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「自分でも困るくらいスケベになります」昭和のサブカル雑誌は女性の性をどう描いたか

  • 2024.8.11

「女性の性の解放」を昭和のサブカル誌はどのように描いてきたか。立命館大学准教授の富永京子さんは「『ビックリハウス』の女性編集者や読者たちは、他誌のように身体に関する語りをかなりあけすけに行ったものの、それが政治的・社会的な意味での『性の解放』に至らなかった」という――。

※本稿は、富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史 サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』(晶文社)の一部を再編集したものです。

ローラースケートを履き、ディスコサウンドに乗って踊るカップル=1980(昭和55)年4月20日、東京・代々木公園
ローラースケートを履き、ディスコサウンドに乗って踊るカップル=1980年4月20日、東京・代々木公園
『ビックリハウス』の性の語り

では、貞淑でつつましやかな主婦からはもちろんのこと、キャリア・ウーマンの表象からも距離をとる女性編集者たちは「性の解放」についてどのように捉えていたのだろうか。

彼女たち自身の「性」の語りは、彼女たちが「キャリア・ウーマン」と捉える人々の語りと何が異なるのか、本項では他誌の「性の語り」と比較する形で明らかにする。以下は、新コーナーのタイトルについて編集者間で議論が行われた経緯を記録した記事である。


この『〜日記』のパターンは、女性スタッフの異常なコーフンを呼び、一瞬、編集部内は騒然となった。『アンネの日記』‼ 『生理の日記』‼ 『アンネ・メモ』『ニーナの日記』『ドバドバ日記』『キャリア・ウーマン日記』『オギノ式日記』――もう完全なヒステリィ状態で、私はいっそのこと『ドバドバ日記』とネーミングし、女性スタッフ陣の基礎体温と生理日などを毎月、発表していこうかと思うのであった。
(『ビックリハウス』1982年1月号、92頁)

誌面における身体部位の頻出語

この記事では「キャリア・ウーマン」という個の解放をあらわす言葉と、「ヒステリィ」「生理」といった、身体にまつわる性の解放(と言えるかどうかわからないが)の言葉が並んでいる。

この両者の混在自体は他のメディアでも見られるものであり、ウーマンリブの提示した「自立した女」像は、当時の流行語となった「翔んでる女」言説やフリーセックスといった議論とともに言及された【*1】。

江原由美子はこのような性と個の混同があったからこそ女性解放運動のメッセージが広がったとしているが、『ビックリハウス』の身体に対する言及は上記のようにかなりあけすけで、同時期の女性誌における「性の解放」を語った記事【*2】とはやや異なる様相を示す。

例えば次の表(図表1)は『ビックリハウス』の女性編集者による記事、識者のインタビューや寄稿、また読者投稿が身体のどのような部分に言及しているのかを析出したものだ。女性の美容整形を分析した谷本奈穂の研究に倣い、身体の部分に関する語句をKHCoderで抽出し、以下はその出現回数順に上位から並べた【*3】ものである。

【図表】『ビックリハウス』において女性編集者・ 読者が言及した身体部位の頻出語
出典=『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史 サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』(晶文社)
高い頻度で語られる「顔」「胸」「尻」

「目」や「手」といった単語に関しては、「駄目」「手紙」や「目につく」「手がかり」などといった記述も数多く抽出されるため直接的に性的な言及をされているものばかりとは限らないが、「顔」や「胸」「尻」などは高頻度で出現する。

先行研究が検討したほかの女性誌においても、こうした部位に関する言及は数多く見られるが、先行研究にあって『ビックリハウス』にない部位としては「膣」「クリトリス」といった性交や自慰とより強く関連する部分が挙げられる【*4】。

また、言及のされ方も、性体験や異性との関わりを主題とした他の女性誌とは大きく異なる。『ビックリハウス』では、以下のような記述が多数を占める。


兄が「お前よりボインだも〜ん」と胸をはって言った
(読者投稿、19歳・女性、『ビックリハウス』1984年11月号、55頁)

少女のようなオッパイさすり、BH[ビックリハウス]教養・文芸・知的・ローカル線を、多少ナマリながらも、歩き始めました。多大のご声援を。(K)
(編集者コメント、『ビックリハウス』1978年3月号、160頁)

「笑い」や「卑下」で語られる身体の言及

これら『ビックリハウス』の記事に対して、先行研究が示した「胸」に関する言及は「彼が私の髪の毛やまだ未発達の胸に触れると、自分が360度異なった人間になっていくような気がした」【*5】(『モア・リポート』)のようなもので、他誌と比べ『ビックリハウス』の投稿者や編集者は身体の特徴を「笑い」や「卑下」とともに語る傾向があることがわかる。

身体に関する言及のほとんども、性体験とは関係なく「誰かこの脂肪をもらって下さい! ニンシンしてません 単なる出腹です」【*6】「私の顔の体積はバスケットボールの1.8倍あります」【*7】(読者投稿)といった、自らの容貌を低く評価する、いわゆる「自虐」的な内容であることも特徴的であり(406件中112件)、読者投稿も女性編集者による記事も同様の性格をもっている。

他誌のように、身体の部位を性交や自慰と関与させながら語った記事は、406件中3件(性交)、8件(自慰)ときわめて少なく、比較的多い内容としては「私、女の人の裸を見るとアソコがうずいて濡れるのがわかる」【*8】「生理の直前になると、オッパイが張って、自分でも困るくらいスケベになります。異常体質ですか?」【*9】(読者投稿)といった、性交や自慰にいたらない性欲の発露(406件中51件)がある。

広げて積まれたたくさんの雑誌
※写真はイメージです
『話の特集』における月経の語り

ここまでをまとめてみると、「顔」「胸」「尻」といったセクシュアルな身体の部位に言及する点までは他の女性誌と同様だが、性交や自慰といった記述の占める割合はきわめて少なく、他誌において語られる「性の解放」が、基本的にはセックスを指すことだとすると対照的である。

ビーチを歩くカップルのシルエット
※写真はイメージです

また、サブカル誌における女性の語りと比べても、『ビックリハウス』の女性たちの言及は独特だ。例えば「月経」に関して、『話の特集』連載「男たちよ!」で対談した中山千夏と小沢遼子(作家・浦和市議会議員)、山口はるみ(イラストレーター)は次のように語っている。


【千夏】 生理用品の支給にしても、生理休暇にしてもさ、男にはそれに代わるものがないじゃない、だから腹立たしいかな。

【遼子】 そう、それにね、昔から男固有のものに対する、男の差しでがましさったらないわね。想像を絶するのよ。(中略)女が男に言うことと比べたら盛大に男は言ってるわよ。

【千夏】 私が言ってる女性解放ってのは、いったいなんなのだろう、って考えたのね。それでね、ハタとうろこが落ちるように解わかったことはね、とにかく女のすることにとやかく言わないで欲しい、ってその一言なのよ。ほっといて欲しいってね。男のすることに、女がなんか言いましたかってね。
(『話の特集 200号 話の特集の特集』、247頁)

社会的な「性の解放」には至らない

中山らは終始、生理休暇の是非、トイレにタンポンを設置するか否かといった社会的な課題と連続する形で「月経」を語っているのに対し、『ビックリハウス』で語られる「自分でも困るくらいスケベになります」という「生理」語りにはそういった側面がほとんどない。

このような背景として、初代編集長・萩原朔美は『ビックリハウス』がパルコ資本であり、女性を主要な顧客層とすることから、セックスをはじめとする性的な話題に言及し難かったという経緯を語っている【*10】。

富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史 サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』(晶文社)
富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史 サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』(晶文社)

また『ビックリハウス』の編集者たちが、いわゆる「キャリア・ウーマン」に代表されるようなキャリア女性と距離をとっていたことから、そうした女性たちとの差異化としてある種の親しみやすさを演出した可能性もある。

しかし、それだけでは「ブス」(32件)や「便秘」(16件)「デブ・肥満・ぜい肉」(12件)といった、自身の身体・容貌に対する卑下・貶めに関する記述をなぜ『ビックリハウス』の女性編集者と読者が繰り返したのか説明できない。この論点は本章の問いの範疇を超えるため第3部にて再度言及することとし、ここでは『ビックリハウス』の女性たちが他誌と同様に身体に関する語りを行ったものの、それが政治的・社会的な意味での「性の解放」に至らなかった点を指摘するにとどめたい。


*1 斉藤正美「クリティカル・ディスコース・アナリシス─ニュースの知/権力を読み解く方法論─新聞の「ウーマン・リブ運動」(1970)を事例として」『マス・コミュニケーション研究』第52号、1998年。江原由美子「フェミニズムの70年代と80年代」江原由美子編『フェミニズム論争─70年代から90年代へ』勁草書房、1990年。
*2 小形桜子『モア・リポートの20年』。桑原桃音「1970〜1990年代の『セブンティーン』にみる女子中学生の性愛表象の変容」桑原桃音「1970〜1990年代の『セブンティーン』にみる女子中学生の性愛表象の変容」小山静子・赤枝香奈子・今田絵里香編『セクシュアリティの戦後史』京都大学学術出版会、2014年。岡満男『婦人雑誌ジャーナリズム』。池松玲子「雑誌『クロワッサン』が描いた〈女性の自立〉と読者の意識」『国際ジェンダー学会誌』第11号、2013年」。
*3 谷本奈穂『美容整形というコミュニケーション──社会規範と自己満足を超えて』花伝社、2018年。
*4 小形桜子『モア・リポートの20年』など
*5 モア・リポート班編『モア・リポート』、37頁。
*6 『ビックリハウス』1982年9月号、110頁。
*7 『ビックリハウス』1983年11月号、60頁。
*8 『ビックリハウス』1983年3月号、60頁。
*9 『ビックリハウス』1983年8月号、126頁。
*10 萩原朔美氏インタビュー、筆者による。2022年10月19日。また、同内容の語りは『ビックリハウス』131号(2005年刊)でも見られる。

富永 京子(とみなが・きょうこ)
立命館大学産業社会学部准教授
1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授。専攻は社会学・社会運動論。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。著書に『社会運動のサブカルチャー化 G8サミット抗議行動の経験分析』(せりか書房)、『みんなの「わがまま」入門』(左右社)など。

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