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「知らなかった」は免罪符? 産める性と産めない性の間にある深い溝 『海のはじまり』1話

  • 2024.7.4

目黒蓮演じる月岡夏が、大学時代の恋人・南雲水季(古川琴音)の葬儀の場で、彼女の娘・南雲海(泉谷星奈)に出会う。人はいつどのように父となり、母となるのか。生方美久脚本・村瀬健プロデューサーの『silent』チームが新しく送り出す月9ドラマ『海のはじまり』(フジ系)は、親子や家族の結びつきを通して描かれる愛の物語だ。第1話では、夏と水季の出会い、そして夏が初めて目にする娘・海との触れ合いが描かれる。

予期せぬ妊娠と水季の言動

あらすじに目を通した瞬間から、不安だった。嫌な予感がした、と言ってもいいかもしれない。本作の公式サイトには、「水季が、自分の知らないところで、自分との間にできた子どもを生み、何も言わずにその子どもを育てていたことを知った夏は……」と書かれている。

自分の知らないところで、何も言わずに。そんなこと、あり得るのだろうか。

夏(目黒)と水季(古川)が出会ったのは、大学生のころ。1年生の食事代がタダになることを目当てに、山岳部の新入生歓迎パーティーに来ていた水季は、一周まわって魅力的に見えるほどのマイペースだ。具合が悪そうに見えた水季を心配し、声をかけてきた夏を呼び止めたはいいものの、自分の好きなように会話をし、ただ、楽しそうにしている。

二人の仲は自然と深まった。ある日いきなり、水季が人工妊娠中絶の同意書を持って、夏の前にあらわれるまでは。

水季が予期せぬ妊娠をするに至った経緯については、詳しく描写されていない。ごく普通の恋人同士が、ごく普通に避妊をしていたとしても、妊娠することはある。少し違和感を覚えてしまうのは、このあとの水季の言動だ。

頑なに同意書へのサインを夏に求める水季。「ほかの選択肢はないの?」「これしかないって決めつけてるなら、考えてから決めてほしい」と夏は言う。パートナーを妊娠させてしまった男性の言い分として、誠実さを感じる姿勢に思える。

しかし、水季は意見を曲げない。「夏くんは、おろすことも産むこともできないんだよ」「私が決めていいでしょ」と強い決意を示す水季を前に、夏は、サインをするしかなかった。

しかし水季は子どもを産み、その後、病気で亡くなってしまう。水季の葬儀の場で、夏はもうすぐ7歳になる水季の娘・海と出会い、自分こそが父親であることを知るのだ。

夏は「知らなかった」を繰り返す。水季の母であり、海の祖母にあたる南雲朱音(大竹しのぶ)に事実を知らされても、衝撃のせいか「何も知らなくて」としか言えないでいる。

この言葉こそが“産める性”と“産めない性”の間にある、深い深い溝をあらわしているように思えてならない。

産めない性である夏は、水季が出産していたことを知らなかったし、知りようがなかったし、知らないでいられたのだ。それはつまり、朱音が言ったように「妊娠も出産もしないで、父親になれちゃう」からだろう。産めない性である男性は、自分の子どもがどこかで生きているかもしれない事実を、知らないまま過ごすことができてしまう。

産める性である女性は、そうはいかない。十月十日、体内で子どもを育て、大きな苦しみをともなう出産を経験する。自分の子どもを産んだ、という事実を、知らないでいることは不可能だ。

夏は、水季から出産を知らされていなかった。水季は大学を辞め、間もなく夏に別れを告げた。「何も知らない」と夏が繰り返すのも無理はない。だって、本当に知らなかったのだから。彼は、知ろうとしなかったのだから。

キーパーソン・津野の立ち位置は?

夏と海が初めて会った、水季の葬儀の場で、一人の男性の存在が目立っていた。海がしきりに「つのくん」と呼ぶ男性・津野晴明(池松壮亮)だ。

夏は当初、彼が海の父親なのかと、海にたずねる。しかし海は明るく「つのくんがパパなわけないじゃん!」と夏を一蹴した。

1話で詳しくは言及されていないが、ドラマ公式サイトの相関図を確認すると、津野は水季が働いていた図書館の同僚で、実に近い場所で南雲親子を懸命に支えていたようだ。実際に、水季の葬儀の場でも、海の面倒をみたり、朱音の手伝いをしたりしている。

夏が「月岡といいます」と名乗った瞬間に、津野は明らかな嫌悪感を示す。海が落とした色鉛筆を拾おうとした瞬間に、穏やかではあるが「触らないでください」と言い切った。夏に対し「この7年のこと、本当に何も知らないんですね」と非を突きつける様は、朱音が夏に示した態度と似通っている。

津野はおそらく、今後の物語の展開を握るキーパーソンとなり得る。彼がどんな立ち位置にいるかで、夏と海の歪(いびつ)な親子関係が、どのように安定するかが決まるだろう。

血のつながりがある家族と、ない家族

フジ系のドラマ『silent』(2022)では、一度は途切れてしまった糸を丁寧に繋ぎ直す恋人同士を描き、『いちばんすきな花』(2023)では、恋愛に依拠しない4人の男女の生き方を表現した、脚本家の生方美久。本作では、そんな彼女と村瀬健プロデューサーはもちろん、『silent』や『いちばんすきな花』の制作陣が結集している。

どうしたって、比べられてしまうだろう。『silent』ではこういう展開だった、『いちばんすきな花』ではこういう演出だった、というコメントが、きっとSNS上でも飛び交うはずだ。それは、良いドラマを送り出し続けているからこそのプレッシャーともいえる。

近年、映画やドラマでも、血のつながりのない擬似家族の連帯について描かれた作品が増えている。たとえば、是枝裕和監督の『万引き家族』(2018)や『ベイビー・ブローカー』(2022)がそれにあたるだろう。

血縁関係じゃなくても、家族として生きていけることを、いろいろな角度から示したい。もしかしたら、そんな欲求があるのかもしれない。『海のはじまり』も、血のつながりがある家族と、ない家族、そして「血のつながりはあるが、これから家族としての認識を共有していく家族」など、さまざまな視点から“家族”を描き出そうとしている。

それはきっと、なだらかで穏やかな道ではない。それでも、示してほしい。愛とは何かを、ハッキリとした言葉で。

■北村有のプロフィール
ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。

■モコのプロフィール
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。

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