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恋愛感情はなく肉体関係もムリ…34歳・アセクシャル女性が「契約婚」と人工授精で2児の母になるまで

  • 2024.8.6

「自分だけが“珍人種”だと思っていた」。愛も性も必要としないミレニアル世代のアセクシャル女性が、自ら選んだ「お相手の方」との家庭とは――。

性問題
※写真はイメージです
男性同性愛者と契約婚して2児を授かる

「子どもからすれば、普通のお父さんとお母さん。夕食は子ども2人と私たちで、一緒にテーブルを囲んで。だから、普通の家庭と変わらない」

小林翠さん(仮名、34歳)があえてこう語るのは、「普通の」とくくられる家庭と、翠さんと夫が築く家庭が内実を異にするからだ。翠さんはふわっと柔らかな雰囲気を持ちながら、自分の思いや気持ちを伝える言葉を正確に選ぶ、確かな芯を感じさせる女性だ。

翠さんは夫のことを終始、「夫」とも「彼」とも言わず、「お相手の方」と話した。それ以外の表現がきっと、難しいのだろう。

翠さんは戸籍上の夫との間に、恋愛も性行為もない夫婦として、一つ屋根の下に暮らしている。夫の子どもが欲しいという希望を受け、人工授精で授かった子どもは4歳と2歳。ふたりは子どもの両親として、共同で育児に当たり、一家4人の家庭を築いている。

翠さんは自身を、恋愛も性行為も必要としない「アセクシャル」だと自認する。

20代で「通常の結婚は無理だ」と判断した翠さんが選んだのが、この恋愛も性行為も伴わない、通称「友情結婚」だった。翠さんは日本で唯一、友情結婚に特化した結婚相談所「カラーズ」で婚活を行い、さまざまな条件のすり合わせの結果、男性同性愛者と契約結婚。結婚当初から同居し、子ども2人を自分の子宮で育くみ、出産した。

男女問わず誰でも同じように好き

翠さんは中学生の頃から、「ナンカ、違うな」と友人たちに違和感を抱いていた。

「友達同士で好きな人の恋バナになると、みんな、好きな異性が当たり前にいるよねというのが前提なんですが、自分の中では、『ええ~?』って。『誰でもみんな、好きな男の人がいるの?』っていう、違和感がありました」

翠さんは自分に敵対したり、嫌なことをしたりする人でなければ、男女問わず、誰でも同じように好きだった。人との関係に何の垣根も作らない、翠さんのフラットさを思う。自分に嫌なことさえしてこなければ、人はみんな好き。そこに、特別感はない。恋愛になると、「特別に好き」という気持ちが友人の話から伝わってくるが、それがちっともわからなかった。

高校時代、告白されたこともあった。

「普通に仲のいい男の子がいて、告白されたと友達に話したら、『嫌じゃなければ、付き合ってもいいんだよ』と言われ、そんなもんなんだってお付き合いもしたのですが、みんなのように相手への特別感はないし、会いたくてたまらないというのも、全然なくって」

「アセクシャル」の集いを見つける

デートもしたし、キスもした。何より、手をつなぐのが苦痛だった。

「私の場合、キスはそんなに嫌だなという感じではなく、口と口がくっついているという感じで、何でこんな行為をしたいのか、よくわからない。キスはその時だけ済ませればいいけど、手をつなぐのは長時間なので、『あー、まだつなぐんだ』という抵抗感がありました。とにかく、接触がいや。肉体関係って、『何で、そんなのしたいの?』って。ホテルに誘われた時に、それはちょっとナイなって。そこから先は、無理。性行為は知識としては知っているし、他人は他人で好きにしたらいいと思うし、でも、自分事となると無理でした」

1990年生まれ。ミレニアル世代である翠さんは、「デジタルパイオニア」世代。中学や高校時代から、インターネット検索は当たり前で、「恋愛感情が持てない」をキーワードに検索をかけていたが、引っかかるものはなく、大学時代にようやく、それらしいものに出会った。

「今は無き『2ちゃんねる』のスレッドに、『アセクシャル』という人たちの集いを見つけて、ああ私、これっぽいなって。でも当時は一般的なものではなく、当てはまるところもあれば、当てはまらないところもあるなあと。大学時代はそんな感じでいました」

アセクシャルにももちろん、グラデーションはある。特に当初、恋愛感情も性行為も必要としない「アセクシャル」と、恋愛感情は持てないが性行為が可能な「ノンセクシャル」とが当時は混同して語られていたことも、翠さんが確信を持てなかった理由でもあった。

ネットで知った「友情結婚」

大学を卒業した。社会人になって男性と付き合うことになったが、ここで身に染みて、自分には恋愛感情がないことを実感した。

「そもそも、自分の中に恋愛感情というものがないんだと、わかったんです。恋愛する感情がないし、肉体関係もムリだと」

翠さんははっきりと、自分は「アセクシャル」であることを自覚した。自分が、「アセクシャル」だとわかったことは大きかった。

「腑に落ちた感じ。自分はこれだなってわかって、しかも属性の呼び名があることで、すごく安心できたんです。自分が一人だけ“珍人種”なのではなく、ちゃんとカテゴリー分けがされていて、こういう人が他にもいるんだってわかった。どこにいるのかわからないけれど、世界には自分と同じ人がいるんだって、存在を肯定してもらえたと思いました」

「アセクシャル」という自認を得た翠さんは、次に「友情結婚」を検索し始めた。

Webサイトの概念
※写真はイメージです

「友情結婚も、ネットで知ったんです。私の年齢だとネット検索は身近なもので、当時はアセクシャルもけっこう、ネットに出てくるようになっていました」

自分と同じような人がいることを知る

結婚を意識したのは、ひとえに世間体ゆえのこと。

両親からの“結婚圧”はなかったが、祖父母は「結婚して、子どもを産んで当たり前」という揺るがない価値観を持ち、職場でも飲み会のたびに、男性上司から「出会いとか、どうなの?」と聞かれることが面倒でならなかった。

「聞かれても、答えられる内容は変わらないし、一般的な結婚は無理だとはわかっていたので、できるとすれば友情結婚。同性愛とかで、異性と恋愛関係を持てない人が、友情結婚をされている例が、数は少ないけどいるんだと、ネットの匿名掲示板で活動している人のブログを検索して見ていました」

半年に1回ほど、友情結婚を検索していた翠さんに、「カラーズ」の名が浮上した。

「友情結婚を知ってから、2年ぐらい経っていたと思います。結婚相談所があるんだーって。サイトに成婚体験者の話が載っていて、隅々まで読んで実績を知り、ここだったら活動してもいいかと問い合わせをしました」

カラーズ代表の中村光紗ありささんとの面談で、翠さんは初めて自分のことを言葉にして話した。

同じような人が実際いることも、初めて知った。ここなら信頼して、婚活ができると確信した。26歳の時だった。

「相手に選んでもらう」方針で婚活

「婚活は1年間と期間を決めてやってみて、もし、見つからなかったら、そういうご縁だったのだと結婚自体をスパッと諦める気持ちで入会しました。年齢が若い方が有利だという知識はあったので、有利な段階で活動して、自分をいいなと思ってくださる方がいなければ仕方ない、そこまでかなと。だったら、結婚しない人生を生きていこうと」

何という、思い切りの良さなのだろう。ズルズルと婚活を続けるのではなく、翠さんは1年と決めた活動に自分の人生を賭けたのだ。結婚の条件はあえて、幅広いものに設定した。

「同居婚でも別居婚でもいいし、子どもも有り無し、どちらでもいい。お相手の方に合わせられるように登録しました。なので、“子ども有り”の分類になりました」

翠さんは「自分が選ぶ」のではなく、多くの人に会って、「相手に選んでもらう」方針で婚活をスタートした。

乾杯をする男女のシルエット
※写真はイメージです

実はこれ、ずいぶん昔に熟年婚活を取材した時に、ベテランの方に指南された婚活の極意というべきもの。26歳という若さながら、翠さんはその極意を熟知していたわけだ。期間を1年と定め、できるだけ多くの人に会って、選んでもらう。翠さんの婚活は何とシンプルでブレがないのだろう。最終的に10人の男性と会うこととなったが、翠さんが厳しく確認したのは、子どもの養育についてだった。

子どもを育てる責任を持てるか

「子どもに関しては命の問題なので、お相手の方と、その子が成人になるまで、自分達が保護者として責任を負わなくてはならない。一緒に子育てをしていくことを真面目に考えているかどうか、そこは相手にけっこう厳しく聞きました。恋愛結婚なら、この人の子どもを欲しいという前提がありますが、自分達の場合はそれが全然ないので、人を育てるということを考えた時に、そこに責任を持てるかどうか。そこが大事になってくるわけです」

その意味では恋愛結婚のような、子育てに関する“ふわっとさ”とは対照的でもある。翠さんは男性同性愛者と交際(=話し合い)期間3カ月を経て、カラーズを成婚退会した。

相手の決め手はなんだったのだろう。

「決め手って特になく、同時に違和感もなかったので、私で大丈夫ならお願いしようかと。一点、子どもができない時はどうするかと。絶対に欲しい人の場合、離婚して、他の人を探す必要が出てくるので、そのあたりはどうですか? と細かく聞きました。お相手の方は、欲しいという気持ちはあるが、どうしてもではなく、二人で話し合いをして夫婦としての道を進めればいい、と。そこまで合意できたので、家庭というものの“共同経営者”としての土台ができたと」

妊活1年後に人工授精で妊娠

翠さんは、夫の存在を「パートナー」とは表現しない。

「友情結婚」ではあるが、「友情」とも違うと断言する。

二人の関係はあくまで、一つの家庭を築いていく「夫婦」という名の「共同経営者」。性欲でも支配欲でもない。そこに依存的なつながりは存在せず、あくまでドライに割り切った、対等な関係性なのだと、翠さんは冷静に捉える。

結婚式をしないというのも、お互い、合意の上のこと。同居するマンションではお互いが個室を持ち、時間が合えば一緒に食事をして、その後は個室で過ごす。

「家事は半々ぐらいで分担していますが、財布は完全に折半ではありません。私の仕事の収入よりお相手の方の金額が多いので、私のほうが家事を多めにしています。食事をしながら、普通に、夫婦の会話もありますね」

妊活は、結婚後半年後に開始し、人工授精で1年後に妊娠した。

妊婦のバックライトシルエット
※写真はイメージです

「妊娠期間はかなり大変で、相手の方が支えてくれました。ごはんが作れなかった時は、『大丈夫だよー』って作ってくれて。子どもが生まれた時は母になった喜びはさほどなく、日々、一緒に過ごしていく中で、母親になった感じです。やっぱり可愛いし、大変なことも多いよなーって」

人生を客観視できる眼差し

子どもを産んでから、翠さんは“ワンオペ育児”の孤独を感じたことはない。夫は責任を持って、一緒に子育ても家事も担ってくれる。

「夜泣きもずーっと泣いている時は変わってくれたりして、優しいお父さん。この人となら大丈夫だと思ったので、2年後に妊活をして2人目も授かりました。保育園のお迎えは私ですが、朝は連れて行ってくれます。お相手の方のことは、人として普通に尊敬しています。共同経営者として、信頼できる人です。友情も愛情もないけれど」

休日には、4人で出かける。子どもの前で笑い合う姿はどこから見ても、ひと組の夫婦であり、家族だ。

ピクニックをする家族
※写真はイメージです

「子どもが実際に生まれてきて、育てることができてよかったです。両親として、子どもとしっかり関わることができていると思います。ラブラブは見せられないけど、二人で笑い合う姿を、子どもには見せられています」

たとえ結婚しない人生を選んでいたとしても後悔はしない。翠さんはそう、キッパリと語る。この決意の揺るがなさ、自身の人生を客観視できる眼差しは、翠さんが安心安全な環境で育ってきたことの証なのか。

アセクシャルは、翠さんの属性の一つでしかない。穏やかさの中に在る、真っ直ぐな芯の強さこそ、翠さんの人としての魅力なのだと心から思う。

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。

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