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「ママしかおっぱいが出ない理由」を数学的に証明することに成功!

  • 2024.7.4
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メスだけが授乳する理由を数学的に証明することに成功
メスだけが授乳する理由を数学的に証明することに成功 / Credit:clip studio . 川勝康弘

なぜ諦めたのでしょう?

イギリスのヨーク大学(York)で行われた研究により、哺乳類においてメスだけが授乳を行いオスが授乳を行うように進化しなかった理由が、数学的に解明されました。

哺乳類が乳児を育てるにあたり、オスも授乳できた方が生物としては都合がいいはずです。

たとえば育児中のメスが病気で栄養失調になったり育児放棄をしたり、あるいは死んでしまった場合も、オスが授乳できれば乳児は生き残れるからです。

オスにも乳腺は存在しており、生物学的なメカニズムとしてオスの授乳が難しいというわけでもありません。

にもかかわらず、なぜオスの授乳は起きないのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年6月27日に『Nature Communications』にて公開されました。

目次

  • 「オスの授乳」が起こらない理由と進化論
  • 「オスの授乳」が起こらない理由を数学的に解き明かす

「オスの授乳」が起こらない理由と進化論

パパはなんでおっぱいでないの?

この疑問を1度は尋ねた人は多いでしょう。

哺乳類において自然環境でのオスの授乳が確認されているのは、ダヤクフルーツコウモリ (Dyacopterus spadiceus)ただ一種でありその他全ての哺乳類はメスだけが授乳を行います。

しかし逆を言えば、オスが授乳するような進化は決して不可能ではないことも示しています。

少し考えただけでも、オスが授乳できるようになることの利点は数多くあります。

たとえば授乳中のメスが死んでしまった場合、オスが授乳することができれば子供を救うことができます。

またオスとメスの双方が授乳可能であることは、栄養供給量の面からみても有利となります。

また哺乳類のどのオスにも遺伝的に乳腺組織があることが知られています。

たとえば乳汁漏出症を発症した人間の男性では、母乳が勝手に漏出してしまうことが知られています。

オスの授乳を起こすための遺伝的ハードルは意外にも低いのです。

しかし実際の進化は1種類のコウモリを除き「オスの授乳」を促しませんでした。

進化論の世界では、この奇妙な結果について長年の議論が行われており、いくつかの有力な説が存在しています。

オスにとっては子供が自分のものではない可能性が付き纏います
オスにとっては子供が自分のものではない可能性が付き纏います / Credit:Canva

1つ目は「オスには自分の本当の子供がわからない」という点に着目したものです。

メスは自分が産んだ子供を確信することができますが、オスは違います。

メスが他のオスの子供を産んだ可能性が常に付きまとい、子供に全力で投資することはオスにとって自分の遺伝子を残すのにリスクになり得ます。

エサを運んだり母子を守ったりするのに加えて授乳も担当した場合、オスの投資はさらに重くなります。

2つ目は、オスには交尾の機会を求めて子育てを放棄するように進化的圧力がかかる点にあります。

メスだけに子育てを任せて交尾に専念することは、オスにとっては自分の遺伝子を広く残すのに極めて有用な手段です。

実際、複数の動物では、オスはほとんど子育てを手伝わないことが知られています。

そして子育てを手伝わないオスにとって、授乳する能力は全く意味がありません。

伝統的な進化論に乗っとって考える場合「オスの授乳」は交尾に専念する機会を奪い、自分の子供ではない存在に投資してしまうリスクを増す行為だと言えます。

つまり「オスの授乳」はオス自身にとって「割に合わない」という論調です。

しかし哺乳類の約10%は一夫一妻制をとっており、その中には不倫がほとんど発生しない種も存在します。

たとえば夜行性のサルとして知られるアザラヨザル(Aotus azarae)ではメスの不倫はまず起こらず、オスは自分の子供を疑う必要はまずありません。

そのためアザラヨザルのオスは全ての子育てを担当し、子供をメスに手渡すのは授乳の時だけという極端なオス任せの育児スタイルをとっています。

進化論から言えば、アザラヨザルのオスが授乳できるように進化しても問題はないでしょう。

先に述べたようにオスの授乳が起こる遺伝的ハードルは低いため、少しの遺伝子変異でオスが授乳するように変化してもおかしくありません。

ですがアザラヨザルのように硬い一夫一妻制が守られているパターンにあっても、授乳は常にメスの役割となっています。

この結果は、オスに授乳させるような進化が、何らかの圧力によって妨げられている、言葉を変えれば「オスが授乳するように進化してしまった種はすぐに滅んでしまった」ということを意味します。

では「オスの授乳」を妨げる圧力の正体とは何なのでしょうか?

「オスの授乳」が起こらない理由を数学的に解き明かす

オスはなぜ授乳しないのか?

一般人も専門家も誰もが1度は考えるこの疑問に対し、ヨーク大学の研究者たちは数学的手法を使って挑みました。

研究者たちはまず、オスの授乳が栄養の面で利点になるにもかかわらず起こらない理由について、母乳の負の要素に着目しました。

といっても自然界において母乳は乳児を育てるのに必要不可欠であるのは間違いありません。

これまでの研究により、母乳の中には多くの有用な細菌が含まれており、乳児は母乳を通じて初期の腸内細菌叢を確率することがわかっています。

さらに母乳に含まれる細菌には母乳の消化を助ける細菌も含まれていることが示唆されています。

ですが母乳に含まれる細菌の全てが善いものではありません。

大人が免疫力で耐えられるものの、乳児に与えれば健康を害したり死なせてしまうような悪性の高い細菌(以下、悪玉菌と記載)も、確率的に含まれています。

研究ではこの母乳に含まれる悪玉菌に着目し、両親が授乳できる場合と、母親のみが授乳できる場合を比べてみました。

といっても難しいものではありません。

以下の図はその比較を簡単な図で示したものになります。

授乳する母親が感染していないケースには悪玉菌を集団から除外する浄化機能として働きます。
授乳する母親が感染していないケースには悪玉菌を集団から除外する浄化機能として働きます。 / Credit:Brennen T. Fagan et al . Maternal transmission as a microbial symbiont sieve, and the absence of lactation in male mammals . Nature Communications (2024)

図の左側は両親が授乳する場合、右側は母親だけが授乳する場合を示しており、青色の玉は乳児の健康を支える善玉菌を示し、赤色の玉は乳児に害を及ぼす悪玉菌を示しています。

また善玉菌はどの母乳にも含まれるている一方で、悪玉菌は確率的にしか含まれていないことを示します。

この図を見ると、両親が授乳する場合、母親か父親のどちらか一方が悪玉菌を持っていれば乳児はほぼ確実に悪玉菌の犠牲になることがわかります。

一方母親のみが授乳するタイプでは、母親に悪玉菌がある場合は乳児が犠牲になることは確実ですが、父親だけに悪玉菌がある場合、乳児は犠牲にならずに済みます。

もし悪玉菌の病原性が高く乳児に致命的な場合、1度のパンデミックで種全体が滅んでしまうことになるでしょう。

一方で母親のみが授乳するタイプの場合、父親が悪玉菌に感染していても、母親が悪玉菌に感染していなければ、乳児に悪玉菌がうつることはありません。

そのため研究者たちは母親のみが授乳することが、悪玉菌を除去するフィルターとして機能していると結論しています。

ただここでの例は2組のしか考えられておらず、実際の進化が常にこの通りになるわけではありません。

4組のうち、母親が授乳するタイプでのみ悪玉菌を排除する浄化効果が起きたのは確かですが、複数の個体がいる場合にこの浄化効果がどのように作用するかは不明です。

そこで研究者たちはサンプル数を2組から複数に増加させ、さらに複数世代が経過した場合にどうなるかをシミュレーションで調べてみました。

また悪玉菌も致死率が低いものから高いものなどさまざまな種類が用意され、より現実に近づけました。

両方の親が授乳する場合には乳児に高確率で悪玉菌が継承されフィルター機能もないため、いつまでたっても悪玉菌は排除できませんでした。しかし未感染の母親が子供に授乳するケースが何世代にもわたって続くと連続的な浄化効果が発生し、やがて善玉菌のみが残るようになりました。
両方の親が授乳する場合には乳児に高確率で悪玉菌が継承されフィルター機能もないため、いつまでたっても悪玉菌は排除できませんでした。しかし未感染の母親が子供に授乳するケースが何世代にもわたって続くと連続的な浄化効果が発生し、やがて善玉菌のみが残るようになりました。 / Credit:Brennen T. Fagan et al . Maternal transmission as a microbial symbiont sieve, and the absence of lactation in male mammals . Nature Communications (2024)

結果、両親が授乳するタイプでは悪玉菌が世代を超えて継承され、両親から流れ込む悪玉菌の種類が増えると死亡率が上がり、人口全体も減少していきました。

一方、母親のみが授乳するタイプでは世代が経過するに従い、悪玉菌の存在が集団から徐々に排除されていくことがわかりました。

母親からのみ授乳を受ける場合、悪玉菌は継承されても、先に述べた浄化作用のお陰で減る場合があります。

しかし両親から授乳を受ける場合、乳児は母親に加えて父親の悪玉菌も受け取り、母子ともに悪玉菌がなかった場合でも、父親から乳児への感染が起こる危険性が常に付きまといます。

また両親から授乳するタイプでは母親からのみ授乳を受けるタイプと違って浄化現象が起こりません。

そのため両親が授乳するタイプでは悪玉菌はいつまでたっても集団から排除されず、悪玉菌の感染者は増え続ける一方となりました。

この結果は、母親からのみ授乳を受けるスタイルを維持することには本当に集団から悪玉菌を取り去るフィルターの役割があることを示しています。

ただ生命の進化は常に利点と欠点の比較によって起こります。

たとえ悪玉菌が増えてしまっても、オスの授乳による栄養的な補助のほうが利点が多い可能性も考えられます。

そのため次に研究者たちはオスの授乳による栄養的な効果がどの程度生存率を上げるかを調べることにしました。

結果、オスの授乳は確かに栄養面での貢献はあり、乳児は受け取れる乳量が増えるにつれて生存率が上がっていきました。

しかし乳量による恩恵は正比例的なものではありませんでした。

乳児の生存は乳量以外にもさまざまな要因により決定されます。

乳量が2倍になって乳児期の生存率が2倍に増えても、その後のエサが2倍になるわけではないからです。

たとえば狩猟動物の場合、両親が授乳して乳児の生存率が増えても、その地域にいるエサとなる他の動物が増えてくれるわけではありません。

また生き残る子供が増えたぶん両親の運ぶエサの量も増やさねばなりませんが、両親の狩猟能力が突然上昇するわけではないからです。

一方で両親から授乳する場合の悪玉菌のリスクは確実に増えてしまいます。

研究者たちは両親が授乳できるようになるメリットよりも、悪玉菌を排除できないデメリットのほうが大きいと結論しています。

今回の研究は、これまで進化論的に考えられてきた「オスの授乳」なない理由を、細菌叢の伝達という現象を軸に数学的に証明したものです。

全ての理由を細菌叢のせいにすることは多少強引に感じるかもしれませんが、母親のみからの授乳が悪玉菌を除去するフィルターとして働くという点については、目から鱗と言えるでしょう。

参考文献

Mathematical Theory Suggests Microbial Role in Male Mammal Milk Production
https://www.technologynetworks.com/tn/news/mathematical-theory-suggests-microbial-role-in-male-mammal-milk-production-388227

元論文

Maternal transmission as a microbial symbiont sieve, and the absence of lactation in male mammals
https://doi.org/10.1038/s41467-024-49559-5

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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