんです。

昔の人が食べていたドイツパンを食べたい! ザワータイクブロート始めます

ゴリゴリ……ゴリゴリ……
ある夜、私は雑穀ご飯用の穀物ミックスを粉にしようと四苦八苦していました。
「なんて硬いんだ穀物というのは」
相手は小麦、大麦、スペルト麦、ライ麦、カラス麦、ヒエの6種類。
乳鉢やすり鉢をとっかえひっかえ小麦や大麦をゴリゴリとすりこぎの下で滑らせてため息、一向に粉になる気配がありません。

「おかあさん、すりばちじゃ無理だよ。臼やミルを使わないと」
やけになってゴンゴン叩き潰そうとしていたら音を聞きつけた子どもたちがやってきました。
「粉にするの保育園では石臼使ったよ」
「もっと重くて硬いものですり潰さないと」
と、村の長老がくれそうな知恵をくれました。
「おお、なるほど」
あいにく石臼は用意がないので飾りにしていたコーヒーミルを棚から下ろしました。ホコリを払い雑穀ミックスをざらざらと入れ、ミルのハンドルを回してみます。すると手応えが。
「あ! 粉になってる!」
ごごご、ごりりりり、、、粉にはできるけれど、とても硬い。コーヒーミルという道具は軽やかにローストしたコーヒー豆の為のものであって生の雑穀のための道具ではないのです。
「ああ、粉をひくって大変だなぁ」
「だから昔の人は風車とかロバとかにひかせたんだよ……手でひくのほんと疲れる。保育園の時大変だったんだから」と村の長老たち。

「臭いやつ、触りたくないけどぁぁぁぁわぁきもちいいい」というパン作りの話【教えて!世界の子育て~ドイツ~】の画像1
コーヒーミルで粉ひき。子どもたちも手伝おうとしてくれましたが子どもの力ではとても無理でした。穀物がこんなに硬いとは……風車や水車がほしくなりました。

さて根性で無理矢理ひいた粉に、同じくらいの量の水を混ぜました。それにかるく蓋をして台所のテーブルに置きっぱなしにすると酵母が起きてきて発酵してくれるらしい。
「おかあさん、これで何するの?」
「これでパンを焼きたいと思う」
「ええっ! おかあさんはパン焼くのへたじゃん、それなのにこれで焼くの!?」
「うん、まあ。焼けないかもしれない」

私がパンを焼こうとすると、歯に危険を感じる硬いものが高確率で焼き上がるので家族は警戒するのです。
ドイツには水を入れて混ぜて寝かせて焼くだけのお手軽パン焼きミックス粉が売ってるんだけどそれすらもうまいこと焼けたためしがないから私はきっとイースト菌に嫌われている。でも今回仕込もうとしているのはザワータイク。

ザワータイクSauerteigとは、パン焼きに用いる酵母種のひとつです。一般的なパンがイースト菌を用いるのに対し、ザワータイクブロートは穀物に元々ついている菌を用いて焼いたパンで、どうやら穀物をひいた粉に水を混ぜただけで酵母ができ、昔の人が食べていたパンの味にありつけるらしい。……というのは以前から耳にしていたのだけど、その夜晩酌していたら突然ビールの泡がシュワシュワと囁(ささや)いたのです。「いまだ、やれ」「イースト菌には嫌われてても、ザワータイクなら焼けるかもしれないよ」と。

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はるか昔、パン種はビール醸造所と同じギルドで扱われていたそうで、街中には古いレリーフがまだ残っています。ビールの泡はパンの従兄弟。

ビールを飲み飲み立ちのぼる泡を見ながら私は昔のヨーロッパの人々が命をつないでいた主食、パンについてぼんやり考えていました。
スーパーなどで買える「パン」とは違う味わいで滋養に満ちたものであったことを中世の城の解説では聞き、中世飯レストランではやたらとうま味に富んだ酸味のあるパン「いにしえパン」を食べました。いにしえパン、あれは確かにうまかった……。ドイツに来て10ウン年、ウマいウマいといろんな種類の「ドイツパン」を食べ舌鼓を打ってきたけれど、あの「いにしえパン」はなんだったのだろう。
あたしゃああいうのをまた食べたい。できることなら頻繁に。そしてパンを食卓に出すなら栄養があるパンを出したい。

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中世の絵画を見ていても描かれてるパンが気になってしまう。ねえ、それどんな味ですの……?

そんなふうに、食欲に突き動かされ勢いだけで始まった私のパン作りは初手からしくじりのフラグがバンバン立っていました。「粉と水を混ぜておくだけで発酵種ができる!」ってざっくり情報すぎる。それではビールの囁きで仕込んだ発酵種を見ていきましょう。

1日目(仕込んだ翌日)
穀物の匂いがする。慌ててザワータイクの本を手に入れてくるが雑穀ミックスを発酵種に使うレシピなんてどこにも無い。不安になる。

2日目。
はい! 何かが発酵している。牛にやる飼料、サイロ、発酵した草の匂い。夫の鼻に近づけたら「ゴハッ」とむせていた。もっと不安になる。

3日目。雑穀粉と水を足した。
匂いはさらに強くなった。夫に瓶を見せると逃げるようになった。子どもたちは「これ腐ってるよ」「くさい」「くさい」と言いながらかわるがわる嗅ぎにくる。わかるよ、くさいものは何度も嗅ぎたくなるよね。ああ、これはいよいよ失敗かもしれない。

4日目。雑穀粉と水を足した。
横から見える気泡が大きくなる。カサが増した。発酵牧草の匂いの中にヨーグルトのような匂いが混じり始め、明らかな変化を嗅ぎ取ることができて私は大喜び。こんなに楽しいのに夫はまだ瓶を恐れている。愛着が湧いてきたので名前をつけた。KG6、カー・ゲー・ゼクス(Kaufland というスーパーで買ったGetreidemischung 6種類の雑穀ミックス)、おまえは今日からカーゲーゼクスだよ!

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5日目。
とうとう私の好奇心が待てなくなったのでパンを焼くことにした。

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種が増えてしまうので瓶を大きくしていきました。育ったね、カーゲーゼクス。

粉(ライ麦粉、スペルト小麦粉などを買ってきて混ぜた)500g、水350g、塩10g、発酵種を100g入れて混ぜ、休ませたりこねたりを繰り返してできた生地は、パン生地とは思えないデロデロ具合。

「おかあさん、これべっちゃべちゃで牛のうんこににてるね」
「異論は無い……」
「パンになるの?」
「わからない……」

リンゼ「これはあのくさいやつだよね……さわりたくないけどぁぁぁぁわぁきもちいいい……」

250℃に熱したオーブンに入れて焼きます。
焼き時間の半分は蒸気を当てブワーーー! と焼くそうなので熱湯を入れた耐熱容器も生地の横に置いてみます。
「……なんでお湯も焼くの?」
「わからない」

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40分後、見事なせんべい座布団が良い香りと共に焼き上がりました!
ずっしりと重く、フワフワふっくらしたパンとは違う。でもドライイーストもベーキングパウダーも使ってない割にはしっかり膨らんでカチコチじゃない。うちのカーゲーゼクスは頑張ったのです。味も面白い。というかパンとしては食べたことがない、うま味が強くてパンチがある。モチモチしっかりした弾力に酸味、どこか煎り大豆のような香ばしい味もします。

イーストで発酵させたものとは全く異なる香り、これはザワータイク特有のものなのでしょうか。

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カーゲーゼクスが頑張った。平たいけどキチンとパンしてる。

その日の夕食、夫も子どもたちも「お~いし~い!」 「すごいね、水と塩と穀物粉だけなのに」とぱくぱく食べてくれました。信じられません、私のパンが! 歯を脅かさずに家族の胃に収まる光景を見られるなんて!

この味が正しいザワータイクブロートなのかどうか、おコメの民の私にはわかりません。「正しいザワータイクブロートなんて無いんじゃない」と瓶から逃げていた夫は言いますがどうなんだろう。英語ではサワードウと言われているこの酵母の起こし方も、本やネットを見てるとドイツではなんだか目指すパンが違ってる感じがする。いやはや、私はパンを何も知らない。

でもビールの囁きに従ってみたらパンの成り立ちのようなものにも触れることができました。濡らした小麦粉が腐ってしまいもったいないと焼いてみたら意図しないうまさだった、そうやってパンを見つけた人の驚きと喜びをなぞるような体験はとてもドラマティックで愉快で楽しかった。家族全員で瓶に顔を突っ込んで「クンクン、これ腐った?」と昔の人もやってたのかな。

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今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て

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