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【オニール八菜連載vol.2】ふたりのアルブレヒトと! 夢を叶えて初役で踊ったジゼル。

  • 2024.7.9

パリ・オペラ座バレエ団の最高位エトワールとして活躍するオニール八菜の"いま"をお届けする新連載がスタート。ダンサーとして、ひとりの女性としての彼女にインタビュー。(取材・文/大村真理子)

『ジゼル』第2幕より。photography: Julien Benhamou/ OnP

今年2月の来日ツアーで『白鳥の湖』を踊り、カンパニーの公演でエトワールとして日本での初舞台を成功させたオニール八菜。7月31日から始まる世界バレエフェスティバルでの再来日が待たれている。オペラ座のシーズン2023~24を『白鳥の湖』で終える前、彼女は初役で『ジゼル』を踊った。『ジゼル』では過去に何度もミルタ役を踊り、彼女はその高い技術とウィリスたちを率いる威厳が印象的で当たり役だと好評を得ていた。その主役のジゼルは彼女がいつか踊りたいと望んだ役のひとつである。2022年の6~7月に行われた前回の公演でミルタ役を踊った際に、次はジゼルを!と強く願い、その夢が今回叶えられたのだ。

ミルタからジゼルへ。

「もともとバレエとして踊りたい作品でしたけど、ミルタを踊ることによってジゼル役を踊りたいって心から思うようになっていました。ミルタ役は好きです。今回も実はゲストのマリアネラ・ニュネスがユーゴ・マルシャンと踊る2公演では私がミルタ役、とジョゼ(・マルティネス芸術監督)から言われてましたが、その前の『ドン・キホーテ』の公演数も結構あったので今回はジゼル役に集中して、ということになったんです。おかげでミルタのあのイメージはそのまま残し、新たにジゼルを作り上げるということができたので良かったと思っています。でもリハーサルが始まった時は、自分にできるのだろうか、どうやればいいのかなと少し不安になりました。というのも、どうしてもジゼルを踊りたい!という思う気持ちから、私には夢のような作品だったので。また、あまりにもミルタが私に似合ってると言われてたこともあって、観客は私のジゼルをどう見るだろうかとも思って......。役としてミルタはとても楽しかった。でも私のキャラクターや自分が持っているものを思うと、ジゼルのほうが私に近いのでやりやすかったですね。公演に向けてジゼル役に集中力120パーセント!頭の中がおかしくなってしまうくらいでした(笑)。マリアネラとユーゴ・マルシャンの公演もあえて見ませんでした(リハーサルは、ちょっとだけ覗いたけれど!)。ほかのダンサーのジゼルを見ることで、自分が築くジゼル像を壊したくなかったんです」

役作りのためのリサーチ、その楽しみと苦労。

今回ジェルマン・ルーヴェと配役が発表された予定通りの3回の公演に加え、ドロテ・ジルベールの怪我による降板ゆえユーゴ・マルシャンとも彼女は1回踊ることになった。稽古に際しては彼女のコーチで元エトワールであるフローランス・クレールとシャルル・ジュードが踊った映像だけでなく、イヴェット・ショーヴィレ、アリシア・アロンゾ、カルラ・フラチなどのビデオも見たという。

「ちょっとヴィンテージっぽい(笑)!みんな踊り方が違っていて......あ、彼女だからこうするのだな!というように、それぞれの映像を見るたびに思いました。この人のように自分もしてみようということではなく、自分のジゼルを探すことがどれほと大切なことかと、これらのビデオから学ぶことができました。リサーチをして役作りをするのはとても楽しいこと。今回私にとっていちばん大変だったのは第1幕のキャラクター作りです。ごくナチュラルに演じたいと探ってみたのですけど、自然すぎると何を言いたいのかが見えなくなってしまう。"物足りない"と"やりすぎ"の中間を探る......これはおもしろい仕事でした。私がイメージしたジゼルは、アルブレヒトにとても恋をしていて、そして踊るのが大好きな娘。このことを意識しました。そしてジゼルは村娘なので、たとえば階層の高い人に対するお辞儀の仕方なども農民の家の娘らしく......礼儀知らずというのではなく、彼女の育ちを感じさせるように。最初から最後まで農家の娘ということを忘れないよう心がけました」

第1幕。photography: Julien Benhamou/ OnP

『ジゼル』の第1幕の見どころは、なんと言ってもアルブレヒトの真実を知った後の狂気のシーン。彼女が亡くなり幕が降りるまで、観客はジゼルから目が離せなくなる。ダンサーによる表現の違いが興味深いシーンなのだ。

「これもいろいろなダンサーのを見ていますが、やはり自分らしくできないことには嘘っぽくなってしまうので、フローランスとじっくりと稽古をしました。自分らしさ......それはどう言ったらいいか......狂ったというより、誰が誰かわからない、どこに自分がいるかわからないというような感じ。他人に何かを見せるというのではなく、自分の頭の中で起きてることなので大げさにせずに。何が起きたか最初はわからなくて、少しずつ、ああこういうことがあったなというように。腕がなぜか上がっているけど、どうしてだろう......ああ、こういうことがあったんだわ、というように頭の中で回想がひとつひとつ......という感じに演じました」

いちどリハーサルスタジオでフローランスと稽古をした時ピアニストがいなかったので、自分が持っていたYouTubeのビデオの音楽を使うことにしたそうだ。それは当時若かったフローランス・クレールをイヴェット・ショーヴィレが指導する映像だったため、ショーヴィレがフローランスに語る言葉が聞こえてくる。その上に稽古場で八菜さんを指導するフローランスの言葉が重なって、なんだか奇妙でおもしろかったという思い出が残っている。パリ・オペラ座における継承を物語るひとつのエピソードだ。

第1幕の最後。ジェルマン・ルーヴェと。photography: Julien Benhamou/ OnP

第2幕のジゼルはウィリ(精霊)である。宙を浮遊するような踊り方が要求され、演技面では人間的な感情を表さない。とはいえ、精霊たちがウィリとともに墓に戻ることでアルブレヒトの命が救われる、夜明けを告げる鐘が鳴るシーンは例外だ。ジゼル役のダンサーたちは顔を少しだけ上げて安堵の表情をかすかに浮かべることが多い。しかし彼女は顔を上げることなく、うつむいたままミルタの前で精霊であることを貫いていたのが印象的だった。第2幕についてはどのような役作りをしたのだろうか。

ジェルマンとユーゴ、ふたりのアルブレヒト。

第2幕。視線も交わさず、身体がしっかり触れることもなく......。photography: Julien Benhamou/ OnP

「第2幕ではアルブレヒトへの愛、それだけを考えて踊りました。"幽霊"であることを忘れずに、だから生きている人間とは目が合うこともありません。愛する気持ちはいっぱいだけど、でも自分は死んでしまった"幽霊"なのだと......。ジェルマンも私が実体のない幽霊であることをすごく意識していて、たとえば手の触れ方ひとつにしてもしっかりではなくふわっとした感じにしていました。その点ユーゴは違ったので、ああ、彼はこれまで私とは違うジゼルと踊ってきたのだなとすごく感じました。鐘の音が鳴る時、ジゼルはミルタの前にいますね。私はミルタ役を踊っているせいでしょう、彼女はウィリたちの女王だという思いが強くあって、ミルタが去ってしまうまでジゼルは何もリアクションをしないものだと考えていました。このように反対側の役も踊っていると、役の解釈を興味深いものにしますね」

今回の『ジゼル』では、ジェルマン・ルーヴェとユーゴ・マルシャンというふたりのアルブレヒトと踊ることになった八菜さん。婚約者がいながら身分を隠して、ジゼルと愛し合うアルブレヒトである。どちらがより"プレイボーイ"だったのか。

「第1幕では、それもおもしろいところでした。ユーゴは最初からジゼルに嘘をついているというのがすごく感じられました。ジェルマンのアルブレヒトには騙すとかそういう気持ちはなくって......『ジゼル』の元となる話によると、ジゼルもアルブレヒトも踊るのが大好き。踊りがふたりを繋げ、そして愛となる。リハーサルはジェルマンとずっとしていたせいかもしれないけれど、彼のアルブレヒトは結果として"あ、騙すことになってしまった!"という感じなんです。それに対してユーゴは最初から自分は悪いことをしてるという意識があるのが感じられて......。ユーゴは体格がいいから身体的なこともあって感じるのかもしれないけれど、ジゼルに対して支配的な面があります。ジェルマンのアルブレヒトはジゼルと対等。どちらが良い悪いというのではなく、こうしてふたりのダンサーと同じ作品を踊るのはすごくおもしろい経験でした。次回踊る機会があったら?『ジゼル』に限らず次はああしてみよう、こうしてみようといった仕事ではありません。たとえば2月に日本で踊った『白鳥の湖』を今回オペラ座で踊るわけですが、2月に日本で終わったところから稽古を始め、同じ方向でさらに次の段階に行けるように、という仕事をします。それがおもしろいんです。回を重ねるごとに、より高めてゆくというのが楽しみなんだと思います。コール・ド・バレエの人たちにしてみると、あ、また同じバレエとなるかもしれないけど、ソリストにとっては、過去に踊った作品に再び取り組めることがあるのはすごいチャンスだと感じています」

第2幕。ユーゴ・マルシャンと。photography: Julien Benhamou/ OnP

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