1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「Fラン大卒も正社員になれる人はすでになっている」専門家は口を揃えるのに"氷河期対策"に金が流れる謎

「Fラン大卒も正社員になれる人はすでになっている」専門家は口を揃えるのに"氷河期対策"に金が流れる謎

  • 2024.7.12

就職氷河期問題とは何なのか。雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんは「雇用やキャリアの専門家は氷河期世代でも正社員になれる人はすでに正社員になっており、これ以上の対策は……と口を揃える。必要以上に深刻に報じるマスコミも政府も、雇用の統計と現場のリアルを読み切れていないのではないか」という――。

自分の面接の順を待っている若者たち
※写真はイメージです
就職は厳しかったが、その後「正社員化」が進んだ

就職氷河期に大学を卒業し、まともに就職できず、そのまま非正規就労を続ける人たちは、こと男性に限ると、全く多くはなく、他世代と比べても少ないくらいだ。前回はこの事実を、労働力調査を基に示した。

確かに就職氷河期に大学を卒業し、その時点で正社員になれなかった人は多い。が、その後、徐々に正社員化が進んでいった。今回はその状況を見ていくことにしよう。

最初に、就職氷河期とはどれほど厳しいものだったのか、をデータで示しておく。

図表1は、卒業時点で無業(進路未定・一時的な仕事に就いた人)だった人数と、その卒業生全体に占める割合を示したものだ。

【図表】卒後無業(一時的な仕事含む)の推移
※図表=筆者作成

2000年~2003年の間、無業者割合は25%を超え、卒業生の4人に1人以上が無業だった。これだけで、超氷河期の新卒就職が難しかったかが十分に分かるだろう。

ただし、これが実態以上に喧伝されている嫌いがある。

正社員で就職できた人のほうがはるかに多い

この時期でも、正社員就職できた人の数は、無業者よりもはるかに多い(図表2)。超氷河期の就職数は30万人ほどであり、無業者の倍以上いるのがわかる。こうした現実が忘れられて、誰も彼もが就職できなかったように言われていることが、一つ目の間違いだ。

氷河期前のバブル時代は就職数が確かに多かった。それでも、学年当たりの就職数は35万人に届かないくらいであり、超氷河期との差は5万人弱しかない。その程度の差なのだ。

【図表】大学卒業生数と就職者数
※文部科学省「学校基本調査」より ※図表=筆者作成
「氷河期は大手企業に入れなかった」への反論

ただ、「人数的に大差なくとも、中身が異なるだろう。バブル期は大手企業に入れたのが、氷河期は名も知れぬ中小ばかりだったのではないか」という声が聞こえてきそうなので、次のデータを出しておく。

【図表】大手(従業員1000人以上)への大学新卒入社数(単位,1000人)
※図表=筆者作成

こちらは、雇用動向調査を基に、大卒で従業員1000人以上の大手企業に、新規入職した人の数を示している。この数値には、正社員のほかに、フルタイムの契約社員も含まれる。ただ、20代前半のフルタイム契約社員実数は労働力調査などから「少数」であることがわかるため、その多くを正社員と考えて相違ないだろう。

図表3からわかる通り、大手への大卒新規入職数はバブル期にピークとなり、14万5600人にも上っている。バブル崩壊後その数は急減し、2000年に8万7100人でボトムとなる。以後、10万人前後で超氷河期は底這いを続けている。

確かに、超氷河期は、大手企業への採用が減ったが、その減少幅は特異的に採用が多かったバブル期の3~4割減にとどまる。超氷河期とは、やはりその程度のものなのだったのだ。あの就職売り手市場と言われたバブル期ピークと比べても、総就職人数で15%弱の差、大手への就職数でも3~4割の違いに留まる。平年と比べれば、就職人数で2~3万人、大手就職数では1~2万人の差に留まるだろう。世に言われる「名も知れぬ企業に就職するか、はたまた無業かといった絶望的」なものでは、全くない。

この時期は、eビジネスの黎明期にもあたる。今を時めく、ヤフーや楽天、DeNa、サイバーエージェントなど、21世紀の勝ち組企業が大口の採用をしていて、現在そこで重席に座る氷河期世代は多い。好況期であれば、海のものとも山のものともわからないこうした新進中堅企業は、えてして見向きもされなかっただろうから、万事塞翁が馬と言える部分もあるだろう。

景気が悪いと「就職先が1ランク下がる」程度の違い

当時私は、人材ビジネスの企画職と編集職を行ったり来たりしていたので、氷河期世代の就職の実相を、取材や企業ヒアリングを通してよくわかっている。

まず、今も昔も、就職は各大学のレベルに合わせて、相応な入社先が決まっている。その大学の過去の採用実績を見れば容易にそれは察しがつく。

平時ならそうした「身の丈」レベルの企業に就職するところが、景気が良くて売り手市場だと、1ランク上の企業を選ぶことができる。逆に景気が悪いと、1ランク下がる。そうした「上下1ランク」程度の変動が景気により起きる。

たとえば、早慶旧帝大などのSランク校であれば、通常時ならエスタブリッシュな超大手企業に多数が就職できただろう。ところが、不況期になると、大手は大手でも、あまり名の知れない企業や、BtoBの地味な企業などが増える。そんな程度の変動なのだ。間違っても、Sランク大学出身者の大半が名も知れない中小企業に入ったなんてことはないし、逆に言えば、今でもSランク大学出身者が少数ながら名も知れない中小企業に入ってもいる。

E・Fランク大学の卒業生も正社員化していった

超氷河期には、多くの大学で、就職先が1ランク下がる、という連鎖が起きた。

Sランク大学なら、Aランク大学並の就職先へ、Aランク大学は、Bランク大学並の就職先、Bランク大学はCランク大学並の……といった変動が起き、最終的に、Eランク・Fランク大学だと職にあぶれる学生が多くなっていく。

そんな玉突き連鎖が「超氷河期」の就職メカニズムなのだ。

元々、Eランク・Fランク大学だと卒業後、大手就職者は少なく、地元の中堅・中小企業に入る学生が多い。こうした地元の中堅・中小企業だと、採用は新卒にこだわらないところが多い。というよりも、学生からの人気が低く、新卒募集だけでは枠が埋まらなかったり、そもそも新卒採用に力を入れず、縁故者の中途採用で賄っている企業も多い。

だから、卒後無業の人たちでも、応募すれば、採用に至るケースは多い。

氷河期にEランク・Fランク大学卒で職にあぶれた人たちは、卒後、そんな中堅・中小企業に緩やかに吸収されていった。そうして正社員化していく。

その様子を、就業構造基本統計調査から見ていくことにしよう。

図表4は、就業構造基本統計調査から作成したものとなる。

2000年に大学を卒業した人が、初職で正社員となるまでにかかった期間を表している(現在無業、現在有業と2つの表があるため、それらの合計を示している)。

これを見ると、どのように正社員化していったのか、その足取りがよくわかる。

【図表】2000年の大卒者が初職で正社員となるまでの期間(単位,人)
※図表=筆者作成
卒業後1~3年での正社員化が最も多い

正社員になるまでの期間が、卒業後1~3年4万9000人、卒業後3~5年1万4100人、5~10年1万6800人、10年以上1万2000人。合計で9万1900人が卒業後1年以上を経てから正社員となっている。

表中1年未満の正社員化が30万4500人いるが、この中には新卒時は無業で、その後1年以内に正社員になった人も含まれる。こうした数も加えれば、新卒無業者の10万人以上が正社員化しているだろう。ただし、ここでも女性は大いに不利で、正社員化したのは男性の半数程度にとどまる。

このような正社員化の積み上げが起き、結果、30代後半時点で男性の正社員比率が9割を超える状態に至る。女性の場合は、当時、出産や結婚退職が多く、一度家に入ったあとは、正社員に戻れず、非正規就労が年齢とともに増えていく。これは、氷河期とは何も関係ない「非正規化」だ。

確かに、氷河期世代で悲惨な生活を送るフリーターや引きこもり者は今でもいるだろう。ただ、それはどの年代にもあまねく存在する「就労困難者」でしかない。氷河期だけにスポットをあてず、広く、救いの手を伸べることこそ重要だろう。

氷河期対策は集中的に行われてきた

ネットで「氷河期世代」の記事を探すと、有名な識者や氷河期の代表的な言論人から、「政府は何もしなかった」「対策は遅く小さすぎた」という記事が、今でも多数ヒットする。これは大嘘だ。図表5の通り、政府は2000年前後から早々に組織を立ち上げ、この世代に対策を集中してきた。

【図表】就職氷河期世代を対象とした調査や政策
※図表=筆者作成

表中にあるジョブカフェやサポステなどの常設型支援所のほか、試行雇用制度、Jobカードに代表される採用助成制度も拡充された。すでに書いた通り通常でも中堅・中小企業を中心に新卒無業者は時間をかけて自然吸収されていく。東京大学副学長の玄田有史教授の研究によると、それは10~15年ほどの期間を要するとのことだ。ただ、氷河期世代に対しては、政策・制度が集中されたために、この吸収を促進したことは、ここまで示したデータからもお分かりいただけるだろう。

前回示した通り、その結果、超氷河期大卒組の男性非正規就労数は、人数でも比率でも、前後の世代よりも少なくなっている。

雇用の素人集団の妄言

2回にわたって書いてきた、氷河期問題の真相はいかがだったろう。

あたかも、氷河期世代は、就職できなかった人が圧倒的多数で、できた人も無名の中小ばかり。そして、日本は新卒時点で非正規だとその後は正社員になれないから、ミドルになっても非正規労働者ばかり……。そんな氷河期世代像は、現実とは恐ろしいほどかけ離れた虚像でしかないのが、お分かりいただけただろう。

にもかかわらず、何かというと「氷河期」は政府やマスコミに取り上げられ、そして、金が流れる。以下の記事など、その不整合を誰も指摘しないのが不思議なくらいだ。

「3日、政府の経済財政諮問会議で(中略)年代別の世帯の所得の変化について、バブル崩壊後の1994年と2019年を比べた調査結果を報告しました。それによりますと世帯の所得の中央値は、いわゆる「就職氷河期」世代を含む35歳から44歳の世代では104万円減少していたほか、45歳から54歳の世代では184万円減少していたとしています。

(中略)こうした結果を受けて岸田総理大臣は(中略)包括的な施策を取りまとめるよう野田担当大臣に指示しました」(2022年3月3日NHK政治マガジンより)

2019年時点で45~54歳の人は、その半数が「バブル期の学卒者」となる。この世代の世帯年収が184万円も減少しているのは、「氷河期」では説明がつかない話だろう。

これなどは、経済財政諮問会議という「雇用の素人集団」のまさに妄言なのだ。この間の世帯収入の減少は①景況によるボーナスダウン(バブル時代が異常なほど高賞与だった)、➁当時55歳定年の企業も多く、その後2回の雇用延長(1994年60歳義務化・2013年65歳義務化)がなされた。こうした雇用の長期化に伴い、ピーク年収の平準化が行われたこと、③脱年功給を期したミドル年代の給与制度の変更、④離婚や未婚などによる世帯構成員の減少と世帯数の増加、⑤自営業の衰退で会社員数が増加し低年収層が増えた、などの理由が考えられる。

正社員になれる人はすでになっている

この事例でもわかる通り、社会状況を緻密に読み解く努力をおざなりにし、なんでも「氷河期」で片づけすぎている。それが続くことで、実体以上に氷河期被害が人々の心の中で幅を利かし、ここに政策資金が集中する。そうして、その多くが無駄になっている。

連載の冒頭に書いた「就職氷河期世代支援プログラム(3年間の集中支援プログラム)」は、当時審議員だった私の反対など何の足しにもならず、1000億円単位の予算が付いた。

その無駄金で催される「氷河期世代向けイベント」に、皮肉なことに私が呼ばれることが多々あった。

イベントでは顔見知りのキャリアコンサルタントやサポステ職員から声をかけられる。

そして皆、決まり文句のようにこう話す。

「氷河期世代向けにやることなんて、もうありません。なれる人はすでに正社員になっていて、これ以上は無理です。ほかにお金を使ってもらいたいことは、たくさんあるのに、氷河期ばかりに目が向けられて……」。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。

元記事で読む
の記事をもっとみる