1. トップ
  2. 恋愛
  3. なぜ幼い子供は母親が好きなのか?根源的な謎を脳科学的に解明

なぜ幼い子供は母親が好きなのか?根源的な謎を脳科学的に解明

  • 2024.7.29
なぜ幼い子供は母親が好きなのか?根源的な謎を脳科学的に解明
なぜ幼い子供は母親が好きなのか?根源的な謎を脳科学的に解明 / Credit:clip studio . 川勝康弘

アメリカのイェール大学(Yale)で行われた研究により、哺乳類の子供が母親に深い絆を感じる仕組みが示されました。

子供を保護し養育するスタイルをもつ哺乳類にとって、子供が母親を慕うための絆を形成するのは生存にとって非常に重要です。

しかしこれまでの研究では、子供が母親を慕う仕組みについてはほとんど知られておらず、大きな謎とされていました。

今回の研究は哺乳類にとって根源的な「なぜ子供は母親が好きなのか?」という問いに、脳回路のレベルで答えるものとなります。

研究内容の詳細は2024年7月25日に『Science』にて発表されました。

目次

  • 研究の概要を4コマで解説!
  • 子供と母親の絆を作る脳回路
  • 大人になってからの「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」

研究の概要を4コマで解説!

今回はまず研究の概要と結果について4コマで解説します。

4コマの後には研究について紹介する記事の本文が続いていますので、気になったらぜひ続きも読んでみてください!

4コマという特性上、全てを説明しきることはできませんが、難しい科学研究を楽しめる切欠になってくれれば幸いです。

哺乳類にとって母親は特別な存在です
哺乳類にとって母親は特別な存在です / Credit:clip studio . 川勝康弘
子供が母親を慕うのは当たり前だと思いがちですが、その当たり前を実現させるメカニズムが存在します
子供が母親を慕うのは当たり前だと思いがちですが、その当たり前を実現させるメカニズムが存在します / Credit:clip studio . 川勝康弘
子が母を慕う脳回路をハッキングすると、母親以外のものでも子供は安心や安全を感じるようになります。たとえそれが捕食者を模したぬいぐるみでもです。
子が母を慕う脳回路をハッキングすると、母親以外のものでも子供は安心や安全を感じるようになります。たとえそれが捕食者を模したぬいぐるみでもです。 / Credit:clip studio . 川勝康弘
子が母を慕う気持ちが脳にプログラムされているからこそ、厳しい自然界で哺乳類は生き残ってこれたはずです。
子が母を慕う気持ちが脳にプログラムされているからこそ、厳しい自然界で哺乳類は生き残ってこれたはずです。 / Credit:clip studio . 川勝康弘

哺乳類において母子の関係は特別なものです。

母親は子供を愛し守ろうとしますし、子供は母親を求め一緒にいたいと願います。

この現象は私たちの身の回りでも溢れています。

たとえばスーパーや遊園地などで迷子になってしまった子供は、しばしば母親を求めて泣き続けますが、母親に出会って抱きしめられると安心して泣き止みます。

一見すると何気ない風景に思えます。

実際、幼い頃に迷子になって同じような経験をした人もいるでしょう。

しかしよくよく考えると、この母子間の現象が非常に興味深いことがわかります。

この現象には「なぜ子供は母親が好きなのか?」あるいは「なぜ子供は母親を求めるのか?」という哺乳類としての最も根源的な要因が含まれているからです。

「幼い子供が母親を求めるのはあたりまえだ」と思うかもしれません。

しかし、その「あたりまえ」がどのようなメカニズムによって機能しているかは、誰も知らないのです。

そこで今回、イェール大学の研究者たちは、母子間の絆の根底にある脳回路を調べることにしました。

子供と母親の絆を作る脳回路

調査にあたってターゲットとなったのは「子供時代に活発なのに大人になると弱まる脳回路」でした。

人間やサル、マウスなどの哺乳類は子供のときには母親を求めますが、年齢を重ねるにつれて徐々にその傾向は薄れていきます。

そのため、子供が母親を求めるのに使われる脳回路があった場合、子供のときと大人のときの活性に大きな違いがあると予測されたからです。

哺乳類では母親が子供に授乳する特殊な育児スタイルをとります
哺乳類では母親が子供に授乳する特殊な育児スタイルをとります / Credit:Canva

すると脳内の視床の一部、不確帯と呼ばれる領域にあるニューロン(ソマトスタチン発現ニューロン:ZISSTニューロン)に、子供と大人で働きに大きな違いがあることが判明。

ただこのままでは、そのニューロンが本当に子供が母親を求める機能をしているかはわかりません。

そこで研究者たちは遺伝子操作を行い、そのニューロンが活性化したときに光を放つように改造しました。

そして遺伝子操作を受けた生後16から18日の子マウスの脳に光ファイバーを差し込み、どんなタイミングで光が発せられるかを記録しました。

すると不確帯にあるニューロンは、子マウスが母親と交流するタイミングで活性化することが判明しました。

ただこの段階では、単に交流に関係するニューロンである可能性もありました。

そこで研究者たちは子マウスたちが「見知らぬマウス」や「兄弟姉妹」「同年代の子供」「ふわふわな猫の縫いぐるみ」「ゴム製のアヒル」などと一緒にいるときと、母マウスと一緒に過ごしているときの活性度の違いを比べました。

すると不確帯にあるニューロンは、母マウスと一緒に過ごしているときに特に強く活性化することが判明しました。

この結果は、不確帯にあるニューロン(ZISSTニューロン)が母子間の絆において重要な役割を果たしている可能性を示しています。

研究者たちも「このニューロンが他の誰かではなく母親で特に強く活性化するという事実は興味深い」と述べています。

次に研究者たちは母親から引き離された生後11日の子マウスに対して、化学物質を使って不確帯のニューロンを強制的に活性化してみることにしました。

これまでの研究により、母親と引き離された子マウスは鳴き声を頻繁にあげ、血中ではストレスホルモンの一種であるコルチコステロンが増加することが知られています。

人間の子供で例えるならば、迷子の子供が強いストレスを感じて泣いてしまっている状態と言えるでしょう。

ですがこの状態にある子マウスに対して不確帯のニューロンを活性化させたところ、子マウスの鳴く回数が減り、ストレスホルモンのレベルが低下したことが確認されました。

この結果は、このニューロン(ZISSTニューロン)の活性化が母親の存在を疑似的に感じさせ、孤立による苦痛やストレスを低下させていることを示しています。

さらに興味深いことに、ニューロンを強制的に活性化させている状態で特定の匂いを嗅がせ続けたところ、子マウスは次第に、その匂いに対してポジティブな感情を抱くようになる「関連付け」が形成できることもわかりました。

母親の匂いが子マウスを安心させることは古くから知られています。

ですが母親がいるときに活性化するニューロンを、母親なしで強制的に活性化させ、母親以外の匂いと結び付けることで、子マウスはその匂いに「母親」を感じるようになっていたのです。

以上の結果から研究者たちは、不確帯にある特定のニューロン(ZISSTニューロン)について「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」と名付けました。

ではこのニューロンは、子マウスが大人になるとどうなってしまうのでしょうか?

大人になってからの「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」

不確帯にある「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」は、大人になるとどうなるのか?

今回の研究では、このニューロンのその後についても調べるために、大人になったマウスで「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」の活性化が行われました。

すると意外なことに、大人になったマウスでは不安や恐怖に関連する反応が増大していることが明らかになりました。

子が母を慕う脳回路は大人になると弱まり親離れが実現します
子が母を慕う脳回路は大人になると弱まり親離れが実現します / Credit:Canva

そのため研究者たちは「マウスが年をとるにつれて神経回路の役割が変化した可能性がある」と結論しました。

研究者たちも「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」を長期的に追跡することができれば、異なるニーズをサポートしたり、非定型発達の児童特有の反応を研究する入口になると述べています。

いつまでたっても親離れできず、病的に母親を必要とする成人においては、ZISSTニューロンが子供のときのまま変化していないなど、神経学的な障害を起こしているのかもしれません。

現在、そのような人々はしばしば「マザコン」と呼ばれていますが、神経学的な障害であることがわかれば、状況が大きく変わるかもしれません。

実際、以前は盲目や難聴、吃音の人々を揶揄する差別的な言葉が多用されていましたが、人々の認識が変わるにつれ、それらの言葉は公の場での使用が不適切なものだとみなされるようになりました。

もし将来的にメカニズムの解明が進み「ママと一緒にいると気分がいいニューロン」の調整が可能になれば「親離れ薬」も開発できるでしょう。

参考文献

解明:幼若マウスの母と子の絆の形成に役立つニューロン
https://www.eurekalert.org/news-releases/1052175?language=japanese

元論文

Neurons for infant social behaviors in the mouse zona incerta
https://doi.org/10.1126/science.adk7411

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる