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他者の役に立ち、社会とつながる──内田也哉子が人生の新章を拓いた理由【50 SHADES OF ME】

  • 2024.7.30

「人生の折り返し地点に立ち、今こそもっと大きな視野で世界を見つめ直したいという気持ちにかられた」

1 窪島誠一郎さんと初めてお会いしたのは?

母が亡くなった1年後に、母が生前辿った旅路を私が巡るというテレビ番組があり、初めて無言館を訪れたときです。

2 国内外の美術館を多く訪れていると思いますが、無言館の特異性は?

長野県上田市の自然豊かな里山の頂にポツンと存在する、ひっそりとした佇まいと館内に漂う静謐な空気が印象的な美術館です。

3 無言館以外で、好きな美術館は?

高校時代をスイスで過ごしていたので、ローザンヌのアール・ブリュット・コレクションは記憶に残る美術館のひとつです。高校時代から30年近くを経て、自分がアール・ブリュット(Art Brut:生の芸術)の作家や作品をフィーチャーする番組(NHK「no art, no life」)のナレーションをさせていただくようになったことに不思議な縁を感じたりもします。ロンドンでは多くの美術館の入館料が無料なので、住んでいた当時は、雨の日を子どもと一緒に美術館で過ごすことも多かったです。

4 このタイミングで「戦争について今一度見つめ直したかった」理由は?

早い時期に結婚し、自分の家庭や内面を耕すことに全力で集中してきましたが、人生の折り返し地点に立ったときに、今こそもっと大きな視野で世界を見つめ直したいという気持ちにかられたんです。自分の人間としての立ち位置を振り返るときに、歴史をもう一度検証し、戦争を自分事として捉え、自分の中で腑に落ちるように持っていくことの必要性を感じたというか。

5 無言館で、戦争についての新たな視座を得ましたか?

展示されているのは、青春を生きていた若者たちが、友人や恋人、家族、風景といった日常を描いた作品です。戦争によってそれらは遺作となってしまったけれど、それは結果であり、本来は青春の時代に産み落とされた生命力あふれる作品の数々です。なので私は日常の尊さ、かけがえのなさをより強く感じました。戦争を色濃く感じると同時に、今ある日常の素晴らしさを色濃く感じる。対比として生命力が浮かび上がる場所なのかなと。

6 無言館の展示作品の中で、内田さんのお気に入りの1点はありますか?

日高安典(ひだかやすのり)さんの『裸婦』。日高さんが出兵する直前まで、「あと数分だけ、もう少しだけこの絵を描かせてほしい」と描かれていた作品だそうです。ご家族は誰を描いたものかわからずに持っていらしたそうですが、何十年も後に、日高さんの当時の恋人で、作品のモデルとなった方が無言館を訪れて、帰りがけに来館者ノートに日高さんとの思い出を綴られていったそうです。「やっと再会することができた」「日高さん、私は会いにきました」と。そのエピソードから、恋人たちが戦争によって引き裂かれてしまった悲しい現実がありありと伝わります。日高さんは、「生きて帰ってきたら、必ずこの絵の続きを描くから」といって戦地に向かったそうです。日高さんは終戦の年に戦死されたため、未完の作品なのですが、恋人だった方は生き延びて、平和な日本で日高さんと出会い直した。館にとってもとても大切な作品の一つです。

7 内田さんが館主として守りたいもの、挑戦したいことは?

生前の画学生たちの燃え盛る情熱、エネルギーを伝えていくことで、「生きるってどういうことなんだろう?」と、ともに考えていきたいです。戦争が誰かの日常を奪うものであるなら、守るべき日常、平和がどういうものかを学びながら掘り下げたい。たくさんの方々との対話を通して、平和の中に埋もれている宝を見つけて、結果的に戦争というものを回避していきたい、そう思っています。

「振り返ったときに見える、それまでに歩いてきた道こそが自分そのもの」

窪島誠一郎さんのほか、谷川俊太郎さん、小泉今日子さん、坂本龍一さんら15人との対話を経て綴られた、内田也哉子さんの最新エッセイ。『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(文藝春秋)。
窪島誠一郎さんのほか、谷川俊太郎さん、小泉今日子さん、坂本龍一さんら15人との対話を経て綴られた、内田也哉子さんの最新エッセイ。『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(文藝春秋)。

8 自著『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』での窪島さんとの対話のなかで明かされている通り、お母様の樹木希林さんは窪島さんを「ワイルド」だと評されたそうですが、内田さんが窪島さんに抱く印象は?

窪島さんの風貌と内面と両方の意味で母はそう評したのかなと思います。とてもおしゃれな方でバレンシアガのブラックデニムジャケットに古着のパンツやブーツを、御年82歳でさらりと合わせて着こなしていらしたり、実父で作家の水上勉さんから唯一受け継いだという吉田カバンを何十年も肌身離さず持ち歩いていらっしゃったり。今のファッションも取り入れながら、気に入ったものを使いとおす心意気含め、既成概念にとらわれない装いをされるという意味でワイルドな方です。内面に関しても、はなからできないと決め付けず、自分のインスピレーションに忠実。ある意味破天荒ともいえる感覚を持ち、その原動力があるからこそ、日本中の戦没画学生の絶筆画を集めて周り、ご自身で資金も集めて27年前に無言館を創設するという偉業を成していらっしゃる。野生的な衝動やその持続力も含めて、本当に敬意を抱いております。

9 無言館の成人式のゲストとして招かれた際には、若者たちに何を語りかけたのですか?

大人である私でさえも命を閉じるまで悩みながら試行錯誤しながら命を全うする。今、苦しいかもしれないけれど、それは自然なことで、成長のためになくてはならないものだという思いも込めた手紙を新成人の方、一人一人に宛てて書きました。倍以上の時間を生きた私も答えがひとつではないということはわかる。ともに悩み、平和について考えていけたら、というような趣旨のことを語りかけたと思います。

10 内田さんご自身が成人当時のご自分にかけたい言葉は?

自分で選択したことではありつつも、19歳で結婚したので、友達はまだ大学で勉強していたり、社会人になっているのに、自分は家庭におさまって子どもを産んで育てている。当時はそうやって他者と比べて焦ってしまうことがありました。ただ、今こうして48歳になって振り返ると、人と比べても何もいいことがないとわかります。だから、焦らずに自分の歩幅で淡々と歩いていけば、いつか自分の歩いてきた道のりを振り返ったときに、「そうか、こういう道だったんだ」と気づけると思う。目標を持ったりすると、先のそのまた先にしかゴールがないように感じて焦ってしまうけれど、今は、振り返ったときに見える、それまでに歩いてきた道こそが自分そのもの、という感覚を持っている。だから、とにかくあまり他者と比べず、自分のリズムを大切に歩んで行ってほしい、と言いたいです。

11 『BLANK PAGE』の装画も描かれていますが、書くのと同じくらい、描くこともお好きですか?

小さい頃は画家になりたいと思って、いつも絵を描いていました。文章がロジカルに言葉を組み立てていく作業だとしたら、絵を描くのは身体的な表現に近いので、どちらも大切にしたいです。

12 書くと描く、どちらもメディテーション的な効果があるとしたら、両者の違いは?

メディテーション効果はどちらにもあると思います。どちらも感性や感情といった内面を軸にしているけれど、書くほうはより脳を多く使い、絵を描くのは身体的なアクティビティという違いがあるように思います。根源的に表現する内面は一緒なのですが、アウトプットが違うということでしょうか。どちらもバランスよく両方持っていたいと思います。

13 好きな画家は?

サイ・トゥオンブリー。理屈抜きに絵を見たときに感じる感覚、言葉にならない感覚を楽しみたいので、アブストラクトな絵画に心惹かれることが多いのですが、サイが描く色や形から受けるインスピレーションは無限大で。サイの作品は無条件に長い時間、見ていられます。

14 一人でいることは得意(もしくはお好き)ですか?

大切な時間です。ただ、小さい頃に一人でいることがとても多かったからか、家族を持つようになってからは、別の部屋に家族の誰かがいると不思議な安堵を覚えて落ち着くという感覚もあります。人の気配を感じつつ、自分一人の時間を楽しむというのが、私の幸せな時間です。

15 こちらも『BLANK PAGE 』からのエピソードですが、内田さんと窪島さんは「同じくらい深い海にいる」、窪島さんはそう感じたそうですね。なぜでしょうか。

窪島さんは、戦争中の混乱した社会の中で、水上勉夫妻には育てられずに靴職人のご夫妻に養子として迎えられ、30過ぎまでその事実を知らず、大人になってから自分の実父が文豪の水上勉だったと知るわけです。そして、メディアから注目された。レベルの度合いは違うものの、親の偉大さと比べられてしまったり、いつも親の存在が付きまとうという意味で、生まれたときから俳優の母とミュージシャンの父の子どもに生まれ、他者の色眼鏡なしでは存在できなかった私と通じるものはあったのかなと思います。他者からの目と本当の自分との間でアンビバレントな思いを抱えている。家庭環境に自問自答しながら生きてきた、いいことばかりではなかった、矛盾を孕んだ人生を生きているという意味で、「深い海にいる」という感覚がお互いにあるのかな、と推測します。「寂しさは宝物だよ」という話もしてくださったのですが、寂しさの種類や色のグラデーションが似ているのかもしれません。

16 一日の間でほっとする、大好きな時間は?

たまに家族全員揃って食事ができると、かけがえのない時間だと思います。人間の根源的な営みであるごはんを食べるという当たり前のことを、家族みんなでできるということは、当たり前のようでいて当たり前ではない。日常の当たり前が積み重なった結果、それをきっと平和と呼ぶのだろうと思うので、そういう小さなことがとても大切に思える今日この頃です。

17 1日の中でもっとも生産性の高い時間は?

朝です。中年になってから朝早く目覚めるようになりました。誰よりも早く起きると家のなかは静まりかえっていて、そういうときに文章を書いたり、メールを読んで返信したりといった雑務を行うと効率的に時間を過ごせます。瞑想というほどではないですが、呼吸を整えたり、ストレッチをしたり、自分と向き合う大切な時間でもあります。

18 内田さんにとっての幸せとは?

家族一人一人が毎日をそれぞれのリズムで歩んでいると感じられる瞬間。安心ということでしょうか。

19 執筆活動は手書きですか、パソコンですか?

いつも手書きで原稿用紙に書いて、ある程度書けたらパソコンにタイプしてプリントアウトします。それを手直ししたりして、そこからようやく編集者にテキストを送信する流れです。

20 “人生最初の記憶”は?

母が仕事に行っているとき、私はよく絵を描いていたのですが、学校から帰宅後、母の本棚にあったたくさんの画集のなかの作品を模写している時間です。小学校低学年くらい。

21 人との対話で大切にしていることは何ですか?

相手の方と向き合うときは、日常で抱えている心の荷物をすべて脇に置いて、目の前の人にそのモーメントのすべてを捧げる。今という瞬間を見逃さない。

22 亡くなった方との対話は可能だと思いますか?

父や母とも心のなかでいつも対話をしているので、もちろん可能だと思います。

今までにもらったベストアドバイスは

23 沈黙が生まれたら、急いで言葉を紡ぎますか? 無言の時間を楽しみますか?

対話では言葉があることのほうが重要なように思う節がありますが、沈黙を含めて相手と共有するひととき。「行間を読む」という表現がありますが、何も発せられていない空間にこそ、思いを燻くゆらせることができるので、無言も楽しめるタイプです。

24 香水はつけますか?

イギリスのPERFUMER Hというブランドのゴールドというネロリが軸になっている、つけると心が前向きになれる香水を、アロマセラピーのような感覚でつけています。

25 愛読書は?

谷川俊太郎さんの詩集『みみをすます』。老若男女、味わえる本です。

26 今までにもらったベストアドバイスは?

ベストを決めるのは難しいけれど、「大きな視野で小さなことをする」。よりよく生きるために大切なこととして、谷川さんに教えてもらいました。

27 幼い頃から現在まで変わっていないと思う内田さんの個性は?

空想する時間を持つということでしょうか。ぼんやりする時間は、実はとても大切なのではないかと思います。詰め込み癖がついているんですけど、何もないところで遊ぶ、心の遊びという部分は大切にしています。

28 人生で大切にしている価値観は?

先入観を持たず、その瞬間の自分の直感に忠実に、思いを大切に。情報からだけではなく、自分の感覚を大切にする。何かと答えがない人生のなかで役立ってきました。

29 苦手なことは?

大きな音が苦手です。

30 好きな家事と嫌いな家事は?

本当に食べたいもの、つくりたいものを、何の時間制限もなくゆっくりと、音楽をかけながら、ワインでも飲みながら、マイペースにつくる時間は好きです。家に届く実務的な書類、手紙類を開封して精査する作業が苦手です。

31 最高の休日の過ごし方は?

何も決めずにそのときの思いつきで行きたいところに行き、見たいものを見て、食べたいものを食べられたら最高に幸せです。

32 最近読んで人に勧めたくなった本は?

今でもどちらかというと、画集だったり絵本だったりが大好きです。最近は、とても多く出版されている窪島誠一郎さんの著書の中から、古いものを遡って読んだりしています。2006年に講談社から出ている『無言館の青春』というエッセイはとても興味深いです。展示されている絵のルーツなどが作品ごとに書かれていますし、本としてもとても美しくて。私はこれから何度もこの本と出合い直すと思います。

33 人生で怖いものはありますか?

戦争です。人が人を恐れること。

34 好きな言葉は?

思いがけなく何かが起きることがとても好きなので、「思いがけなく」でしょうか。

35 今一番没頭していることは?

歩くことです。車のスピードでは見落としがちなものがあるなと改めて感じています。

「感情のコントロールが得意ではない。父のパッションを完璧に受け継いでしまいました!」

36 感情のコントロールが得意、激情型、強いていえばどちら?

実はコントロールが得意ではないです。女の子は父親の情動を受け継ぐと(脳科学者の)中野信子さんから聞きましたが、私は父のパッションを完璧に受け継いでしまいました!

37 今の内田さんにとっての宝物は?

誰かと共有した時間だったり、一人で目の当たりにした風景であったり、自分のなかの記憶に残るようなかけがえのない「とき」。

38 手に入れたくても入れられないものは?

過去のひととき。なので今を精一杯夢中に生きたいと思います。

39 子育てにおいて大切だと思うことは?

真面目になりすぎない。真剣になりすぎない。いい意味で、いい塩梅で子育てをする。

40 自分育てにおいて大切なのは?

とにかく自分の機嫌は自分でとる。

41 気づくと増えてしまう偏愛アイテムは?

ポストカードや便箋類。旅先など、行く土地土地で必ず仕入れてしまいます。

42 人から少し驚かれる、独特なマイルールはありますか?

一つの町に長いこといられない。小さい頃からいろんな国や街を転々としてきたので、半年以上一つの場所にいると心がざわざわし始めるので、今でも1年のうち数カ月おきにいろんなところに滞在しています。

43 これまでの人生で最も勇気を必要としたことは?

小さい子どもを育てるということ。自分一人の人生だったのに、自分が小さな命を育てないといけないという、一つ間違えたら大変なことになってしまうという意味で、勇気というよりは覚悟を持って自分の子どもと出会った、という感じがします。

44 知り合った方からイメージと違ったと驚かれる一面は?

意外と背が高いですね、体が大きいですね、とはよく言われます。168㎝あるので。

45 家を購入する(した)際の最優先事項は?

ずっと憧れていた海を眺める、ということが最優先事項でした。

46 今、社会に足りないと思うものは?

身近なひとを大切に思う気持ちだったり、日本とか世界とか地球規模で何が大切かを見る、ミクロとマクロを常にみられる遠近法というか、そういう心持ち、視野を持てたら、より共感性の高い社会になるのではと思います。

47 誰かの役に立つために日々心がけていることは?

想像力を柔軟にしておくこと。相手が何を求めているかを多角的に想像できる自分であること。柔軟性ですかね。

48 社会とつながるとはどういうことだと思いますか?

自分事としていろんなことを感じ、行動することが結果的に社会とつながっていくことになるのかなと思います。

49 惹かれる人の共通点は?

静かな人であること。

50 ご自分の好きなところをひとつ、挙げてください。

誰かの声に耳を傾けること。自分のなかでも必要不可欠なものなので、そういうことが好きな自分でよかったなと思います。

Photos: Akihito Igarashi Hair & Makeup: Manami Kiuchi Text & Editor: Yaka Matsumoto

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