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“日本”ではなく“韓国”を選んだ女子柔道ホ・ミミ 反則負けで銀メダルも“金メダル級”の価値を持つワケ【パリ五輪】

  • 2024.7.31

休む暇もなく追い詰めただけに、より虚しかった。体力で優位に立ち、勝機を掴もうとした瞬間、審判が偽装攻撃の判定を下した。そうして、決勝の血闘が幕を閉じた。

韓国柔道女子28年ぶりの金メダルが期待されたホ・ミミ(許海実/21)の初五輪は銀メダルに終わった。

ホ・ミミは7月30日(日本時間)、フランス・パリのシャン・ド・マルス・アリーナで行われたパリ五輪・柔道女子57kg級決勝で、カナダの出口クリスタ(28)相手に延長の末惜敗した。

世界ランキング1位の出口に対する同3位のホ・ミミの挑戦は、敗北に終わった。今年5月の世界選手権大会ではホ・ミミが出口に勝利していただけに、残念な気持ちも大きかった。

試合内容が特に惜しかった。正規の試合時間4分の間に勝負を決められず、延長までもつれこんだが、延長ではホ・ミミが確実に優勢だった。

ホ・ミミが絶えず出口を追い詰め、出口はまともに反撃することもできなかった。体力で確実に優位を占め、諦めずに背負い投げを試みていた。

延長で指導が同率に並んだ瞬間、最後はホ・ミミが勝機を掴むと見られた。ところが、ホ・ミミに偽装攻撃の判定が与えられた。

これでホ・ミミは反則負けとなり、出口が勝利を手にした。出口を猛然と追い詰めていたホ・ミミにとっては、あまりに虚しい幕切れだった。

ホ・ミミの“先攻撃・後守備”マインド

いつからか柔道は変わった。下半身への攻撃が禁止され、“静的”に変わった。

五輪の基準で見れば、2012年のロンドン大会からそうなった。一本勝ちは減り、延長戦がぐんと増えた。爽快感のある一本勝ちより、誰がより積極的なのかを判定する審判の“目”と“手”で勝負が決まるケースが増えた。 事実上、“守備指向的”な柔道が主流となった。

だが、ホ・ミミは違う。試合を通してずっと積極的な姿勢を見せた。“先攻撃・後守備”のマインドといってもおかしくはない。

だから面白い。終始一貫して背負い投げを試みるため、綱渡りをするようなスリルを与えてくれる。

かといって、攻撃だけが上手いわけではなく、守りは鉄壁のように固い。相手の固め技に粘って反撃し、勝利を収める。リオ五輪金メダリストのブラジルのラファエラ・シルバ(32)を準決勝で破った姿がまさにそうだった。ホ・ミミはシウバの固めに固め技で反撃し、勝機を掴んだ。

このような過程があるからこそ、メダルまで辿り着いた意味も大きい。ホ・ミミは2016年リオ五輪・女子48kg級のチョン・ボギョン(33)以来となる韓国柔道女子の銀メダル獲得に成功した。

また、1996年アトランタ五輪・女子66kg級のチョ・ミンソン(52)以来となる金メダルへの希望も、ホ・ミミを通じて生まれた。

なお、在日コリアンの女子選手で五輪のメダルを獲得するのは、今回のホ・ミミが初めてだ。

ホ・ミミ
(写真提供=ロイター/アフロ)銀メダルを手に笑顔を見せるホ・ミミ(右)

ホ・ミミは韓国人の父親と日本人の母親を持つ二重国籍者であり、東京で生まれた在日3世だ。独立運動家のホ・ソクの子孫として、祖母の遺言に従い、韓国国籍を選択した。

日本で生まれ、帝京高校から名門・早稲田大学に入学したが、韓国代表として戦うことを決断した。

そんなホ・ミミは韓国代表で飛躍した。昨年の柔道国家代表選抜戦57kg級で優勝すると、同年秋の杭州アジア大会では団体戦に出場し、今年1月のグランプリ・ポルトガルでは金メダルを獲得した。そして、今年5月にUAE・アブダビで開催された世界柔道選手権でも金メダルを手にした。

並外れた経歴とともに、柔道のスタイルも印象的だ。多くの人が残念な気持ちを表す柔道に、面白さと勝利をあまねくもたらしたホ・ミミだ。

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