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「家で飲み直そう」ずっと好きだった彼に誘われ、そのまま泊まった26歳女性。しかし、翌朝…

  • 2024.8.2

この季節が来るたびに思い出す、あの人のこと。切ない思い。苦しくて泣いた夜…。

うだるような暑い夏が今年もやってきた。

これは、東京のどこかで繰り広げられる夏の恋のストーリー。

▶前回:高級ホテルで1人過ごす夏休み。滞在最終日の朝、目を覚ますとそこは自分の部屋ではなく…

東京カレンダー
渋谷の夏/美和(26)


「美和?」

日が沈んでもなお暑い、19時すぎの金曜の渋谷。

最近リニューアルしたSHIBUYA TSUTAYAの前で、急に名前を呼ばれた。

「美和、だよな!やっぱり」

聞き覚えのある中低音の声の持ち主に、私は視線を向ける。

「あ… しん」
「久しぶり〜!!全然変わってないからすぐわかったわ。誰かと待ち合わせ?」

「慎吾」と私が言う前に被せてくるところが相変わらずだ、と思いながら、私はコクンとうなずく。

けれど、嘘だ。待ち合わせの相手は、今日は来ない。

なぜならつい5分前、マチアプ経由で知り合った男性にドタキャンされたから。

「そっかぁ。俺も今日は会社の人たちと飲みでさ。今度、久しぶりに飲もうよ。LINEするよ。“全然変わってない”は嘘。美和、大人っぽくなったな」

「ありがと、慎吾も」

遠野慎吾。忘れもしない。

彼は私が青学にいた4年間、ずっと片思いをしていた人。

大学を卒業して、旅行会社に勤めて3年。仕事は毎日同じことの繰り返しだし、出会いがないことを言い訳にして、積極的に恋もしてこなかった。

慎吾に出会えたことは、パッとしない私の人生には刺激的な出来事だった。



「それじゃあ、久しぶりの再会に…」

「乾杯!」
「カンパーイ」
「おつかれ〜」

慎吾との偶然の出会いから2週間後。私たちは再び渋谷で顔を合わせることになる。

私と慎吾はイベントサークルの幹部で、慎吾がバイトしていた渋谷の居酒屋で集まるのが決まりだった。

派手じゃなかった私が、無理をしてイベサーの幹部になったのは、慎吾がいたから。

彼のリーダーシップと人望の厚さに憧れ、いつのまにか好きになっていた。でも、関係が壊れてしまうのが嫌で、気持ちを打ち明けることなく卒業。

始まらなかったから終わりにもできず、ずっと頭の片隅にこびりついていた人。そんな彼が目の前にいるのが、不思議だった。

LINEで予定を聞かれた時は、舞い上がったがデートの誘いではなかった。

同じサークルの、祐奈(ゆうな)とアキラを含めた4人での会が開催されたのだ。

― まぁ、ふたりで会う理由もないしね…。

私が慎吾に思いを寄せていたことを知っているのは、恐らく祐奈だけ。

慎吾に女子大の彼女ができて、泣きながら祐奈に電話したことがある。

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「いやぁ、美和と慎吾が偶然出会ってくれて良かったよ。もう君らとは縁が切れたのかと思ってたもん〜」

アキラが冷えた生ビールを半分ほど一気に飲んでから言った。

「まぁ、それぞれ業種も違うし、社内の人間と飲む方が多くなるから仕方ないんじゃない?」

慎吾が枝豆を口に運びながら答える。

慎吾は、起業家の出身が多いIT広告会社、アキラは飲料メーカーで、祐奈は外資系アパレル。

そう、見事に分野が違うのだ。

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「なんかさ、社会に出て世界が広がったと思ったけど、結局自社のルールに従うことになるし、意外と窮屈。それに、やってることは学生の頃と変わらないよね」

祐奈はそう言いながら笑っていたが、的を射ていると私は感じていた。

社会人4年目になった私たち。

選ぶお店は学生時代よりランクアップしたものの、変わらず渋谷にいるし、ドレッシング多めのシーザーサラダをつまみにビールを飲んでいる。

「ねぇ、慎吾は今“特定の”彼女いるの?モテるからって遊びまくってるんだろうけど」

しんみりした空気を、祐奈が毒舌で打開した。

「特定の、とか言うなよ。彼女はいませんよ〜」

「えっ、いないの!?」

思わず心の声が漏れ、それを見逃さなかったアキラが、すかさず私たちをひやかした。

「てか、ふたりお似合いじゃね?慎吾って美和みたいなの好きだろ。メイク薄め、爆美女って程じゃないけど、謎に色気ある系」

「あのさ。それ褒めてないよね…」

私はアキラを睨み、祐奈は「やめなよ」と止めたが、慎吾はその発言を否定はしなかった。

盛り上がるアキラと、それに乗っかる慎吾。

「もう、いいかげんやめなってば〜」

祐奈がうんざりしながら言う。

私は苦笑いで通したが、この会が終わった後、慎吾は本当にデートに誘ってきた。

1週間後。

慎吾が指定してきたのは、桜丘町にある『高太郎』。

他の人と行くつもりで1ヶ月前から予約していたが、その人の都合が悪くなったらしい。

私も数年前に一度訪れたことがある。

その時も食べたと思うのだが、讃岐メンチカツが絶品で、ビールと合わせると最高だった。

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再開発が終わらない渋谷。新店も次々とオープンしていくなかで、美味しさが保証されている安心感は、私たちの食事にはぴったりだった。

「俺の家、この近くなんだけど。もう少し飲んで行かない?」

食事の後、慎吾は私をストレートに誘った。

「家で飲むの?」
「うん。ほら、いいから行こう!」

学生の頃は、渋谷で飲んだあと、酎ハイをコンビニで買って宅飲みするのが、私たちの定番だった。

慎吾は、今日もその感じで私を誘っているのだろうか。そうだとしても、感情が追いつかない。

でも、行かない理由も見当たらなかった。

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「白ワイン飲む?これ、値段の割に結構美味しいみたいよ」

慎吾の部屋に入ると、リビング中央のソファに座るように促される。

エチケットにはブレッド&バターと書いてあって、慎吾はそれをグラスに雑に注いだ。

― そういえば、祐奈も白ワインにハマってるって言ってたなぁ…。

そんなことを思っていると、慎吾が横に座りグラスを私に手渡す。

「あのさ、俺ホントは知ってるんだ。美和が俺のこと…。ごめん。随分前に人から聞いて…」

― ひっ!

思いもよらぬ事実の発覚に、心拍数が上がる。

「そうだったんだ。あ、でも過去の話だから忘れて。気まずくなりたくないし。それに、こうやって会ってるのだって、アキラがけしかけてきたのもあるでしょ?」

体中から嫌な汗が出てくるのがわかる。

「違うよ。アキラに言われたからじゃない。美和のこと、いいなって思ったから誘ったんだよ」

「……そうなの?えっと、いつから?」

私は真顔で尋ねる。

「それはごめん。学生の頃からじゃなく、スクランブル交差点で偶然会った日。美和って可愛かったんだなぁっていうのと、昔の俺を知ってる人だから安心した」

「昔の慎吾を知ってる…か」

独り言のように呟いた次の瞬間、慎吾が私を抱き寄せた。

爽やかさの中に、ほろ苦さを感じる匂いがする。

「美和、今も俺のこと好きなの?」
「す、すきだよ」

そう言うしか選択肢はなかった。

私は慎吾が好き。サークルの中で中心人物で、みんなに好かれていて、行動力のあった慎吾が。

だから今の慎吾も好き。

私は、目を閉じて彼に身を任せた。

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「あっついね。美和、水飲む?」
「ありがとう」

正直言うと、そこまでの感動はなかった。なるほど、こんなものか…というのがリアルな感想だ。

ずっと願っていた状況。そこに急に置かれたから、戸惑っているのだろう。

けれど、隣で寝息を立てているのは、間違いなく遠野慎吾で、私が4年間思い続けた男なのだ。

― 大丈夫。幸せ、幸せ。幸せ。これでよかった。

そう自分に言い聞かせ目を閉じると、慎吾のスマホが振動した。

そのバイブは鳴り止まない。

― 電話…ん?

私は、無意識のうちに通話ボタンをタップした。画面に『祐奈』と表示されていたからだ。

「なんでLINE返してくれないの?まだ怒ってる?ごめんってば。お願いだから、もう仲直りしようよ」

私は、慌てて通話を終了した。

― 祐奈…が慎吾と?えっ…!?

勝手に電話に出たことを後悔する暇もなく、ひたすらに混乱した。

心臓をバクバクさせたまま服を着て靴を履いたが、家を出る頃にはだいぶ冷静になれた。

「あぁ、だからあの時…」

4人で会った時の祐奈の言動を思い起こすと、慎吾と何かあったようにも受け取れる。

けれど不思議なことに、ふたりの関係を知りたいとは思わなかった。

私が好きだったのは、昔の慎吾。なのに、気づかないふりをしていたのだ。

それを認めると、胸の奥がすっと落ち着いた。

「あ、サクラステージ…」

タクシーを拾おうとしばらく歩くと、桜丘の新しい商業ビルが目に入る。

渋谷の街は、着実に変化…いや進化している。それなのに、私はどうだろう。

今を一生懸命に生きることより、美化された記憶を大事にしすぎたのではないだろうか。

私も前を向いて歩かなければ。

「今度、行ってみようっと」

真夜中の渋谷で、私は生ぬるい夜風に当たりながらつぶやいた。


▶前回:高級ホテルで1人過ごす夏休み。滞在最終日の朝、目を覚ますとそこは自分の部屋ではなく…

※公開4日後にプレミアム記事になります。

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