「ココ クラッシュ」をはじめシャネル ファイン ジュエリーのアイコニックなコレクションを数々と生み出してきたシャネル ファイン ジュエリー クリエイション スタジオ ディレクターのパトリス・ルゲロー。今回彼が着目したのは、ガブリエル・シャネルのクリエイションに不可欠だった「スポーツ」だ。身体の解放を訴えたガブリエル同様に、彼は身体に寄り添いしなやかに変化を遂げるトランスフォーマブルなハイジュエリーを展開。メゾンを象徴する「5」という数字やハンドバッグで用いられているキルティングモチーフなど数々のコードを盛り込み、その美学を体現した。極上のジェムストーンとハイテク素材の華麗なるミクスチャーで魅了する、このコレクションに込めた思いとは?パトリス自らが製作秘話と語ってくれた。
──活発な身体の活動でもある「スポーツ」と、究極のラグジュアリーであり芸術的な創造物でもあるハイジュエリー。ある意味“対極的”とも言える組み合わせかであるこの2つを融合させる上で、最も苦労した点、逆に制作を進める上で新たな発見などがあったら教えてください。
パラドックスのようですね!スポーツとハイジュエリーは対極的に見えますが、シャネル(CHANEL)の要である自由なクリエイションがこの2つの組み合わせを可能にしています。まず、シャネルのスポーティスタイルは、メゾンの歴史を語るうえで欠かせない要素です。身体への意識、エレガンス、自由な動きは、ガブリエル シャネルのクリエイションの真髄でした。
マドモアゼルのクリエイションは当初から、スポーティなアリュールを特徴としており、1921年には既に、オートクチュールハウスの中に“スポーツ”アトリエを作っていたほどです。これは彼女のクリエイションに対するアプローチの決定的な要素だと思います。そして、「ツイード ドゥ シャネル」の時と同じく、私はマドモアゼルのビジョンの原点に立ち返り、初めてハイジュエリーとしての解釈を試みることを楽しんでいます。
ハイジュエリー コレクション「オート ジュワイアリー スポール」は、スポーツの美しさと情熱、その挑戦と勝利を、大胆さ、限界のない自由なクリエイション、卓越した技術的サヴォアフェール、そして至極のジェムストーンを組み合わせて称えています。
最も苦労した点は、新しいフォルム、新しい形―言うなれば私の言語に対する特定の文法を生み出すことでしょうか。美的感覚(aesthetics)と技術的サヴォアフェールは本当に重要でした。そのおかげで、シャネルに不可能はないと再認識できました。
──アルミニウム、カーボンファイバーなどのハイテク素材と宝石の異素材&カラーミックスが印象的でした。素材に関するアイデアは、どこから生まれてきたのでしょうか?
すべてはスケッチ、色、ビジョンから始まります。それから、最終的なデザインの明確なアイデア、その宝石をどう纏うかを決めます。今回のコレクションでは、ハイジュエリーで一般的に使われているものとは違う素材を使うアイデアに特にこだわりました。コレクションの代表的な特徴は、プレシャスな素材とハイテク素材の組み合わせですが、パフォーマンスやスポーツを語る際に欠かせないハイテク素材は、プレシャスなジェムストーンと組み合わせて対比させるのも面白いと思ったのです。
とりわけ軽量で耐久性があるアルミニウムはこれまでにない新たな色を帯び、低密度と高耐久性を融合したカーボンファイバーは超軽量でスポーティな「シャネル プリント」カフを生み出しています。例えばカーボンでは、私のデザインの狙いは、外側全体をシームレスに覆うカーボンの「布」を作り上げることでした。しかし、機械加工などこの手の素材に使われている既存の技術では、私の思い描いたことを実現出来なかったのです。そこでカーボンは型を使って成型しましたが、多くの技術的複雑さに直面しました。第2の挑戦は、レーザーエングレービングで、文字を歪ませることなく、外側全体に文字のレースのモチーフをほどこすことでした。私の夢を実現すべく共に働く、才能あふれた最高のエキスパートとの日々素晴しいコラボレーションでした。
──チューブ状のチェーン、カラビナ、メッシュなど今回初めてハイジュエリーで採用されたモチーフもありました。これらのモチーフを“シャネルらしく”表現する上で、一番大切にした点、こだわった点は?
このコレクションでは、技術的なサヴォアフェールが要でした。機能的な視点からジュエリーにアプローチすることでこのコレクションならではの美学を作り上げています。連結パーツがグラフィックな平面を作り、またスポーツ用品から取り入れたクイックリリース金具はクラスプとして、あえて隠さずに、むしろピースの中心として位置づけました。数字の「5」の形に再構築したカラビナ クラスプ、アイコニックな「2.55」バッグのデザインに着想したクラスプや、その他バックルとループなどです。メゾンのアイコンであるキルティングは、透け感のある高性能ファブリックを連想させるしなやかなメッシュに姿を変え、スポーティなモチーフをあしらいました。
モチーフの中には、クロノメーターなどスポーツのパフォーマンスを計測する道具特有のグラフィックなコードで再解釈した数字の「5」もあります。
そして同様に「SPORT CORD」と名付けられたチューブ状のチェーンは、シャネルが特別に開発したものです。シャネルによる新しいスライダーの仕組みの開発とチューブ状チェーンにより、「ゴールド スライダー」ネックレスは2連ネックレスとしてもロングネックレスとしても身につけられるようになっています。
──個人的にお気に入り、もしくは思い入れの深いアイテムがあればエピソードとともに教えてください。
難しい質問ですね。このハイジュエリーコレクションは約80のピースから成りますが、どのピースも私にとって大切なものです。すべてが、この「オート ジュワイアリー スポール」のストーリーを語るうえで特定の役割を担っています。強いて言えば、「グラフィック ライン」セットでしょうか。このセットのピースは、ハイジュエリーで初めて採用した「2.55」バッグのクラスプや、トランスフォーマブルなデザインのソリテールリング、カスタムカットのルビー、エメラルド、サファイア、ダイヤモンド、そしてネックレスの内側やイヤリングのクリップに“CHANEL”と綴っている点など、特徴的なグラフィックと技術の数々が登場し、コレクションの中でも最も傑出したセットの一つとなっています。
ハイジュエリークリエイションの卓越性とシャネルのスポーティな精神の出会いを、ジェムストーンを用いて惜しみなく表現しており、ネックレスの完璧なシンメトリーに躍動感あふれるエネルギーを吹き込み、大きさが徐々に変わるバゲットカットルビーのように、明確なシェイプと洗練された無駄のないラインが特徴です。それからもちろん、5個のカシミールサファイアを使用した素晴しいセットも。セット自体が大作であり、石の調達にかけた長年の調査の成果です。
──今回のコレクションには「スポーツ」の他にも、ガブリエル・シャネルが生み出した数々のコードが散りばめられています。あなたにとって、ガブリエル・シャネルとはどんな存在ですか?
とても大きな存在です。前衛的で先見性に溢れたクリエイターで、尽きることの無いインスピレーションの源であり続けています。
──トランスフォーマブルな仕掛けがたくさん仕込まれているジュエリーですが、シャネルならではの「遊び心」を、あなたはどのように定義しますか?どのように楽しんでもらいたいですか?
ガブリエル シャネルは1932年に発表した彼女の最初で唯一のハイジュエリーコレクションである「Bijoux de Diamants(ダイヤモンド ジュエリー)」の時からすでに、トランスフォーマブルでアジャスタブルなピースを提案していました。彼女がこれを発明したわけではありませんが、彼女のスタイルと密接につながっていた特徴を強調し、女性の快適さ、しなやかさ、そして服装の自由を叶えるという、クリエイションにおける彼女の信念を追求していました。マドモアゼルはよく、「。私がデザインしたジュエリーが形を変えられるのは、ドレスも変化するから」と言っていました。だからこそ、この言葉は今でもシャネルのジュエリーの語彙の一部として生き続けているのです。今回のコレクション「オート ジュワイアリー スポール」では、多くのピースがトランスフォーマブルです。
例えば、「セーター」「グラフィック ライン」「ゴールド スライダー」「ゴールド スライダー ブラック & ホワイト」のリングは、中央を180°回転させて、センターストーン(ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイア)の側を見せるか、パヴェダイヤモンドの側をみせるかという、2つのスタイルが楽しめるようになっています。そしてもちろん、「ゴールド スライダー」ネックレスは、先ほどお話した新しい仕組みと、このコレクションのために特別に開発したチューブ状チェーンにより、2連ネックレスとしてもロングネックレスとしても纏うことができます。
モダンで軽やかに進化を遂げるパトリス渾身の最新作、「オート ジョワイアリー スポール」。自由に自分らしく、その輝きを堪能したい。
パトリス・ルゲロー(Patrice Leguéreau)
/シャネル ファイン ジュエリー クリエイション スタジオ ディレクター
造型彫刻を専攻したエコール・ブール国立工芸学校、国立宝石学研究所を卒業した後、パリのハイジュエラーにて11年間勤務。2009年シャネルに入社後は、ファインジュエリーに加え、毎年発表されるハイジュエリーのデザインを手がけている。2009年、シャネル ファイン ジュエリーで初めてライオンをテーマにしたコレクションを発表。そのほか羽根、コメット、麦の穂などのアイコニックなシンボルも彼の手により再解釈され生まれ変わっている。メゾンのキーモチーフでもあるキルティングをモチーフにした「ココ クラッシュ」やハイジュエリー「コレクション N°5」も彼の代表作。
Photos: Courtesy of Chanel