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輪島便り~若き塗師・秋山祐貴子さんが綴る、復興の道半ばの能登、黒島町の暮らし【第六回】

  • 2024.8.10

輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子

輪島
夏の日差しともに深まっていく野山の緑。その茂みのなかで姫檜扇水仙の花がひときわ鮮やかに、風に揺れている。

梅雨明け間近の日差しのなかで

 

能登は7月に入ると、暑さに加え湿度が高くて、空気中の水分が体にまとわりつき、水のなかを泳いでいるような気分です。ざあざあ降りの激しい雨音が止むと、どこからか蝉の声が聞こえて、ひとつふたつと重なっていきます。

 

野山に入ると、高く伸びた夏草がむわっとした空気を漂わせ、斜面には姫檜扇水仙(ヒメヒオウギスイセン)の緋色の花が穂になって、燃えるように咲いています。そして、町の道端には白や薄紫色の槿(ムクゲ)や立葵、橙色の鬼百合(オニユリ)や忘れ草(ワスレグサ)がまばゆい日差しのもと鮮やかに花開きます。

 

畑には色とりどりの野菜が実り、目を楽しませてくれます。汗をかいて火照った体の熱を発散してくれる夏野菜は、この時期だからこそ、より美味しくみずみずしく感じられます。

むくげ
朝早くに開き、夕方にはしぼむ槿の花。ひと夏かけて、一本の木のなかで次々と花を咲かせては散っていく。
忘れな草
忘れ草の花には、地震に出合った人々の心にそっと寄り添い、後押ししてくれるような力強さがある。
冷たい野菜のスープ
旬の夏野菜でつくった冷たいスープと自作の漆椀。木を削ってつくった漆器には、ほどよい保温性があり、盛りつけてから食べ終わるまで冷たいままを味わえる。

水の輪、人の輪

地震発生の翌日、黒島町ではご近所さんが自家用に引いていた山水を配管して、水汲み場や洗濯機を設置したスペースを整えてくださいました。その場所が水を求めて集まる住民の情報交換の場になっていきます。

 

3月下旬には地域の上下水道が復旧して、各世帯で家の蛇口をひねって水が出るようになると、町全体に少しずつ日常らしい空気が戻ってきました。

 

町を歩いていると、民間のボランティアとして瓦礫の片付けや炊き出しを手伝ってくださる方々、復旧復興に向けた取り組みに力添えしてくださる方々に出会うようにも。

 

時を同じくして、黒島町に関わる有志が集まり、今後のまちづくりに向けた意見交換や勉強会がオンラインではじまりました。

 

 給水所
地震後に町の駐車場の一角にしつらえられた水汲み場。上下水道が使えない間、ここに多くの住民がポリタンクを持って集まり、山水を生活用水としていた。(7月撮影)

黒島のみらいを考えていく

4月上旬そのコミュニティをもとに、まちづくり協議会の準備組織として、「黒島みらい会議」が発足。震災により町民の多くが暮らしの場を失い避難生活を続けるなか、会議のメンバーによる、町の被災した建造物の状況とその住民の意向調査が始まりました。

 

この地に住む人がいて暮らしが営まれ、暮らしがあって家が管理され、家があって町並みが維持されていくという考えのもと、一軒ずつの声を聞き取ることを大切にして、調査は進められました。

 

この意向調査によると多くの町民は自宅で暮らしたいと思っているものの、現実的には様々な課題が浮かび上がります。例えば、地元の工務店は、仮設住宅の建設や周辺地域全体の修繕の仕事を沢山抱えていて、人手が足りない現状。また、多くの伝統的な建造物が甚大な被害を受けたため、黒瓦などの建材も足りません。

 

昔ながらの工法でつくられた建築に住まう世帯にとっては、自宅の修理にむけた相談や工事をしたくても、なかなか前進できない状況にあるのです。

 

そこで、「黒島みらい会議」はこのような地域の課題と向き合い、「認定NPO法人日本都市計画化協会」の協力を得ながら、休眠預金活用事業を通じて「黒島地区の住宅の安全確保と2次避難者の帰還支援」に向けた取り組みをはじめています。

 

 

黒島
町の駐車場にある昔ながらの石垣と石段。ここに停めてあった自動車が地震で崩れた土砂に埋まってしまったが、「黒島復興応援隊」の尽力により救出された。

新しいかたちの日常を一緒につくっていこう!

黒島町には、ボランティアとして集まってくださる方々が多くいらっしゃいます。

 

地震直後に「黒島支援隊」と「黒島復興応援隊」がそれぞれに組織され、お互いが連携し合い、地域住民の暮らしに寄り添った支援活動を進めています。黒島町は、地震前の時点で高齢化率75%とも報じられていたように、90代のひとり暮らし世帯も珍しくありません。過疎化が進む町で、ボランティアの方々が復旧復興の星となって活躍されています。

 

「黒島支援隊」は、黒島出身で兵庫県姫路市在住の松澤由美子さんと稲垣智美さんが中心となって活動しています。

 

姫路の不徹寺に拠点を置き、両地を行き来して「遠くに居てもできる支援、離れていても支える道を作りたい」と、穏やかな笑顔で語るおふたり。心のケアやお茶会などのイベントの開催、各世帯への見守り訪問、黒島新聞の発行や黒島連絡網としてLINEを活用した情報発信などを推進してくださっています。

 

自宅や仮設住宅に住まう方々だけでなく、地元を離れている方々にとっても、心を通い合わせることのできる場や仕組みづくりなど、お互いの顔が見えるきめ細やかな支援が広がっています。

ボランティア
黒島町ボランティア拠点。木製の格子窓は、この町並みの特徴のひとつ。
 黒島応援隊
「黒島支援隊」の皆さん。町の方々へお茶を一服点て、心和らぐひと時を。何気ないおしゃべりをきっかけに、人の輪や風土への理解が深まっていく。 

「黒島復興応援隊」は、黒島在住の杉野智行さんが現地で黒島応急修繕チームとしてはじめた活動を軸に、日本全国からメンバーが集合。

 

メンバーそれぞれが得意なことを持ち寄って、被災した建造物の応急修繕や瓦礫の除去作業、リラクゼーションなどを行い、地域を元気づけてくださっています。

支援をしてくださる方々、支援を受ける方々、それを支えてくださる方々、それぞれの小さな思いやりが人々の心にあたたかさや潤いを届け、生きる希望となり、寄り添い合って輪になっていく……このような集合体がこの地域の新しいかたちとなっていく予感がします。

 

ボランティア活動を通じて、色んな痛みや苦しみを分かち合い、心が折れそうなときも励まし合い、楽しみや喜びを一緒になって笑い合えるような人間らしい関係性から、和やかな雰囲気が育まれています。

黒島のこころ、古き良きものを残したい

2024年の年明け、黒島町の若宮八幡神社では元旦祭が行われました。その夕刻の大きな揺れによって、お宮さんが倒壊したとともに、お神輿も潰れてしまいました。

 

氏子総代や地元の方々がぺしゃんこになったお神輿を救い出し、6月に入って黒島支援隊がそのバラバラになった状態の一式を兵庫県姫路市にある宮大工棟梁のもとへ運んでくださいました。

 

そして、お神輿の部材を確認していただいたあと、棟梁から修復が可能とのお知らせ。

 

これから神社や鳥居の改修工事に加え、お神輿の修復について、資金をどのように調達し伝統文化を継承していくのか課題は山積みですが、来年以降の夏祭り、そして神事の復活に向けて一歩前進です。

若宮神社
境内の石段の途中にある木製の鳥居。地震による倒壊は免れたものの、激しい揺れで要石から落ちてしまった。(1月撮影)
神社の宝物
神社に奉納された品々も大きなダメージを受けた。明治や大正時代に綴られた筆文字、その古きよき箱書きからは、この町の栄枯盛衰の歴史が伝わってくる。(5月撮影)

関連リンク

黒島みらい会議Facebook

黒島支援隊Instagram

黒島復興応援隊Instagram

photography by Kuninobu Akutsu

秋山祐貴子 Yukiko Akiyama

 

神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。 現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。

 

 

 

関連リンク

 

秋山祐貴子ホームページ

 

『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…

 

輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。

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