Text by 編集部
衝撃の報道だった。今月17日早朝に『読売新聞』が「日本代表MF佐野海舟が性的暴行による疑いで警視庁に逮捕された」とスクープ(衝撃的な独占報道記事)を打ち出した。この報道を口火に国内外のさまざまな媒体が佐野の性加害の疑いを報じた。
アスリートの性加害報道は今年1月に『週刊新潮』が日本代表FW伊東純也の性加害疑惑を報じたが、新聞報道と週刊誌報道では確度が異なることから読者は記事の信ぴょう性を見極めなければいけなくなった。
さまざまな情報が飛び交う中で、本媒体に多数の取材記事を寄稿する高橋アオ氏にニュースの見極め方を聞いた。
雑誌編集記者、新聞記者、テレビ報道記者時代にスポーツや警察を取材を担当したライターが今回の性加害報道に切り込む。
(聞き手・編集部、語り手・高橋アオ)
伊東の週刊誌報道は確度が低い
――まずは伊東純也選手の性加害報道についてお聞きします。高橋さんから見てあの報道をどう捉えていますか。
僕は伊東選手の性加害報道は信ぴょう性の確度が低いと思っています。あくまであの報道記事を読んでの感想なんですが、何度読んでも必要な要素が抜け落ちているんですよね。
――必要な要素とはなんですか。
まず読者の視覚に訴える写真や画像の有無ですね。週刊誌報道でニュース記事を掲載する場合は視覚的な証拠となる写真の入手を最優先とします。例えば女性と選手のツーショット、ホテル室内でのやり取りの写真、LINEやInstagramのDMでのやり取りを写したスクリーンショット、なんらかの誓約書(口止め)などの写真ですね。それらが当該媒体の記事に一切なかったんですよね。
他にも女性とのやり取りを記録した動画や録音も載ってませんし、確固たる証拠が見当たりませんでした。ソースは文書だけなので、読んだときは「あれっ?」と思いましたね。
――確かに週刊誌の報道は写真が必ず載っているイメージがあります。
視覚に訴える写真がない場合は記事の価値が大分下がります。当該記事は掲載されている写真も建物の写真と選手のプレー写真だけで、大学生でも書けちゃうような内容だったからびっくりしましたね。僕が編集長やデスクという立場なら記事の掲載を許しません。他にも足りない要素があります。
――足りない要素とは何ですか。
伊東選手本人に直撃取材をかけていないところですね。通常なら伊東選手に接触する形で本人の写真を撮影してコメントを取りますけど、その取材した様子が一切ないことも気になりました。
――確かにありませんでしたね。
そうなんですよ。だからあの記事は見切り発車で出したのかなと思います。他の報道が後追い取材する形で芋づる式で新事実が出ることを狙ったような形ですかね。他の媒体が後追いしなかったので、浮いちゃいましたね。
――本人に取材しないケースもあるんですね。
いや、それは基本的にありえないですね。本人に直撃して取材することは週刊誌記者にとって避けては通れない大事な仕事ですから。僕は伊東選手を取材したことがありますけど、本人が言わなそうなことも書いてあるから「伊東選手は絶対そんなこと言わないだろ」と思いました。あくまで記事の内容に限っていいますけど、信ぴょう性が低いと思いました。
佐野の新聞報道は確度が高い
――佐野選手の性加害報道についてはどのように捉えていますか。
あの記事は情報の信ぴょう性が非常に高いと思います。新聞社の初報を読んだ段階で佐野選手がほぼ確実に逮捕されたと分かりました。
――なぜそう判断されたのですか。
まず各新聞社、通信社、テレビ局は警視庁の記者クラブ(公的機関などの各組織の取材を目的とする大手メディアが中心となって構成されている任意組織)に加盟しています。
加盟社は警視庁から逮捕情報などを提供してもらえますし、警察との信頼関係も他のメディアと比べたら圧倒的に強固です。初報を報じた新聞社は記者クラブに加盟していますし、捜査関係者から情報を聞いたと明記しているので情報の確度が高いと思いました。
――他に当該記事の信ぴょう性が高いと感じた部分はありますか。
まず、端緒(警察がどのようにして事案の発生を知ったかの糸口)がしっかり書かれています。被害女性の110番で覚知(消防機関や警察が火災や事件などを認知すること)したと分かるので、これは警察関係者しか知り得ない情報です。その部分が明記されているから、警察関係者しか知り得ない情報を警察関係者に取材して情報を得たという証明になります。
他にも被疑者(容疑者)の詳細、犯罪行為が行われた場所、犯行の内容、逮捕の経緯も書かれていますから、どれも警察関係者しか知り得ない情報なので警察関係者を取材していることが分かります。
――テレビ局も後追い報道していましたね。
そうですね。それも続報が出れば出るほど、情報が深掘りされています。そのため佐野選手が逮捕されたことはほぼ確実ですし、テレビ番組の続報で弁解録取(逮捕された被疑者の弁解を聴く手続)で被疑者の認否(事実を認めるかどうかの返答)を明らかにしているから、警視庁の警察官に佐野選手が逮捕されたことは間違いないですね。
――そうなると佐野選手は性加害をした可能性が高いことになりますか。
それは言い切れませんね。あくまで記事を読んだ上での話でいうと、警視庁の警察官に佐野選手を含めた3人の被疑者が性加害による疑いで逮捕されたことは分かります。ただ逮捕段階は推定無罪ですから、本当に犯罪行為を行ったかどうかは裁判で明らかになると思います。
そもそも起訴(検察官が裁判所に対し、特定の刑事事件について審判を求める意思表示を内容とする訴訟行為)されるか現時点では分からない事案ですから、性加害の可能性については推定無罪ですからコメントできません。
週刊誌報道と新聞報道の違い
――今回高橋さんに聞いて週刊誌報道と新聞報道の信ぴょう性が異なる印象を抱きました。
週刊誌報道記者も優秀な方はたくさんいますよ。ただ伊東選手の週刊誌報道については確固たる証拠がないことや本人に取材をしていない部分を読んで信ぴょう性が低いと判断しました。だから証拠写真や画像の有無、本人を直撃取材しているかどうかなどが判断材料になります。
ただ週刊誌報道は新聞報道やテレビ報道と比べたら情報の確度は低いと思います。それは記者クラブに未加盟だったりとざまざまな理由がありますが、情報の確度のアベレージでいったら新聞やテレビは信ぴょう性が高い傾向にあると思います。
――新聞やテレビの報道は比較的信用できると。
うーん(苦笑)。情報の確度が高い傾向にある媒体の情報だからといって、それを鵜呑みするのは良くないと思います。当然新聞やテレビだって誤報を出すときはありますし、こういった逮捕や送検などが関わる刑事事件は新聞記者、テレビ報道記者は慎重に取材しますけど、逮捕は推定無罪ですからそれで「こいつは悪者だ!」と決めつけるのは意味のないことだと思います。
――裁判で真実が明らかになるまで無罪と考えないといけませんね。
基本的にそうだと思いますよ。感情のまま被疑者を罵倒するとして、被疑者が誤認逮捕だったり、不起訴や無罪だった場合はあまりにも悲惨というか。僕は推定無罪という前提で物事を考えることはとても大事だと思っています。
――一般の読者はこういったニュース報道を判断する上でやるべきことはありますか。
難しいですね(笑)。僕は記事内にどれだけ証拠になる事実があるかを読むようにしています。例えば「これは警察関係者しか知り得ない情報だ」、「この写真は言い逃れができない」とか。こういった記事は証拠探しという感覚で読むと、「あれ、この記事は証拠が少ないぞ?」となると思うので証拠を探す感覚を養えばいいと思いますよ。
――今後スポーツ記者として二選手の動向をどう見守りますか。
なんとも言えないですね。あくまで推定無罪と考えていますから、今後の動向をしっかり見守っていきたいです。
過去に新聞やテレビ局で警察担当記者やスポーツ記者を経験した高橋氏は逮捕段階は推定無罪であり、報道を受けて感情のまま反応しないことを推奨していた。
過激な報道、信ぴょう性が低い報道などが世に数多く出ているため、読者のリテラシーが試されている。弊社編集部は2選手の動向を見守りながら質の高い情報を届けられるよう心がけていく。