1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 怒りの感情で自分が苦しくなる、どうしたら? 吉川めいさんのお悩み相談室

怒りの感情で自分が苦しくなる、どうしたら? 吉川めいさんのお悩み相談室

  • 2024.7.26
怒りの感情を処理するのが苦手です。根に持ち自分が苦しくなるので対処法を教えていただきたいです。

多くの方が苦手意識を抱える「怒りの感情」について、大切なご質問をいただきありがとうございます。私自身にとっても大きな学びのテーマであり、普段蓋をされがちな感情だけあって、こうして公にトピックスに挙げることは重要なことだと感じています。

ヨガや瞑想を習い始めた頃、ある先輩に「全ての人の中に怒りの種、または悲しみの種がある。たまに両方ある人もいるけどね」と教わったことがあります。当時の私は、怒りを感じることがほとんどなく、鬱傾向があったので「私は悲しみの種だな」と思ったことを覚えています。しかし、今思えば、怒りの方が悲しみ以上にさらに受け入れ難かったこともあり、私の中の怒りはそれだけ奥深くに眠らせたまま、遠くにしまってあったのだと思います。

怒りと言えばネガティブな印象が強く、怒鳴ることや暴力、暴言など、悪影響が大きいものと考える人が多いでしょう。私もずっとそう思っていましたが、その理由を探ってみると、幼少期に家庭内で目の当たりにした怒りが、子どもだった私にとってとても怖く、自分を無力に感じさせるものだったという背景があります。だから私は、いつの間にか怒りは「悪いもの」「怖いもの」だと考え、心の奥に蓋をしてしまったのだと思います。

何年もの歳月が経ち、瞑想を続けることで私が知ったのは「感情には何一つ悪いものはない」ということ。怒りや憤り、そして悲嘆など、感じたくなかったり、不快に感じる感情はいくつもあるけれど、それらは本質的に見れば決して「悪いもの」ではないと知りました。

しかし、質問者さんのように、怒りを感じることで自分が辛いと思う方はたくさんいるでしょう。直感に反するように聞こえるかもしれませんが、実はそんな時に一番必要なのは、怒りの感情を抑えたり、「怒りは良くないもの」とジャッジして遠ざけたり、見て見ぬふりをしないことです。感情に素直なまま、怒りを思いっきり感じて「入り込むこと」なのです。

怒りの感情を例に挙げてみましょう。

「私はめちゃくちゃ怒っている。」

まずは純粋にそのことを認め、居心地が悪くてもしばらくその感情を感じること。素直に感情を感じさせてあげるための時間と、心のスペースを自分自身に与えてみてください。当たり前に聞こえるかもしれませんが、意外にも多くの方が軽率に扱い、ないがしろにしてしまっているステップでもあります。

怒りがあることを不快で不都合だと感じると、「処理せねば」という発想に至るのは自然なことです。また、長く怒りを感じ続けたくないため、「早くどうにかしたい」とも思うでしょう。どちらも直感的に“嫌な感情”を避けようとするレスポンスです。

怒りに限らず、私たちの社会は感情のパワーやその取り扱いについて未熟なことが多いです。アメリカのベストセラー新書『New Happy』の著者で、幸せについてのリサーチを続けるステファニー・ハリソン氏は「現代人は自分の感情に対して主に2つの反応しか学んだことがない」と指摘しています。

一つ目の反応「困難な感情を隠したり抑えたりし、無理に(または無理に見せかけて)楽観的で幸せな気持ちを感じようとすること」

二つ目の反応「頭を使って感情を理性で処理しようとすることで、感情をしっかりと感じ、体験しないまま避けてしまうこと」

そしてこのような時代背景の中、ハリソン氏は新たに三つ目の反応に加わるオプションを提唱しています。

三つ目の反応「まっすぐに自分の感情を受け入れ、その感情をフルに味わい、体験すること」

三つ目のオプションは既出の二つの反応に対して、真逆のことでは? と思われるかもしれませんが、これこそまさしく、私がヨガや瞑想プラクティスで学び、身につけてきていることと同じでした。

「感じたところで何も変わらないのではないか?」「怒りや憤りを思いっきり感じてしまったら、危険じゃないの?」と理性は言うかもしれません。しかし、実体験はその逆を示します。感情は感じたら動くもの。感じることを避けたり、蓋をしてしまうと停滞し、抑制された怒りがいつか爆発につながってしまったり、他の形で悪さをすることがあります。逆に、たくさん泣いたらその後はスッキリするように、怒りについても調整したり、下手に避けようとせず、フルに感じることを許せたら、気持ちは動くもの。もちろん、自分や他者に危険のある感情表現は避けたいので、感情をしっかりと感じ、受け入れつつ、その表現方法を適切に落とし込む必要はあります。この時に鍵を握るのは、自覚意識(アウェアネス)を持つことです。自覚意識を持ちつつ、泣くもよし。喚くもよし。友達に愚痴をこぼしたり、枕に叫ぶのもあり。なんらかの形で感情を溜めずに、しっかり感じ、認め、安全な表現を自分に許すことは心の健康に直接的につながることでしょう。

小さな子どもが怒って泣いて喚いている時に、「泣いちゃダメ」「黙りなさい、迷惑だから」と対抗する親は少なくありません。きっと、その親も子どもだった時に、親にそうしつけされたのでしょう。しかし、それは健全な感情の取り扱いだと言えません。代わりに、その子に寄り添って、目線を合わせて「どうしたの? 何を感じているの? なんでそう感じているの?」と、まずはヒアリングをして、その子の本当の気持ちを知り、その子のことをよりよく知ろうとしてみることで愛が伝わったり、絆が深まったりするのではないでしょうか。

この同じようなコンパッションを、怒りを感じている自分自身に向けることができたら。小さな一歩からでも、次第に大きく広がる心の器を感じられるのではないかと思います。怒りの奥には、深い悲しみが隠れていることも少なくありません。何層にも渡って滝のように抑制され続けた感情が出てくることもあるでしょう。泣いて喚いている子どもを急かさないように、自分自身についても広い心でドーンと構え、様々な豊かな感情を感じ切ることをゆっくり自分に許してあげてください。

自分自身をよりよく知るよう、自分の心に寄り添い、深く耳を傾ける時。こんな質問をご自身に向けてみてください。

「この感情は、私に何を示してくれている? この怒りは、私に、私自身について何を教えてくれている?」と。

根に持つほど怒っているということは、きっと、何かそこに不正があったとか、裏切られたなど、「こうなるはずではなかった」という、あなたの考えがあるのではないかと思います。

この時、根底にあるこのような気持ちを深く聴き入れる前に「仕方ないから」「もうどうにもならないから」と言って、先立って心の内で理性で片付けようとしないように注意してください。感情の力の素晴らしいところは、理性とは全く違う次元にあるということ。理屈ではなく、「ただ気持ちを深く聴くために」自分の感情の受け皿となり、とことん気持ちに寄り添ってあげてください。

このような詳しい気持ちのヒアリングは、あなたに「自分はこういう正義を大切にしていたんだ」とか「本当はこういう価値観を大切にしていたのだ」と、あなたにとって重要なものを教えてくれるでしょう。また、どうしても手放せない考えが何なのかを明確にし、自分の価値観に沿わない人や出来事があった時に、あなたがどういったリアクションを取る人なのか、あなたのパターンも見せてくれるでしょう。

起こったことは変えられないし、そこに芽生えた感情に嘘をつくことはできません。しかし、そこに浮上した怒りを抑えず、受け入れる選択はできるはず。また、自分の中でそれほど強く自分のスタンスを正当化する必要を感じている自分がいることを認めることも、相手や出来事を許すことができなくても、怒りに続く二次的な苦痛を大幅に軽減するチョイスとなるでしょう。

自分の気持ちを自分自身の中で認め、抱くことができると、怒りのエネルギーを「どう使いたいか」以前とは違うアイディアや手段が浮かんでくることもあるでしょう。いずれにせよそこでは必ずもう1ページ、知らなかったあなたの本性に出会うことができるのではないかと思うのです。

元記事で読む
の記事をもっとみる